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仇巡の残火行 (あだめぐりのざんかこう)― 信長への復讐譚  作者: 直助


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灰の村

※本作はR15指定作品です。

戦乱による暴力的・残酷な描写を含みます。

 丹波の山間にある、小さな村。

 その取りまとめを任されている男が、一人いる。


 年貢を預かり、

 境を定め、

 揉め事があれば間に立つ。


 名を呼ばれることは少ないが、

 役目は軽くない。


 市蔵は、城の門を出た。




 背後で、木と鉄の重たい音がした。

 朝の空気は冷え、石畳は夜の湿りを残している。

 振り返らず、そのまま道に出る。


 袖の内にある紙に、指が触れる。

 折り目は揃っている。

 朱の色はにじまず、乾いている。


 拒まれたわけではない。

 少なくとも、追い返されてもいない。


 歩く速さを落とす。

 馬を急がせる理由はない。

 昼を大きく越える前には、村へ戻れる。


 道は続く。

 昨日と同じ曲がり角。

 同じ木立。

 同じ距離。


 村が見える位置まで来て。

 足が止まる。

 止めた覚えはない。


 家並みは、ある。

 屋根も、壁も、数は揃っている。

 だが、動いていない。


 朝の刻だ。

 人が出ているはずの刻だ。


 煙は、見える。

 だが、立ち上がっていない。


 屋根の上ではなく、

 家並みの低いところに、

 白いものが散っている。


 風に流れ、消え、

 また別の場所で滲む。


 炊く煙ではない。


 鍬の音も、声も届かない。



 村へ入る。


 倒れた家が、一つではない。

 屋根の落ちたものが続き、

 柵は起こされないまま、倒れている。


 崩れた梁の下から、

 白い煙が低く立つ。

 風で消え、また浮かぶ。


 道に残った灰を踏むと、

 わずかに熱が返ってくる。


 焦げた匂いが、

 村全体に沈んでいる。


 道の先に、旗が落ちている。


 布は焼け、縁が縮れている。

 持ち手の木は黒く割れている。



 近づく。


 布の中央に、

 焼け残った線が形を保っている。


 目を凝らす。


 線は、重なり、

 かたちを作っている。


 見覚えがある。

 何度も目にしてきたものだ。


 木瓜。


 ――織田。


 ほかの名が、

 浮かばなくなる。


 音が、一つ消える。


 戻る理由が、

 消える。


 それでも、

 足は家に向かう。



 歩く。

 速くなる。

 走ってはいない。



 戸は閉まっている。

 押すと、軋んだ音がした。



 中は暗い。

 竈は、完全には冷えていない。

 伏せられた椀が、そのまま残っている。



 柱の根元に、

 擦れた跡がある。

 藁屑が踏み荒らされ、

 切れた縄が落ちている。



 奥へ進む。



 寝具は乱れたまま。

 小さな履物が、一つだけある。


 外へ続く痕跡は、

 家の前で途切れている。


 立ち止まる。


 呼ばない。

 名を口にしない。


 家の中にあるものを、順に見る。

 そして、

 戻ってくるはずのものが、

 どこにもない。



 そこで、足が動かなくなった。

 市蔵は、その場に立つ。



 呼ぶ名は、

 喉まで上がっていた。



 声には、ならなかった。



 市蔵は、家を出る。


 戸を閉めない。

 閉める理由が、ない。


 庭を抜ける。


 足取りは、速くならない。

 速くする意味が、ない。


 道に出る。


 村人がいる。

 誰も、声をかけない。


 視線が、逸らされる。

 それだけで、足りていた。


 晒し場がある。


 新しく作られたものではない。

 使われた形跡だけが、残っている。


 並んだものがある。


 数を、

 確かめるまでもなかった。


 市蔵は、そこから目を離す。


 息を吸う。

 浅い。


 吐く。

 長くはならない。


 音が、戻ってこない。


 村の中に、

 自分の居場所がないことが、分かる。


 市蔵は、踵を返す。


 振り返らない。


 戻る理由は、

 もう、どこにもなかった。


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