49タイムライン
普通は影繰りであっても、誠の影の手を掴むのは困難だ。
誠が透過能力者だし、まして死角からの攻撃になるからだ。
だが猫には特別な視力、例えば誠の影の目に近いようなものがあるのか、指先は首筋の中に入り込まれながらも、手首を左手できつく握りしめた。
どういうカラクリか、透過が使えない。
「駄目ですよ。
透過が水の力だということは分かっています。
ま、大地母神様が解明したんですが。
五行というのはご存知でしょうか?
影の力というのは古代からある陰陽術の応用のようなもので相剋の一つ、土は水を堰き止め、濁らせる、という理で制御出来るのですよ」
古い力だとは聞いていたが、まさか陰陽道が出てくるとは思わなかった。
確かに、誠たちが妖怪と戦っているところから見ても、映画の陰陽師と同じと言えば同じだ。
しかし、まさか透過が防がれるとは思わなかった。
誠も、陰陽道を習えば、もっと楽に敵と戦えるのだろうか?
「五行というのは方位も関わります。
さて、方位で考えて欲しいのですが東京という街を江戸城を中心に考えた場合、新宿と浅草はどういう意味を持つのでしょう」
楽しそうに猫、厳密には鏡写しの猫は語った。
誰も答えない。
だが、元OLの中村が気づく。
(鬼門と裏鬼門よ!
これはそういう戦いだったんだわ!)
誠が、鬼門、と呟くように言うと、猫は大いに喜ぶ。
「そうです。
さすが小田切誠です。
では、鬼門と裏鬼門を破って困るのは何処でしょう?」
誠は首を傾げた。
「浅草は止めたはずだし、新宿だって再建が進んでいるよ」
あはは、と猫は笑い。
「駄目ですね。
何故なら、大量の血が流れているからです。
もはや鬼門も裏鬼門も汚れてしまった。
防衛の意味をなさないのです!
陰陽的には」
「また東京の何処かを壊すのかよ!」
カブトは怒鳴った。
「そんな事をしないでも日本を終わらせることはできます。
つまり日本の主たちを殺すのです」
ニンッ、と猫は笑う。
「あなた達はこの洞窟に力を入れすぎたのですよ。
お陰で東京には戦力は残っていません。
総理を殺しても代わりの者が立つだけですが、日本の中心の人々を皆殺せば、街など壊さなくとも日本は動かなくなる。
判りますね。
これは単なるテロルでは終わらない。
日本は思想的エンジンを失うのです」
皇室の事を言っているのだろうか?
誠は釈然とせずに考えていた。
確かに、代わりは少ないが、いない訳でもないし、第一、それなりに騒ぎにはなるだろうが、国は普通に動き続けるだろう。
この人達は、何か勘違いをしているのではないか?
公に皇族になっている人以外にも、血を分けた人なら沢山いるのだ。
今の皇室は数名しかいないように見えているが昭和天皇や大正天皇、明治天皇にも子供は多い。
今は表舞台からは見えないだけだ。
「分かっていないようですね?」
偽猫は嘲った。
「えーと、皇室を襲うつもり?」
誠は、やや気の抜けた問いかけをした。
「いいですか。
全ての省庁、国会、上場企業の本社は、東京の一部に密集しています。
江戸城を中心としたエリアです」
誠は東京の地図を路線図で覚えていたので気が付かなかったが、中央線の南、山手線の内側に、確かに首都機能の大半は集まっていた。
「そこの、中心の人々を狙って殺す、と?」
「前のように街の破壊など必要ありません。
不必要に騒ぎを起こしますしね。
数名の、誠さんも知っている者たちが居れば、潜入し、目的の人間を葬り、逃亡するのは難しくはありません。
百人ぐらいでしょうか、あるいは、その半分でも亡くなれば、国会にしろ、省庁にしろ、大企業にしろ、ヤクザ、ギャングの類にせよ、この国の動きは止まるのですよ」
確かに、あの不死身の少年やライトもいた。おそらくそれ以外にも敵は兵隊を揃えているだろう。
彼らの言うように一番上の人物を殺したら少しは混乱するかもしれないし、鳳首相などが殺されたら大変なことになる。
リーキーも首相官邸には住めないだろう。
リーキーは官邸に高度なラボを持っているはずで、その研究も頓挫することになる。
どんな研究なのかは、誠も怖いので聞いていなかったが。
「しかしそれほど単純じゃ無いだろ。
変わる立場の人もいるはずだし、数日は混乱するかもしれないけどさ」
ユリコが言うが、
「分かりませんか。
それだけの大量のテロルが起これば、日本の株価は暴落し、円は壊滅的に安くなり、国中は唐突な経済崩壊に直面します。
物理的に破壊しなくとも経済が壊れれば日本は消滅するのですよ」
テロリストの暗殺で国家が転覆した例は少ない。
第一時世界大戦では結果的にハプスブルグ家など複数の王国が直接、間接的を含め崩壊したが、だから国が消えた、訳ではない。
王家が滅び国家の形が変わっただけだ。
同じようにテロにより社会主義革命が起こっても、国家の主の首がすげ変わっただけ、なのが現実だった。
とはいえ経済崩壊が起こるのは避けなければならないし、それは明確に誠たちの敗北を意味していた。
誠は指先から蛹弾を撃とうとしたが、瞬間、猫は天井に爪のエクトプラズムを発射し、上に逃げた。
透過できない敵を、どうすればいい?
誠は戸惑った。
その一瞬の空白に、猫のエクトプラズム爪は襲いかかった。
美鳥の蝶が防ごうとするが、蝶と爪は相打ちになる。
爪はすぐに新たなエクトプラズムを発生させるが、蝶が空白に辿り着くのは、爪より速度で劣っていた。
(誠君、土と相剋するのは木、つまり植物よ)
と中村。
風水に凝っている、とは聞いていたが相剋を諳んじているとは、かなり本格的だ。
だが誠には植物を焼く炎や、石化の力はあっても、植物を自由に操る力など無かった。
スカイツリーを森に変えた敵は、結局、誠が倒したのかユリが倒したのか分からなかったし、新宿御苑でも森を自在に操る敵はいたが、倒したのはハマユだった。
誠は蛹弾を猫に撃ち込むが、猫は天井を走った。
透過が水の力で、そのため蒸気の壁などが使えるんだったら、水そのものは操れないのか?
思った誠は、猫の走る天井に蒸気の壁を張った。
そして、蒸気の密度を上げていく。
猫が、石に滑って落下した。
落下地点を透過させるが、猫は爪のエクトプラズムを飛ばして、落下を防いだ。
だが、一瞬、猫の動きが止まる。
誠は蛹弾を撃ち込んだ。
猫は素早く、蛹弾を爪で弾き飛ばした。
猫は同時にエクトプラズム爪を誠に飛ばす。
僕が水なら……。
誠は一瞬で液体になった。
そのまま地面を滑り、猫の身体に纏わりつく。
影を走るのと似ているが、誠自身が水になっているのだけが違う。
透過は防がれたが……。
水は蒸気になり、容易に猫の口と鼻から体内に侵入した。
げぽっ!
猫は窒息し、慌てて水を吐いた。
猫は慌てて飛び去るが、誠の目の前にはユカリが現れていた。
三つの寸胴が湯気を上げて煮え立っている。
右?
誠が右に目を向けると、透明な人間型の生き物、しかし身の丈十センチ程の生き物が立っていた。
え、オバケ?
誠は大の臆病者であり、身の丈十センチでも幽霊などは、そのまま失神してもおかしくはない程の恐怖だった。
だが透明なオバケは、ニマリと笑うと、誠の中に入ってしまう。
誠は地面に座った形で実体化した。
だが頭の中で、ユカリが猫を指差した。
十センチのオバケを猫に撃ち込む。
と、猫の身体に蔓草が発生し、猫を縛った。
植物?
だが猫は、飛ぶように疾走し、誠の前から逃げ去った。
何だったんだ、今のは……。
誰にも答えは見つからないが、ユカリの能力が、あの小さなオバケを見つけ、誠に教えたものらしい。
「しまったね。
捕まえておけば倒せたんだけど」
信介が、そう残念でも無さそうに言う。
「とにかく、本物の猫と合流しよう」
誠たちは信介に導かれて、逃げた猫とは逆方向に歩き出した。
川上たちは誠と信介の会話を聞いていないので、急に猫が暴れたように見えた。
誠は事情を話し、鏡写しの猫の話を聞いた。
「鏡写しねぇ……。
やられても、誠以外じゃ分からないわね」
美鳥は唸る。
「そうでもないぜ」
と、井口。
「美鳥なら心音を探ればいい。
川上もそうだし、そうだ、今のうちに、今いるメンバーだけでも利き腕とかは言っておこうぜ」
確かに人数は限られているのでそれだけでも大地母神の複製には効果がある。
全員が右利きなのが判明した。
「誠君、この割れ目から僕らを運んでくれ」
信介に言われて、誠は全員を連れて影を滑った。
影の中を通る間は、影繰りなので岩肌ぐらいは見えるにしても、ほぼ地下鉄の中のような暗がりだ。
やがて誠たちは広い空間に出た。
が、そこは広大な虚無の空間の中の天井部だった。
猫は天井に貼り付いて、爪のエクトプラズムで敵と戦っていた。
敵は、大地母神もかなり手を抜いたような、ビーチボールのような球体だった。
ただ、量が桁外れに多い。
虚無の空間のほとんどを、このビーチボールが埋め尽くしていた。
「遅いです!
信介、なに遊んでいたですか!」
猫が叫んでいた。
「誠のところに居たのは君の鏡写しだよ?
これでも相当、頑張った方さ!」
「コイツラ、退屈なんですよ!
何の代わり映えもしないんだから!」
誠は、ギャル男のハルや中学生の幸也、ミホやさやかなどをカブトたちの足場にして飛ばした。
「言う通りに飛ぶから、戦って」
高田類や颯太、裕次や使い魔を持つ桔梗や影能力のある大家、運動部の滝川や大川などを影の身体にして自由に戦わせた。
誠自身は田辺や真子にも手伝ってもらい、虚無の外側に出て戦う。
ビーチボールの攻撃は、ほぼ相手に纏わりつくと、ホラー映画のように根を張り、食い尽くすらしい。
だから距離を取って撃ち落とすのが有利だ。
大は、岩壁近くで、自分の砕いた岩を投げてもらう。
さほど固い敵ではないので、井口のカラスや川上の兎でも倒すことが出来る。
ただ、数が多い。
「ここ、底はどうなってんの?」
カブトが聞くと、
「二百メートル下に広大な湖があり、そこからコイツラが無限に湧いて来るんだ!」
信介が教えた。
「湖を凍らせるわ!」
ハマユが叫ぶ。
「四方を取り囲まれると、結構厄介よ。
援護するわ」
小百合がハマユに付き合った。
「俺も行くぜ!」
ユリコも言って、下に降りた。
「角地にいるのが、最も安全なんだ。
空間に出ると、意外と手強い!」
信介が助言した。




