6不在
誠は、病気入院中ということになっていた。
かつてのコロナのような特殊な感染症で、感染拡大防止のため親でも面会はできないと言う。
誠のいない教室では、カブトは不機嫌であり、霧峰静香は暗い顔をしている。
川上とユリは多少は会話するが、常に断片的だ。
そんな中、kiil♡とUの話題は、特に女子を中心に盛り上がっていた。
Uが少年でありながらクイズ番組でも頭の良さを見せるし、バラエティでも笑いを取る。
そしてYouTubeは、ほぼクラスの女子は皆見ている、ぐらいな感じだった。
更新が早い。
毎日、更新されるのだ。
プロのスタッフがいるからだが、そこまで見る方は気にしていない。
毎回、演奏とトークなのだが、怪談を聞く、回ではUもkirl♡も号泣してしまい、怪談師が土下座して謝ったり、料理を作る、回ではティラミスは何で出来ているのか、でkiil♡とUが本気で喧嘩を始めたり、商業テレビでは放送できない二人の姿が話題を呼んでいた。
川上は、Uが誠と知ってはいるが、あまりの別人ぶりに唖然とし、見入ってしまう。
その日は外に出て昆虫採集の回で、Uが虫は大嫌い、とキレる中、kiil♡は上手に虫をとり、Uを逆に虐めて泣かせた。
「えーメールコーナーです。
U君は大の昆虫嫌いでしたが……」
「嫌いじゃない!
恐怖症なの!
心の問題なの!
分かってよ!」
「えっと、お二人はゴキブリはどうですか?」
Uは泣き腫らした目でカメラ目線になり、
「こいつ、この前楽屋にゴキブリが出たとき、飛びついて手で持って、窓の外に捨てたんですよ!
あり得る?
あんなの、すぐ戻って来ちゃうでしょ!
持ててもいいけど殺してよ!」
「えー、かわいそうだよ。
よく見ると、結構可愛いんだよ」
「いや絶対、あれはおかしい!」
川上も、つい笑っていた。
「まあ少なくとも楽しくやってるようだな」
現実には、そんな話ではなかった。
ライブ練習は日々ハードになってくるし、テレビは話題の新人を使い倒す。
そしてYouTubeも毎日更新なのだ。
火を吐くような忙しさだった。
「八時からYYAのニュースにゲスト出演。
十時にラジオ、そろそろライブのアピールが始まるわよ」
誠は眠いのを瞑想で誤魔化しながら、
「あれ、チケットは完売では?」
「今はオンライン中継もあるのよ。
ファンクラブに入ってから、購入してもらう仕組みよ。
移動して十一時からバスケ芸人とフリースロー対決のYouTube撮影。
三時にHHHのインタビュー、終わったら……」
果てしなく仕事が続く。
とても潜入捜査どころではない。
それでもkiil♡はせっせと作曲作詞を続けているが、誠はギターやダンスの練習はしているが、さすがに気持ちは辛くなってくる。
「この状況で、よく作曲とか作詞ができるよね?」
誠が聞くと、
「君がいるからだよ」
「え、なんか僕がした?」
「凄いたくさんしてくれたよ。
恋なんてしてこないと思ってたのに、君がそうじゃなくて、たくさんしたけど心で熟成しているんだ、って言ってくれたでしょ。
そしたら、いろんなことを思い出して、ラブソングが書けるようになったんだ。
君の恋バナも凄く良かった。
なんでもない事で良いんだって、僕、少女漫画みたいなのしか恋じゃ無いって思ってたんだよ」
誠自身、劇的な恋とか自分ができるのか? と思っていたので、言われて驚いた。
恋に大きいも小さいも、激しいも静かも無いのだ。
なんか、もっと普通のものなんだな……。
誠にとって他人と心を通わす、などというのは虫や子供と同じぐらい理解不能の事だったので、kiil♡に言われて初めて、気がついた。
もっと子供の頃は、普通に両親とも心を通わせていたはずだ。
やがて受験だとか色々難しいことが多くなって、誠はそんな事をすっかり忘れていたのだ。
「聞かせてよ、君の恋歌」
kiil♡はパチンとパソコンを叩くとメロディーが流れた。
kiil♡は囁くように歌う。
「君が笑わせてくれたから
僕は笑顔を覚えたんだよ
冬が続くと思っていた僕の季節
いつか枯れたはずの枝から蕾が生まれた……」
歌ってから、
「この先をこーゆう風に」
パソコンで熱唱タイプのメロディーが流れる。
「するか、逆にこう」
静かなメロディーが流れる。
「するか悩んでいるんだ」
「ふーん、どっちもいいけど静かな方が、今までの攻撃的なメロディーと違って新鮮かも……」
まだkiil♡は悩み、
「僕らしく無くない?」
「まだデビューしたばっかりでしょ。
あんまり自分らしい、とか決めなくても良いんじゃないかな?」
「そーかもー?」
アーティストの悩みは、誠には判らなかった。
やがてYouTubeの撮影になり、区の体育館を借り切ってバスケのフリースロー対決をする。
kiil♡がバスケのルールを知らない、とボケがあり、Uは、バスケ芸人とのフリースロー対決に買った。
「今日は新曲をやってみます」
急にkiil♡は言い出すと、楽屋でやっていた曲を歌い出した。
Uはどちらのサビが来るのかも知らなかったのでコードで追う程度に合わせるが、kiil♡は静かなエンディングを選んだので、静かなギターがいい味付けになった。
この曲はスタッフも激賞したし、メールでもウケが良く、マネージャーの八千代さんは、
「セカンドシングルで出しましょう!」
とまで言い出した。
誠も、微かには関わったので良かったが、また忙しくなるのか、と思うと潜入捜査の難しさを痛感した。