交錯
魔山 ディズナーダ。
人里に面した山の南側は日差しが降り注ぎ薬草などが生い茂り穏やかな姿を見せている。一方の北側は遠い昔に魔王の根城だった名残か、日差しを遮るように不気味に成長した木々と獰猛な魔物が生息する危険な一面も持っていた。
そしてその山の南側の中腹。その中でも一際大きな木の下に、少女は倒れていた。
少女は何も覚えていなかった。ここがどこであるか、自分は誰か、なぜここで気を失っていたのか、何一つとして思い出すことができなかった。
『きゅるりゅ〜』
かわいらしい音がなった。
一つだけ少女にも分かることがあった。とてもお腹が空いていた。
歩くことはおろか、立つこともできないほどに。
少女はそのまま自分の意識がぼんやりとしていくのを感じるのだった。
* * *
「うあああ~…。」
高い草を、指から出した炎で切り開きながら魔法使いはディズナーダを登っていた。
彼女はパノーレといい、近くの町では優秀な魔法使いであることで知られている。
彼女は知り合いに薬草採取を依頼されてこの山にきていた。そして…
「ま…迷った…完全に…」
迷子になっていた。
本来薬草が生えている場所は舗装された道の近くにあるはずだが、彼女は
「この道って蛇行しているわけだからこのあたりで上に登っていったら歩く距離を短縮できるわよね!」
と愚かにも道なき道を切り開く判断をしたのだった。
そしてその結果、山の中を彷徨うことになったのであった。
「とりあえずいつもの道に戻らなきゃ…」
そうはいっても自身の今の場所がわからないのだから、どこに向かえばいつもの道に戻れるのか。
パノーレは頭を抱えるのであった。
「はあ…。ここまでずっと歩きっぱなしだったもんな…。そろそろ休憩が欲しい…。」
そう言っているとちょうど少し開けた場所に出た。
都合よく大きな木が生えており日差しを遮ってくれているため、パノーレはそこで休憩を取ることにした。
「暑さをしのげそうでよかったわ…。本当なら今頃酒場で冷たい飲み物でも飲んでるはずだったのに…。」
そこでパノーレの足が止まった。木陰に何かがいる。発する魔力が弱すぎて気付かなかったのだ。
「魔物…?いや、」
それは小さな女の子だった。小さな女の子が倒れているのだった。
「なんでこんなところに女の子が…?」
近づいてみるとその女の子は驚くほどに真っ白だった。
髪、肌、ワンピース、そのすべてが真っ白だった。
「寝てる…にしては顔色が悪いな。ねえ!君!大丈夫?」
声をかけてみるとピクッと全身が反応した。それと同時に
「くきゅる〜」
可愛い音がなった。
(お腹が空いてるのかな?)
自分の持ってきた食べ物を確認してみる。
木製の箱の中にはサンドイッチが一つだけ入っていた。本来すぐ帰る予定だったので軽食程度に持ってきたものだ。
「ねえ君?サンドイッチあるんだけど!食べる?」
反応はない…と思っていたらゆっくりと口が開いた。
食欲はあるらしい。
(なんかちっちゃくて可愛くて…お人形みたいだなあ。)
そう思いながら小さくちぎったサンドイッチを口のなかに入れてみる。それに反応して小さな口がもにょもにょと動く。
(こ、これが私と同じ生き物なの…?)
最終的にその可愛さに釣られてパノーレは持ってきたサンドイッチを全てあげてしまった。
(やっちゃった…。)
すると後ろで少女がもぞもぞと起き上がった。
「ん…あ、ゴホッ」
「あ、ちょっと待って!…ほら、これ飲んで。」
寝起きで喉が乾燥していたのであろう。少女は水筒の中に入っていた残り少ない水を全て飲んでしまった。
(やっちまった…)
パノーレは自分の残り少ない食料を全てあげてしまい、街に戻るまで食料、水がないことに絶望していると少女が口を開いた。
「あ、あの…」
パノーレは振り返る。
「あ、ありがとう…ございます…。」
心臓を見事に撃ち抜かれた気がした。が、そんなことをしている場合ではない。山の中腹だと北側から魔物が降りてくる可能性がある。こんなところに少女一人でいさせるわけにはいかない。まずはこの子を家まで送り届けねば。
「どういたしまして!ところで君。なんでこんなところに一人でいるの?お父さんかお母さんは一緒じゃないの?」
すぐさまハートマークになった目を元に戻し、少女に聞いてみる。
「……わかんない。」
しばしの間があり少女が答える。
「…え?」
聞き返す。
「わかんないの。お家がどこかも、お父さんお母さんが誰かも、そもそもいるのかも。なんにもわかんないの。」
それきり少女は俯いてしまった。
(どういうことだろう…)
記憶がない…ということなのだろうか。
頭を打って全て忘れちゃったのか…?だったら転んでいるか落下しているはず、その割には服に汚れが見当たらない。不気味なほどに真っ白なワンピースだから見逃すことはさすがに私でもない。
それならば魔法で…?だけど私が知る限り忘れさせる魔法というのは聞いたことがない。それに、明らかに高度な技術を要しそうな、そんな魔法を使える人がいるのなら顔の広い魔法使いである私の耳に入らないはずがない。
(うーん…考えるのは師匠と違って得意じゃないのよね…)
彼女をどこに送ればいいのかは分からないが、少なくともこんな山奥に一人にはしておけない。
(とりあえず私の今いる町に連れて行こう。)
そう結論が出たパノーレは少女に話しかける。
「ねえ君?お家がわからないなら…」
ス〜…ス〜…。
…さっきとは違う可愛らしい音が聞こえる。どうやら寝てしまったらしい。ふと上を見上げると空は橙色に染まりつつあった。
「もう夕方か…薬草の依頼は明日に持ち越しかなあ。それにしても自分が迷子だってのに呑気だな…」
というわけで少女を背負い、パノーレは宿屋に帰ろうとする。が、
(あれ、道ってどこなんだっけ…)
パノーレは迷子であるということを思い出した。
そこで天啓のように薬草採取を頼んできた知り合いのことを思い出す。
『まあ迷子になることはそうそうないでしょうけど、あんたは何があるかわからないからね。最悪山の中で迷子になったら南に向かってまっすぐ歩いてきなさい。この町は山から見て南にあるからね。』
しかし、
(あれ、南がどっちかわからないんだけど…)
そこで別の記憶が蘇った。
『なあパノーレ!太陽のある方って南なんだぜ!!どうだパノーレ!知らなかっただろ!』
近所に住むクソガキの一言だ。
ちょっとムカついたが、この場面においては助けになったので感謝することにした。
「よーし!じゃあ太陽に向かってまっすぐ走れば町に帰れるわね!」
そう言って魔力で身体を強化しつつ山中を駆け抜けていくのだった。
しかし、パノーレに南を教えた少年はかなり大きな間違いをしていた。南に太陽があるのはお昼ちょうどだけである。そして現在は夕方。太陽の位置は西である。
パノーレは町では名の通った魔法使いとして知られている。
同時に、彼女は少し馬鹿なことでも知られていた。
間違った方角に進んだパノーレが街についたのは、多くの家から明かりが消えた真夜中のことであった…
初投稿です。更新頻度相当低くなると思いますが気長に待っててくれると嬉しいです。




