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第三話 初めての共同作業

 王立魔法学院の演習場に、朝から活気が満ちていた。


 広大な石畳のフィールドには、生徒たちがペアを作り、試験に備えている。木製の観覧席には既にギャラリーが集まり始め、活躍を期待される上級生たちの名前が飛び交っていた。


 (……あぁ、またか)


 田中ヒロトは一人、演習場の片隅に立っていた。ペアを組むべき相手は誰もいない。


 「異世界の勇者さまが、ペア探しとはね」


 「また誰にも相手にされてないのかしら?」


 周囲の冷ややかな声。ヒロトは苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。


 (ま、仕方ないよなぁ……。実技はともかく、座学の成績があれじゃ、誰も組みたくなくなるのも当然だ)


 三ヶ月前、突如異世界から召喚され、“伝説の勇者”と期待されたヒロト。しかし、その期待はすぐに失望へと変わった。魔法理論は壊滅的、貴族の作法も知らず、学院での立場は次第に肩身の狭いものになっていた。


 (ま、どうせ今日も一人で補習コース行きかな)


 ヒロトがため息をつき、演習場の隅に向かおうとしたその時だった。


 「アンタ、私と組みなさい」


 不意に、腕を掴まれる。


 ヒロトが振り向くと、そこには学院一の才女、エリシア・フォン・アルクトゥルスが立っていた。銀糸のような髪が朝日に照らされ、その青い瞳は氷のように冷たく、それでいて……どこか、揺れていた。


 「え、エリシアさん?僕なんかと組んだら迷惑じゃ……」


 「迷惑かどうかは私が決めるの。いいから来なさい」


 そのまま有無を言わせず、ヒロトの腕を引っ張るエリシア。


 (やばい……エリシアさんに手を引かれてるんだけど、これ……人生のイベントじゃない!?)


 ヒロトの頭の中では、花火が打ち上がっていた。


 演習場の中央に引っ張られていく彼を、周囲の生徒たちが驚愕の視線で見ていた。


 「え、エリシア様が田中とペア?」


 「何の冗談よ……落ちこぼれの勇者と氷姫が組むなんて」


 だが、エリシアは周囲の視線など意に介さない。彼女のプライドは、そんな雑音ごときに揺らぐほど軽いものではなかった。


 「いい?今日の課題は“氷壁を使った攻防戦”。アンタは私の指示通り動けばいいから」


 「う、うん、分かった……」


 ヒロトは内心ガクガクしながら頷く。だが、彼女の隣に立つと、不思議と心が落ち着いてくる。


 (そうだ……エリシアさんがいるなら、大丈夫だ)


 やがて、教官の笛が高らかに鳴り響き、実技試験が始まった。


 ペア実技試験は、指定された魔法障壁を張りながら、相手チームの攻撃を凌ぎ、同時に攻撃を返すというものだった。


 「始めっ!」


 笛の音と同時に、敵ペアが仕掛けてくる。


 「ヒロト、右から回り込んで!私は正面を押さえる!」


 エリシアの的確な指示が飛ぶ。ヒロトはその声に従い、俊敏にフィールドを駆け抜けた。


 (すごい……エリシアさん、敵の動きを完全に読んでる)


 相手ペアが放った風刃魔法を、エリシアが氷壁で完璧に防ぐ。その隙にヒロトが背後を取ってファイアショットを放つ。


 ドゴォンッ!!


 敵の魔法障壁が破られ、審判の旗がエリシアとヒロトのペアに掲げられる。


 「……いいわね。今の連携、悪くなかったわ」


 「えっへん、エリシアさんの指示があったからだよ」


 ヒロトが胸を張ると、エリシアは一瞬だけ口元を緩め、すぐに真顔に戻した。


 試験が進むにつれ、ヒロトとエリシアの息はどんどん合っていった。普段は座学で「赤点製造機」と揶揄されるヒロトだが、実技では本来の感覚的才能が輝いていた。


 「次、左の高台から敵が撃ってくるわ。私が防ぐから、アンタは反対側から陽動を!」


 「了解!任せて!」


 ヒロトは全力で駆け出し、敵の注意を引き付ける。彼の動きに釣られた敵が僅かに隙を見せた瞬間、エリシアの氷槍が容赦なく突き刺さる。


 「ヒロト、上出来よ!」


 「へへっ、やった!」


 戦いの中で、ヒロトの中にある“魔法理論では説明できない直感”が冴えわたっていく。対して、エリシアは彼の無茶とも言える動きに冷静な分析を重ね、二人はまるで水と氷が混じり合うように完璧な連携を見せた。


 周囲で見ていた生徒たちも次第にざわめき始める。


 「なんだよ、あの動き……」


 「氷姫があそこまで柔軟に動くなんて……」


 「田中の実技、バケモンじゃねぇか……」


 試験も終盤、ヒロトとエリシアのペアは順調に勝ち進んでいた。しかし、最後の相手ペアは学院でも屈指の実力を持つ上級生だった。


 「アルクトゥルス、落ちこぼれと組んで舐めてるのか?」


 「俺たちがその無謀さを叩き潰してやるよ」


 挑発的な言葉を投げかけられても、エリシアは冷静だった。


 「ヒロト、油断しないで。次は本気で行くわよ」


 「うん!」


 試験が始まると、さすがに上級生たちは手強かった。二人掛かりでエリシアの防御を突破しようと苛烈な攻撃を仕掛けてくる。


 (まずい……!エリシアさんが狙われてる!)


 咄嗟にエリシアの前へと飛び出すヒロト。彼女に向かって飛んできた火球が直撃する――その直前、ヒロトの前に氷壁が出現した。


 「え……?」


 ヒロト自身が驚いていた。無意識に、防御魔法を発動していたのだ。


 「ばっ……馬鹿ッ!無茶しないでって言ったでしょ!」


 エリシアは怒鳴ったが、その瞳は微かに震えていた。


 ヒロトの氷壁は完璧ではなかった。しかし、その必死さがエリシアに伝わったのだ。


 「お返しよ……!」


 エリシアの魔力が一気に解放される。演習場を覆うように巨大な氷柱が立ち上がり、上級生たちの攻撃を完全に封じ込める。


 笛が鳴った。


 「勝負あり!田中ヒロト、エリシア・フォン・アルクトゥルスペアの勝利!」


 「全員、よくやった!特にアルクトゥルスと田中のペアは見事な連携だった!」


 教官の評価に、生徒たちはざわめいた。


 氷姫と呼ばれた才女が、落ちこぼれの勇者と共に勝ち抜いた事実は、確かに周囲の認識を変えつつあった。


 「エリシアさん、本当にありがとうございました。今日の勝利はエリシアさんのおかげです」


 ヒロトが素直に頭を下げると、エリシアはぷいっと顔を背けた。


 「……アンタが勝手に飛び出して、私を助けようとするからよ。……でも、まあ……よくやったわ」


 その耳が赤く染まっているのを、ヒロトは見逃さなかった。


 (ああ……エリシアさんって、ホント不器用なんだな)


 彼女のツンとした態度の裏にある優しさを知るたびに、ヒロトの胸は温かくなるのだった。


 「次の実技試験も、僕と組んでくれますか?」


 「仕方ないわね。アンタの実技の成績が私の足を引っ張らない程度に伸びるなら、考えてあげるわ」


 エリシアはそう言いながらも、ほんの少しだけ口元を緩めていた。

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