5民俗文化村
誠は恵比寿に帰ると、民俗文化村を検索してみた。
江戸から明治の古い農村を移築していて、大学教授の真木と居住している研究員が、茅葺き屋根の張り替えから養蚕、米作り、狩猟などもやっている、という。
随時、体験宿泊を募集していて、村にステイしながら農業や炭焼き、江戸から明治の狩猟まで体験できるとい。
体験者は皆、ここを絶賛していて、ただ古民家に泊まる、というのとは違う、昔の暮らしを体験できる、と喜びの声が上がっている。
事実、最初は芦ノ湖観光に立ち寄り一泊ぐらいだった人が、来年には一週間のステイをし、自然とともに暮らす素晴らしさを熱弁していた。
そして、風魔の人々が語ったように、この民俗文化村を中心に、廃れた神社を再興し、古来の神仏習合の形を再現した桃果神社村では早朝の読経、祝詞から始まりお神酒作り、座禅教室、神道でも仏教でもない神仏習合の考えと教義などを学ぶ、とか、狩猟と採集を中心に行うマタギ小屋など、民俗学的に正確な古来の村の生活を体験する、縄文から続く日本の知、をテーマに新しい村が幾つも出来ていた。
これらはバスで回ることができ、陶芸の村なら、名も無い、いわゆる名人上手では無い、陶芸を粘土を掘ることから始める村とか、養蚕や、綿、木の樹皮などから織物を織る村、池を作って漁業をする村などが既に出来ていて、全てを合わせると多い日は数百人の観光客が集まっているという。
テレビは無いが、スマホのアンテナはしっかり立っており、お客さんの農村写真もインスタのように見ることが出来る。
学生連合を知っている誠には、この宿泊客が食べている食事も普通のものではないだろうと考えられた。
お金をばら撒きながら怪物を作るのではなく、それなりに旅館代金ほどのお金を稼ぎながら薬を飲ませているのだ。
いつから始まったのか正確には分からないが、これはヤバい規模で既に汚染は始まっている、と考えられた。
誠はリーキーに事の重大さを伝えた。
今、誠はデバイスをつけていない。
デバイスはかなり安全であるとは言えWi-Fiを使っての交信であるため、潜入捜査では危険があるとして固定電話に回線を繋いで連絡していた。
一仕事終えた誠に、マネージャーの八千代さんから連絡が入った。
4月末のライブに向けて、Uはkiil♡と共にダンスのレッスンを受けるという。
こっちの潜入捜査では、誠は事務所の秘密を何も見つけていなかった。
翌日から誠とkiil♡のダンスレッスンは始まった。
幽霊の助けもあり、誠も人並なダンスは踊れた。
元々、ライブではkiil♡はキーボード、誠はギターを弾くので、ダンスは周りのダンサーに合わせる程度だ。
練習は週に二、三度する事となり、また衣装合わせなどが行われた。
kiil♡の曲はUの登場もあり、更なるヒットになっていた。
テレビへの露出も増える。
また、新たなファン獲得のためYouTubeも作ることになった。
とはいえ、ほとんどプロのスタッフがお膳立てして、アルバム曲の演奏や質問に答えるなどのフワッとしたYouTubeだ。
たが誠Uが進行をし、時にkiil♡にツッコむ姿が受けて、Uの人気が高まってきた。
野球の始球式に二人で呼ばれ、誠が影の力もあり、中々な球を投げたり、クイズに答えたりと活躍が目立ち、U人気は曲の更なるヒットにつながって、ライブのチケットも完売したという。
裕次はプロとしてギターが弾けるのに興奮していたし、テレビ番組では、何しろ二八人もの幽霊がいるので、Uの発言は知的でもあり、お笑いもそれなりにあり、喋り担当のようになってきた。
「君って凄いね」
話しかけたのは、前に野口に逆らうな、と忠告してくれた子役の少年だ。
「いや、凄いのはkiil♡なんだけど、それに乗っかってるだけだよ」
kiil♡は地の誠に近い内向的な少女で、しかも自分は性同一障害だと思い込んで悩んでいる。
暗い顔が多かったが、Uには、思い込みから同性のように接していたし、すっかり心を許したので笑顔になる。
するとUの株が上がるわけだ。
ある日のYouTubeでは、
「えーお二人の初恋を教えて下さい、だって」
え、と顔を赤くしたkiil♡が、
「僕はそういうのは、まだなんだ……」
と消えそうに喋ると、
「アハハ、顔か赤いじゃん。
kiil♡は、なんでも心で秘めて、熟成してから歌にするんだよ。
好きな子はいっぱいいたでしょ?
でもkiil♡は黙って遠くから眺める性格だよね」
ますます赤くなったkiil♡が、
「コクるなんて無理……」
と囁くのをウケて、Uは、
「僕は男に告白されました」
と落とすと大いにウケた。
「Uの初恋、教えてよ」
kiil♡が言うと、
「全然、席が近いだけの普通の女の子だと思ってたんだけど、僕が泣いちゃったとき、すごい慰めてくれた子。
今も好き」
Uは言い、
「ほら、今のkiil♡の表情見た?
アーティストって、こういう顔して、人の秘密を聞き出すんだよ」
とkiil♡をいじって困らせる。
表情がコロコロ変わるkiil♡を見てファンも満足し、YouTubeも軌道に乗ってきた。
スマートな話をすると思うと、
「一人のとき何するか?
男なんて九割ちんこいじってんだよ、決まってんじゃん」
などとファンが引きそうな話もするが、kiil♡が真っ赤になるので笑い話になった。
数週間で誠は、かなり上手く仕事に馴染んでいたが、いよいよライブが近くなると、殺人的な忙しさに誠は忙殺された。
「誠の言ってた民俗文化村ね。
あれは確かにヤバいわね」
美鳥や、釣りがてら井口が遠くから見ているが、体験棟の他に、静かに自然を楽しむ宿泊棟も作られ、敷地は一つの山を丸々使うようになった。
予約も四季を通じて一杯で、ありのままの自然に集まる人で、大人気だった。
温泉は芦ノ湖温泉だし、プライベートビーチならぬ民俗文化村独占の川には、他の山では見られなくなったような虫や鳥たちも自由に暮らし、お客さんを楽しませている。
宿泊棟も、江戸時代の旅籠に、上手く鍵などを加えていて、夕食は箱膳で提供された。
わざと小ぶりに作られた旅籠と山道は、江戸の箱根の雰囲気を出して、馬や籠も用意されている。
そんな江戸の山道にはお茶屋があったり、次の宿場町も作られ、芦ノ湖までに三つの宿場がそれぞれ個性的に運営されていた。
農村に近い宿場や炭焼き小屋やマタギ小屋に近い宿場、芦ノ湖に近い宿場だ。
これらは車では入れないし、それなりに歩くのだが、滝があったり、急な吊り橋があったりして、楽しめる。
どんどん集まってくるお客さんに、団体客は取らないポリシーなども受けて、山全体には何百も宿泊していても、一人になれるような静かな山を誰もが堪能していた。
そして真木に賛同する、初めは客だった者たちも、今やネスミ算式に増えているのだ。