01 婚約破棄された日、離れない同僚の手
「待ってくれ!リディア」
私は走る。転げ落ちそうになりながら。
なんで、なんでがリフレインする。
なんで、この人が。
階段を一段踏み外し、彼の腕に引き上げられた。
「大丈夫?」
大丈夫じゃないですぅ! 内心叫びながら彼を見る。
通った鼻梁、薄い唇。焦茶色の髪と瞳なのに、明らかにモブじゃない。
「……セレン」
腕はしっかりと掴まれている。
私の同僚。書類仕事しかしてないはずなのに、その手が大きくて、力強くて、安心する。
胸がきゅっとした。
私、婚約破棄されたばかりなのに。
はぁ、はぁ、と彼が息を整える。
私も苦しい。
「……捨てられちゃった」
ポロリと言葉が出ると、彼の手に力がこもった。
婚約が破棄されたのは、必定だったかもしれない。
女性文官、それに婚約者アーノルドは理解を示していなかったから。
大ぶりなパーツの整った顔を思い出してうげっと顔を顰める。
最悪だ。好かれようなんて思ってなかった。
それなのに。
鼻の奥がつんといたんだ。
「……どうしよう……」
ひっくひっくと泣き出した私を、セレンは遠慮がちに抱きしめた。
更に涙が止まらない。
止まらないったら、止まらない。
うわぁんと泣き出した私を彼がぎゅっと抱え込んだ。
セレンは同僚だ。宰相補佐官様の下っ端の下っ端仲間。
いつも愚痴を言って、たまに美味しいものを奢ってくれるいいやつ。
こんなときも優しいなんて。
セレンの服は、私の涙でぐちゃぐちゃだろう。
でも、離しがたい。
子供みたいに甘えてしまう。
「うぅ……」
「……どう? 少しは落ち着いた?」
ゆっくりと離されて頷く。
「うん」
ふとセレンが私の頬を両手で掴んだ。
「……かわいい」
ボソリとした、呟き。
思わず首を傾げる。
私の顔は、ぼろぼろだ。
きっと聞き間違いだろう。




