消えても永遠に
音のない世界に、雫が舞う。そんな景色を長々と見ながら、隣にいる誰かが口を開く。
「キミはどうしたい?」
そんなの知らない。そんなのわからない。わかっていたなら、こんな所に迷い込んでなんて居ないんだ。手を伸ばしても、掴んでもらえないソレは、私のもの?それとも誰かのもの?
「ねぇ、質問」
「なんだい?」
首を傾げるように笑うあなたは、何を思ったのか、何を言っているのか聞こえないのに、何故か聞こえて、何故かわかって。意思疎通ができる。
「生きるのに意味なんてあるのかな」
私の声は届かなかったのか。それとも答えたくなかったのか。彼は、その後何も言わなくなってしまった。否、最初から何も言わなかったのかもしれない。何もいなかったのかもしれない。
動かない体が軋む。誰かの泣き声が聞こえる気がした。気のせいかな。聞いたことのある声だけれど、あのこは泣かない。なぜなら、私のことが嫌いだから。泣くはずがない。なのに、なんで?どうして?
ーあなたが泣いているの?ー
開かないはずなのに、聞こえないはずなのに、聞こえて、見える。私の親友が、私の大好きだった友達が泣いている。
「ずっと友達だよ!!」
何度も言いあったソレは突然なくなった。あのこは、好きな人ができたんだって。でもその好きな人は、私のことが嫌いで、その友達は私よりその好きな人を選んだ。それだけ。それだけのことが、私を地獄へおとした。友達なんて一人しかいなかった。たったひとり。その子だけ居たらいいと思っていた私と、私より大切な人を見つけてしまったその子。
恋愛で人は変わるらしい。そんな言葉をいつか聞いたことがある。その意味がわかった気がした。机に置かれたいつからか更新されなくなった交換日記。もう開くことのないと思ったそこに一言だけ残したのは、気まぐれだった。
ー幸せになってねー
願うのはそれだけ。せめての私の意地。最後の強がり。親友だと、隣を歩いたあのこはもういない。もう死んでしまったんだって思う方がラクだった。教室にひとり。にぎわう中で、幽霊になった気分で歩く移動教室までの道も、何もかもがイヤになった。
気がついた時には、もう私は階段の最下層。誰かに押されたのだと知ったのは、最後に見た顔が親友だったあの子の彼氏だったから。あぁ、そんなに私が嫌いだったんだね。そんな他人事な自分に腹が立って、しばらくするとここに居た。
誰もいない暗闇に、知らない人。知らないのに、その人が私には大切な誰かだとわかった。夢みたいなものなのだろう。だから、分かるのだろう。だから、だから、きっとあの子が泣いている幻が見えるのだ。
「ねぇ!起きてよ!!」
うるさいなぁ。幻のくせにそんなに騒がないでよ。
「アンタこんなとこで死なないでよ!」
相変わらずだね。幻でさえ、私の名前呼んでくれないんだね。ガヤガヤとうるさくなってきたような気さえする音が不快で、もう休ませてよなんて思う。
「ねぇ、もっかい聞くよ」
困ったような顔をするその人にもう1度。
「生きてる意味って、生きてく意味ってなぁに?」
「意味なんてないさ」
正論とは悲しくも残酷だ。わかっていたことでも、人に言われると苦しいのは何故だろう?不思議だななんて笑ってしまう私を見てその人は続ける。
「それでも生きるのは、きっと気まぐれさ。それでも人は息をする。死にかけたら生きようともがく、そういうものだ。キミはそうなれるかい?」
「残酷な問いだね」
知り合いになら、あるよって答えただろうなぁなんて思うくせに、口から出たのは本心だった。なんとなく、もう嘘をつくのも意味が無い気がして、この人には嘘をついても無駄な気さえして、思ったことを口にする。
「もう私、死んでいるのでしょう?」
「……どうだろうね」
その沈黙が正解だと言っている。困った顔が、私の答えを肯定している。
「あなたは正直者だね」
困ったような顔で笑う彼は、何を伝えるために私の夢にいるのだろう?何のためにここに連れてきたのだろう?疑問は、霧と共に消えていく。
薄暗い、でもさっきまでの暗さじゃない。
「あや……てよ……」
「ほんと、都合がいいね」
声が出た。そんな事に驚いて、そこに居る長い髪の少女も目を見開いて私を見つめる。
「お……起きた……起きたの……夢じゃない?」
「夢ならよかったよ…」
私の回答に、ぐしゃって顔を歪めて見つめる親友だったその子はごめんねと口にする。謝ることなんてないのにね。
「都合がいいのはわかってる。でも、私あなたと友達でいたい」
「どうして?あなたには大切な人がいるじゃないの」
「違うよ」
「違わない。もう良いんだよ。私なんかを見なくていいんだよ」
交換日記が風でめくれて、何ページも何ページも開かれるのに、書かれているのは前にいる少女の字のみ。
「消えないでよ。そばに居てよ……」
「もうムリだよ。もうね、おしまいにしよう?」
「なんで……」
風が舞う。彼女の瞳には何も映っていない。私はもういない。私はずっとここにはいなかった。
「あなたの生きる世界には私はいないみたい。お迎えが来ちゃったの。」
そう言うと、ハッとしたように私を涙に映して、笑った。そう、笑ったのだ。
くったなく、やさしく私に微笑みかけた。それはきっと、最初から決まっていたさよならの合図。またねのない最後。
言いたいことならたくさんあった。けど、分かってしまった。
教室にひとりだったのは、移動教室の時本当に寂しかったのは……。あなただったんだね。親友だと思っていた彼女は、私を見つけてくれた。きっと彼は、彼女を幸せにするために、私に来世を与えるために、迎えに来てくれたんだね。
「私の彼氏ね。あなたが見えてたんだって」
「うん」
「アンタが居るから、私が変なんだって言うの」
「その通りだよ」
「違うもん!私には、私にとってはただひとりの親友なのに……」
「あなたは生きて」
涙なんて流れるはずないのに、目頭があつい。少し息が苦しいかな。
「……なら、アンタも幸せになってよ」
夕焼け色に染まった空が、星々に埋め尽くされて、それでも私はそこにいる。来世なんて本当にあるのかな。手を伸ばしたら誰か、ソレをひっぱりあげてくれますか?
「バカみたい」
音のない世界に響く私の声。
「ほんとバカだよ。キミはさ」
夢の中で聞いた彼の声が聞こえて、隣に居ることに気がつく。いつから居たのだろう?ずっといた気もするし、初めましての気さえする。
「ほら行くよ」
それが普通だとでも言うように私の手を握って歩き出すその人が、誰なのか私は知らない。知らないけれど、その冷たい手が心地いいのは何故だろう?
もう親友の顔は、思い出せなかった。あんなにも近くにいたのに、不思議。明日は、明後日は、もう何も覚えていないのだろうか?もしかしたら彼とも、会ったことがあるのだろうか?
「ねぇあなた、私に会ったことある?」
「……ないよ」
「正直者だね」
「うっせ、ばか早く行くぞ」
「キャラブレしてるよ?なんとなく、あなたのこと知ってる気がするの」
そう口にした私に、彼の瞳が見開かれる。
月が雲に覆われて、優しい光が消えてしまう。それでも星に照らされた足元には私と彼の影がうっすらと残っている。
この物語は、フィクションです。
作者は、宗教等の知識はございません。
優しい物語が書きたいと思いました。でも、久しぶりの小説なので、テーマはありません。
誰かの心が、動く作品を書けるように少しずつ練習していきます。読んでくださり、ありがとうございました!