48選択
信介の言葉は、皆の体温を一気に下げさせた。
「え、戦うって?」
誠は聞く。
「悪いけど僕は皆みたいな正義の味方じゃ無いんだよ。
こんな妖怪たちと真っ向から戦うよりは、人間で弱点も分かっている君たちと戦う方が簡単だしね」
無言でカブトが立ち上がった。
「ま、でも君たちもこれだけの数がいると僕一人では中々難しい戦いにはなる。
そこでこうしたよ」
言うと信介は、パチンと指を鳴らした。
手に一枚のカードが現れた。
「月、のカード」
信介が言うと、カブトは満月のような球体に囲まれ、浮かんでしまう。
「くそっ!
出しやがれ!」
カブトが叫ぶ。
ユリコや大も立ち上がるが、同じように球体に封じ込められた。
小百合、ユリ、福、猫、美鳥も封じられ、洞窟の天井に並んだ。
川上、井口と誠が後に残る。
「なんだ?
俺達なら素でも殺せる、って事か?」
川上が叫ぶ。
「そうでも無いんだけど、こうすればだいぶ変わると思ってね」
パチン、と信介の指が鳴り、新しいカードが現れた。
と、誠の首にロープが巻き付き、グイッと持ち上げられた。
「あ、誠っち!」
喉は締まる。
だが、影の手でガードできるし、そもそも誠は浮かぶことができる。
(さすがに君を、その程度では倒せないね)
ロープから声が伝わり聞こえた。
(僕はずいぶん前から君に気づいていたんだ。
だけど近づかなかった。
君の近くに偽物がいるからだよ)
(え、偽物?)
全く気が付かなかったが、信介が言うなら確かな気がする。
なにしろタロットカードでどんな秘密も解き明かしていまう能力者だからだ。
(だ、誰が?)
誠には全く分からなかった。
(猫だよ)
(え、まさか!
彼女は弟を助けに東京まで行ってるんだよ!)
(誠くん、相手は妖怪、怪物なんだ。
そのくらいはする連中なんだ)
そう言われたら反論も出来ない。
だが、猫に疑わしい点は今まで無かった。
(でも実の弟も、姉だと思ったようだよ?)
(そんなに長い時間じゃないでしょ。
しばらく2人きりにしたら、違和感は感じると思うけど、混乱した状況で、君も一緒なら細かいことまで分からないんじゃ無いかな。
見てた訳じゃないけど、空とか飛んだんだろ?)
確かに。
小学生の弟は、珍しさもあり、姉の微妙な違和感などは感じられなくても不思議ではない。
(じゃあ本物の猫は?)
(もう少し上で戦っているよ。
彼女は強い)
それは確かだ。
もしかすれば芋之助の次に来るのが猫かもしれない。
確かに大地母神が手駒とするなら一に芋之助、二に猫と考えても不思議ではない。
(じゃあ、今なら猫を倒せるの?)
誠には今までの猫に違和感は感じられなかった。
それだけの強さもあった。
また、不意に現れた信介が偽物、という可能性も考えられた。
味方同士を戦わせるのが、大地母神にとっては一番都合のいい展開なのだ。
誠の考えを読んだかのように信介は、
(僕を疑っているね)
(いや、公平に考えようとしているんだ。
猫とはかなりの時間を過ごした。
違和感は感じなかった。
君はさっき会ったばかりで、違和感を感じる時間もない)
誠の返答に信介は。
(元々、君らとはクラスも違うし、僕に違和感を感じるほど知ってないよね?)
(まぁ、でも猫も学年も違うし、異性だし、それほど親しい訳でもないけど)
(そこだよ。
実は君は、今まで一緒に行動した中で、猫を信用しているだろ。
ただし、ここの神、大地母神が人間のコピーを作る時には、決定的な問題があったんだ!)
(問題?)
(ある意味決定的だよ。
僕は何でも出来るように見られてるけど、タロットカードは黙っているから、解釈が難しい。
だが、僕は正解に辿り着いたと思っている)
誠は、首を締まられているにも関わらず、信介を見た。
(コピーは、必ず鏡写しになるんだ)
誠と信介は見つめ合った。
(理由とか聞いても意味ないよね?)
誠が聞くが、
(この世に既に存在している生きている者と、全く同じ物は作れないらしい。
だから限りなく似せようとすると左右逆転した姿になるんだ)
信介の目を見ると嘘を言っているようには見えない。
正解と確信があるようだ。
ただし、ある程度付き合いのある川上やカブトと違い、猫では、何処が鏡写しなのか、分からなかった。
利き手さえ知らない。
髪は右に流しているように感じたが、女の子だ。
その日は逆でも、だから鏡写しだ、とは言えない気もする。
(女が髪型を変えたり、ファションを変えたりするのは理屈じゃ無いのよね)
アサミが呟く。
私服なら、まだ分かりやすいかもしれないが、戦闘服に男も女もない。
少しは違うかもしれないが、誠にも、周りの幽霊にも分からない。
(正直、そう言われても分からないけど、君は猫を倒せるの?)
生死をかけて戦ったら、猫は途方もなく強い。
だが信介も怪物だった。
確かに、レディさんなら信介の本体を見抜けるから勝てるだろうが、同じ事を誠が出来るかは分からない。
幽霊の力を借りて探し回るしかないのだろうが、信介も誠の真実に辿り着く可能性がある。
(彼女は現実には、今の月の封印なんかすぐ破れる。
ただ、君が僕と戦ってくれれば、それが大地母神には最もいいから見守っているだけだ)
信介は語り、
(正直、大地母神が彼女にどこまでの力を与えたのか、僕も予想できないんだ。
多分、僕一人で彼女を倒すのは無理かもしれない。
君の協力が無ければね)
鏡写しは現実なのか、信介のブラフなのかも分からない。
しかも信介だけで猫を倒せるかはタロットカードでも分からないらしい。
(誠君、もし鏡写しが体の表面だけの物で無いのなら、君ならすぐに分かるぞ)
田辺が言った。
(え、体の内部?)
(そう、心臓は右にあり、肝臓は左、という事になるだろう)
そうだ!
もし身体全てが逆ならば、内臓も逆になるはずだ。
とは言え、生まれつき逆位置の人間も稀に存在する。
必ず鏡写しのせい、とは言い切れない。
僕は横目で猫を見た。
心臓が右にあり、肝臓は左にあった。
ハッキリ聞いた訳ではなかったが、内臓の位置が全て逆になる確率は、とても稀で、確か十万人に一人とかだった気がする。
日本全土で考えても、そうはいない特殊な形なのだ。
ただ、だからといって病気というわけではないし、主治医が分かっていれば、急にAEDでも使う状況にならない限りは特に何の問題もない。
女の子の個人情報なわけだし、誠が聞いてなくてもおかしくはない。
それに……。
信介の能力でそう見せている、という可能性だって否定は出来ない。
(誠。他の奴を見てみろよ)
颯太が、ガラにもない誠も納得する意見を述べた。
カブトや川上を見るが、内臓は正常だった。
信介くんが正しいのか?
迷う誠の前に三つの寸胴が湯気を立てて並ぶ。
ユカリの神秘な能力だ。
これで顔が怖くなければ誠ももっと馴染むのだが、誠は姿が恐ろしい幽霊、というだけで腰が引けた。
とは言え、何度も見ているので、さすがに慣れも生まれていた。
信介の言葉が正しい。
ユカリの力に間違えは無かった。
どうするか……。
誠は新たな問題に直面した。
猫と正面から戦うのは難しい。
誠は、透過、つまりディフェンスで優位に立って戦うタイプだが、猫は明らかに手数で押しまくる武闘派だからだ。
おそらく丹田に入ったぐらいではダメージは半分以上は受けるだろう。
影に入って幻惑するにしろ、接近戦のスペシャリストに対して近接戦闘をする距離に近づく必要があった。
何故なら、猫は信介の影に捕まって、空中にいるからだ。
影の手は、影繰りである猫には丸見えだ。
引力と反発で何かできないか、と考えていたとき……。
「どうやら、バレたようですね」
静かな声で、猫が言い出した。
同時にバリバリと月の封印を両手で破り、猫がトン、と地面に降りた。
「えっ、と君がコピーだったとして、もし僕らと一緒に戦ってくれるなら……」
誠は言うが、猫は口角を上げ、
「大地母神は自分の作ったものを破壊することが出来ます。
それに、今も彼女は私たちを見ているわ」
(誠くん。
僕がタロットカードを発動する間、なんとか彼女を止めていてくれ)
かなり難しい注文だ。
猫は、爪から伸びる光線で、遠距離からでも信介を倒すことが出来る。
「蒸気の壁!」
とにかく、可能な限り信介を守り、誠は猫の注意を反らしきらなければならない。
とは言え猫の的になるのは無理だった。
透過が間に合えば良いが、一旦傷を負ったら両手で十本の光の爪は、誠の治療能力を上回ってしまうだろう。
(誠君、蒸気は光りを拡散させる。
君も蒸気の壁を纏うんだ!)
田辺がアドバイスをくれた。
誠は水蒸気の壁を慌てて自分の前にも張った。
「残念だけど、あたしの爪は単純な光線じゃないんだよね。
屈折も拡散もしないんだよ」
確かに、猫はこの光りをロープのように天井から垂らして、自分が捕まって移動したりしていた。
ただの光ではないようだ。
思うまもなく、十本の光が蒸気を引き裂いた。
誠は、幽霊に助けられて、なんとか直撃は回避した。
颯太が無理やり頭を上から押して、裕次が真横に引っ張ったのだ。
(信介くん、美鳥さんを月から出して!)
猫が爪から出しているのが光線ではなく、もっと物質的なものなら、やはり美鳥の蝶に守ってもらうしかない。
(うーん、何か、例えるなら本物のエクトプラズムのような力なのかな)
田辺は唸った。
影の性質は人によって違い、川上の兎は強力なパンチやキックを出せるが、バリア的には今のところは使えない。
誠の影の手も、真子の切断を使えば切れるし、誠の透過を使えば体内に侵入できるが、実はあまり硬さは強くない。
颯太が押すのは誠の反発の力だし、裕次が引くのは引力だ。
元々、誠の影の手は、多くの仲間を乗せて遠くに伸ばし、何かを引く事で飛行に近い事は最初から出来ていたのだが、手の感触は人体のように柔らかかった。
美鳥の蝶のように、貼り付いて相手を窒息させる性質とは根本が違っている。
颯太たち幽霊を得て、初めて誠の影の手は影の身体になり、パンチやキックも可能になったが、それも川上の兎よりは威力は低めだ。
ただし数が多いし、ムカデや石化の力を得たので充分な戦闘力はあるのだが。
影の手が石を持ったり金属片を持ったりすれば盾として使えるが、おそらく猫のエクトプラズムは石や金属も切断するはずだった。
誠は、反発の力で猫を飛ばした。
だが、猫は鮮やかに体をひねり、無傷で着地する。
誠は二十の影の身体から影の手を伸ばして、猫を取り囲み攻撃した。
だが猫は左右の手の指を重ねて網を作り、誠の影の手を防いだ。
川上の兎も、猫に襲いかかるが、猫は普通に手足で八匹の兎を弾き倒した。
「おいおい!
俺を早く出せよ!」
カブトが叫ぶ。
だが、猫は大人数で攻撃しても、小さい体を機敏に使い、有利に戦い抜くような気がした。
誠は蛹弾を、猫を取り囲んだ影の身体全てから撃ち込んだ。
と、猫は両手のエクトプラズムを、掌で伸ばすように広げ、バリアにした。
ただし、猫が攻撃を避けて壁に寄ったのは、誠にとってはチャンスだった。
岩の隙間の影を辿り、猫の首から影の手を猫の体内に入れた。
と、猫は誠の影の手を掴んだ。
「来ると思いましたよ、誠さん。
それはさせないです」
猫は薄く笑った。




