第六話 祭りの時間
王立魔法学院では年に一度、盛大な祭典が開催される。
その名も「魔導祭」――
魔法による催し物、錬金術師たちの工房展示、さらには王侯貴族を招いた舞踏会まで、規模は王都一と言われるほど。
「へぇ……文化祭みたいなもんかな」
ヒロトがそう呟くと、エリシアは鋭い眼光で睨みつけた。
「文化祭、だなんて軽々しく言わないで。この祭典は、王立魔法学院の威信と、各貴族家の面子がかかった一大行事なのよ」
「え、そんなガチなイベントだったんだ……」
「当然よ。失態を犯せば、アルクトゥルス家の名に泥を塗ることになるわ」
そう語るエリシアの横顔は真剣そのもの。しかし、どこか浮き足立っているようにも見える。
(……エリシアさん、意外と楽しみにしてる?)
ヒロトはそんな彼女の微妙な変化に気づいていた。
「ところでヒロト、あなた……魔導祭の出し物には参加するの?」
「うん、一応“実戦魔法デモンストレーション”ってやつに……実技は得意だから」
「まぁ、あなたの実技なら問題ないでしょうけど……」
エリシアは腕を組みながら、ふっと視線を逸らした。
「な、何なら、私が付き添ってあげてもいいけど?」
「えっ?本当ですか!?」
ヒロトはパッと顔を明るくした。
「でも……忙しいんじゃないですか?エリシアさんも貴族の人たちと挨拶とか色々……」
「そ、それは……関係ないわ。暇な時間もあるし……だ、だから……」
顔を赤らめながら口ごもるエリシアを見て、ヒロトは確信した。
(これ、絶対“ヒロトの活躍を一番近くで見たい”って顔だ……)
魔導祭当日。
学院中が魔法の装飾で彩られ、煌びやかな光と音楽が響き渡る。
生徒たちはそれぞれ趣向を凝らした出し物を用意し、王都中の客人を迎えていた。
「まるで遊園地みたいだな……」
ヒロトは目を輝かせるが、隣のエリシアは涼しい顔をしている。
「別に、毎年のことよ」
――とはいえ、彼女の耳はほんのり赤い。
一緒に歩いていることが嬉しくて仕方ないのだが、それを表に出すのが死ぬほど下手だった。
「ヒロト!こっちよ!」
エリシアがヒロトの袖をそっと引っ張った。
目指した先は――
「……これ、屋台?」
「“錬金菓子工房”よ。アルクトゥルス家も毎年協賛してる伝統的な店なの」
錬金術で作られた飴細工や、魔力を込めたマカロンなどが並んでいる。
一つ一つがまるで宝石のように美しく、見ているだけで楽しい。
「これ……食べてみたいなぁ」
ヒロトの言葉を聞くや否や、エリシアは無言で飴細工を二つ購入した。
「ほら、これ……私が選んだんだから、感謝しなさいよ」
差し出されたのは、青く輝く氷晶のような飴。
「エリシアさん、ありがとう!」
「べ、別に……あなたのためじゃなくて、評判を落とさないためよ」
そう言いつつ、エリシアの目はヒロトが飴を舐める様子をじっと追っていた。
魔導祭のクライマックスは、学院中央広場で行われる“魔法演武会”だ。
「ヒロト、緊張してる?」
「うーん……まぁちょっとは。でも、エリシアさんが見てくれてるなら頑張れる気がする」
「……っ!」
不意打ちのような一言に、エリシアの心臓は一瞬止まりかけた。
(……ずるい、本当に、こいつは……)
けれど、そのずるさが嫌じゃない。むしろ、もっと聞いていたくなる自分がいる。
ヒロトの演武は見事だった。
座学は散々だが、彼の実戦センスはやはり天才的。
魔法理論に囚われない直感的な動きで、瞬く間に敵役の魔法人形を撃破していく。
「すごい……」
エリシアは気づけば口元に手を当て、息を呑んでいた。
彼が魔法を操る姿は、どこか儚く、美しく、何よりも――かっこよかった。
演武会が終わり、二人は再び祭りの賑わいの中へ戻った。
「ヒロト、さっきの……その、よかったわよ」
「ありがとうございます。エリシアさんが見てたから、ちょっとカッコつけちゃいました」
「ば……っ!」
エリシアは耳まで真っ赤にしながら、そっぽを向いた。
「だ、だから、あんたはそうやって……!」
「だって、嬉しかったから」
ヒロトのその言葉は、エリシアの心に深く刺さる。
その後、二人は魔導祭の名物である“飛行魔法体験コーナー”に立ち寄った。
「……これは、二人乗りじゃないとダメなの?」
エリシアが受付で確認すると、係員がにこやかに頷いた。
「はい、お嬢様。恋人同士で乗られる方が多いですよ」
「こ、恋人って……!」
エリシアの顔が真っ赤になる。その横で、ヒロトは苦笑いしながら手を差し出した。
「行きましょうか、エリシアさん」
「……仕方ないわね」
乗り込んだ飛行魔法のホウキは、二人の距離を否応なく縮める。
エリシアの背中にヒロトの腕が回り、彼女の鼓動は速くなる一方だった。
魔法の風に乗って、二人は学院の上空を舞う。
夕焼けに染まった王都の景色が、視界いっぱいに広がる。
「すごい……綺麗……」
エリシアは思わず呟いた。
「本当ですね。でも……」
ヒロトはエリシアの方を見つめる。
「僕には、エリシアさんのほうが綺麗に見えます」
「なっ……なに……言って……」
エリシアは真っ赤になりながら、ホウキの柄を握りしめた。
(こいつ……本当に、ずるいんだから……!)
けれど、そんなヒロトの“ずるさ”を、彼女はもう拒むつもりはなかった。
魔導祭のフィナーレを飾る花火が、夜空を彩った。
二人の距離は、知らぬ間にすっかり“手が届く距離”にまで近づいていた――。




