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46蝿

蒸気の壁は物理攻撃を防ぐが、電気は防げない。


蝿人間たちは、立て続けに電気を放ってきた。


「任せなさい!」


美鳥は言うと、蝶を放った。


電流が、ブラックホールのような黒い蝶に吸いこまれていく。


誠は猫の治療に忙殺された。


傷口は一つでも電傷は全身を走るので治療は困難を極める。


本来なら時間をかけて状態を確認しながら治療するしかないが、今、猫の戦力を失う訳にはいかない。


誠は猫の体内時間を少しだけ戻した。


だが、あらゆる空中から襲ってくる電気は、無数の蝶でも完全には防げない。


これを防げなければ遅かれ早かれ誠たちは全滅するだろう。


「避雷針かな?」


田辺は考え込みながら対策を考えてくれた。


金属と、それを繋ぐ電線を地面に通してアースとし、電流を逃がせればいい。


問題は、その材料だった。


十数メートル先に、バイクの破片は落ちていた。


利用できそうなものを幽霊に見繕ってもらう。


銅線や金属片が蒸気の壁の外に立ち、地面と繋がった。


人間蝿たちは空を飛び回っていたが、変態直後なのでうまく飛べないのか、しばらく攻撃が途絶えたのが救いだった。


幽霊たちは、それぞれ金属片と電線を使ってアースを作り上げていた。


「誠っち、お前、そんな事も出来るんだな!」


幽霊の見えない川上は、驚愕した。

自分が空を飛ぶことと他の物を動かすことは誠にとっては同じ原理だったが、川上には分からない。


映画やアニメの超能力のように見えるらしい。


ホラー映画の金字塔エクソシストで悪魔に取り憑かれた少女がベッドから浮き上がる、などの印象的なシーンがあり、それがイメージされたのかもしれない。

以来、天井に張り付く、とか空中に浮く、というのはホラーやSFの常套手段になった。

川上ならパラノーマルアクティビティ辺りかもしれないが。


「引力と反発を使うのは同じだから、練習次第ではこういう事も可能なんだよ」


誠は簡潔に説明した。


だが攻撃が避けられる以上は、誠たちのピンチには何ら変わらない。


カブトが火を放っても、猫が爪から斬撃を放っても蝿人間たちはヒラヒラと交わしていく。


川上の兎は、上空に逃げられたら届かないし、福と大は、この密閉空間内では力を発揮できない。


ユリの虫は、圧倒的に蝿人間より遅かった。


「どうするよ。

これじゃ動けないぜ!」


川上は焦る。


バイクが4台で終わりなのかも分からなかった。


「なあ誠。

物を動かせるなら、あいつらの動きも止められるんじゃないのか?」


カブトが言った。


あ、そうか……。


残念ながら誠は、今までそれに思い至らなかった。

真面目過ぎるのかもしれない。


誠は、引力で一匹の蝿人間を引きつけてみる。


これに幽霊まで使う必要はない。


蝿人間は逃れようと紐で繋がれた蜂のように左右に揺れるが、動きは格段に単純になる。


カブトが火炎を撃ち込んだ。


蜂人間は燃え上がった。


が、蝿人間はバイクの炎上にも耐え抜いていた。

燃えはするが、動きは止まらない。


猫が爪から影の爪を飛ばすが、痛がるが致命傷は無いらしかった。


誠は蝿人間の体内を透視するが、下の果実人間とほとんど同じ体内構造のようだった。


影の手も、中が果実では破壊しようがない。


(誠は水が使えるんだから、水に入れてみたらどうだ?)


元美容師の高橋が言う。


(野菜を水につけてどうするよ)


颯太は文句を言うが、中村が。


(圧力をかけたらどうかしら?

圧力釜なら短時間で野菜を柔らかく煮えるわ)


蒸気の壁は使えるし、蝿を包み込むのは容易いが、圧力などかけられるだろうか?


誠は考えるが、ライトに烹られた少女ゆかりは、


(出来ます!)


と言うので、誠は蝿人間を蒸気の壁で包み込んだ。


蒸気が熱を帯びていく。


だが、湯気は外には漏れない。


同一範囲の球体の中に蒸気がたまるほど、中の圧力は高まっていく。


蒸気の壁が真っ白になり、やがて……。


破裂すると、元蝿人間だったものは、トロトロのに野菜になり、べチャリと地面に落ちた。


「よし!

あと三匹だ!」


カブトは言うが、蝿人間たちは奥に逃げてしまう。


代わりに、またしてもエンジン音が響き渡った。


「馬鹿だな、バイクは倒せるのに」


ユリコは嘲笑うが、大が、


「おい、見てみろよ」


いつの間にか空中にドローンが浮かび上がっていた。


明確に数は分からない。


空間を埋め尽くすほどの数十、もしかしたら数百のドローンだ。


おそらく農業などの実用ドローンであり、ノートパソコン二台分程の大きさはありそうだ。


「あんなのいくらあってもチョチョイですよ!」


猫が影の爪を伸ばすが、


ひらり、とドローンは生きているかのように簡単に避ける。


しかも大量のドローンは一体一体が生きているかのように個別に動いた。


「敵はこっちを調べているようですね。

無理にでも逃げたほうがいいか……」


誠は幽霊の半分を逃走経路捜索に飛ばした。


必ず攻撃してくるはずだ!


誠が構える場所に……。


ドローンたちが弾丸のようなものを撃ち込んできた。

だが、弾丸なら蒸気の壁が全て受け止める。


泥ほど小さいものは通過するが、弾丸は受け止められる蒸気の設定だった。


だが。


「これ、種だね?」


福が、ぽかんと呟いた。


と、種が割れ、緑の根とも葉ともつかないものが、四方に伸びた。


「え、エアプラント?」


誠は驚くが、


「誠っち、超能力で飛ばしてくれよ」


川上が言った。


だが、種は一つ二つではなかった。

壁一面に広がっていた。


しかも驚くほどの速度で成長し続けている。


「誠!

壁に亀裂があるぜ!」


ギャル男のハルが言った。


「もはや蒸気の壁から、植物は根を内側に出し始めていた。


誠は影の中に入って亀裂を進んだ。


飛び出すように出たのは、田舎道だった。


土を突いて固めただけの、細かい凹凸の多い道だ。


太陽が誠たちを照らしていた。


道の左右には青々と田圃が広がり、その先にはなだらかな里山。


絵に描いたような田舎風景だった。


「おいおい、外に出ちゃったのか?」


カブトは言うが、そんな訳は無かった。

平地から山に入って登ってきたのだ。


芦ノ湖まで、こんな里がある訳がない。


「あの洞窟の途中にこんな場所は無いわ」


美鳥は他のメンバーより前から、この地を調査してきているのだ。

断言した。


「ここは、うぐいす女房の田畑のような別天地、桃源郷の一部でしょう」


誠は推測した。


「でも青空だぜ?」


ユリコは天を仰ぐ。


「これも桃源郷の魔法の一部です。

仮想現実と言ってもいい」


「普通メタバースとか言うとハイテクみたいだけど、むしろこういうほうが現代的には仮想なのかもな」


ユリコは清々しそうに言ったが、誠には不気味な予想が頭を過っていた。


「むしろ、ここに似せて民族文化村が作られたような気もします。

もしや、あれが桃源郷というメタバースが現実に侵食した姿なのかもしれません」


「なんか、それならそれで悪い事でもないような気もするけどな」


川上は言うが。


「もし、泥人間や人間蝿たちが外に出るとしたら?」


誠が呟くと、皆は言葉を失った。


「本当の自然というのは厳しいものです。

山伏の体験というのをした事がありますが、自然は常に優しくは無いんです。

ただ、このメタバース的な桃源郷では常に自然は優しい。

まるで千葉のテーマパークのように動植物は常に微笑む」


「それは逆に不自然だと誠は言うのね」


美鳥が冷たく言った。


「動植物と共に微笑むのがあの大地母神ですから。

こういう世界が伊豆に広がってしまったら、ここだけは農業の不作も漁業の不漁も、自然災害もここにだけは起こらない。


しかし、その結果、日本の他の農地や漁業はそうではないので価格崩壊が起こります。


全体として、日本は滅びに向かうんです」


「千葉の漁業が廃れちまったら、夢も希望もないぜ!」


大が叫んだ。


「そしてそれは、ラオスマフィアが日本の胃袋を掴む事になるんです」


唐突にスケールの大きな話になってきた。


「実際、ここの農作物の値段は信じられないほど安いわ。

今は、遠くから買いに来たくても車を入れられない作りだから、帰りにお土産で買う程度たけど、作地面積が広がって東京や名古屋に卸すようになったら、他の地域の生産者は廃業に追い込まれるでしょうね」


「そんな事無いんですよ」


不意にニコニコと笑う大地母神が現れた。


「日本には伊豆以外にも火山帯がたくさんあるからです。

群馬や長野、和歌山や東北、北海道、九州も素晴らしい火山があり、大地の力に満ちているのです」


とんでもない悪神に魅入られたものだった。

確かに、日本には桃源郷を作れる土地は数え切れないほどに存在する。

あの富士山も火山には違い無かった。


「日本各地に桃源郷ができれば食物が自給自足出来る国となり海外から不当な圧力を受ける理由もなくなり、大国の思惑を受けない国に日本はなれるのです。


私たちは元々、日本を征服する気も、侵略する気も無いのです。

助け、共に発展できるのですよ、私たちは」


「ずいぶん都合のいい言い分ね。

あなた達は何千という日本国民を殺しているのよ」


「日本の1年の交通事故死はニ千五百人以上です。

癌による死亡者は三八万人。

桃源郷が日本に出来れば、遥かに大きな利益が生まれるのです」


自分たちの殺した命など小さなものだ、と言うように大地母神は微笑んだ。


「少子化も止まります。

あなた達も見たように、成人でも子供でも、我々は樹からいくらでも作れるからです。

彼らは皆、健康で長生きです」


「ただの野菜じゃねーか!」


カブトが嘲笑う。


「あれはただの雑兵です。

桃源郷では成人でも赤ちゃんでも、ちゃんとした人間を育む事ができるのです」


「たが首が伸びたり、カッパになったりするんだろ?」


ユリコは疑うが、


「あれはあなた達影繰りに対抗するための戦闘員です。

普通の人間を、あなた達も見た、あの木は作れるのです」


しかし顔泥棒の頃から、日本で暗躍していたのがラオスマフィアだ。


涼しい顔で共生を語る大地母神を信じる事は出来なかった。


「地元の人達もあなた達に困ってるんです」


風魔の話も誠は付け加えた。


「一部の学者や政治家が暴走しているようですね。

それは私の意思ではありませんが、あなた達が攻撃を止めてくれれぱこちらでコントロール出来ます」


微笑みを絶やさない大地母神。


「具体的には何を止めてくれるんですか?」


大地母神の言葉を信用する訳ではないが、問題を認識しているのかだけでも知りたかった。


「我々が地元の人の里山や聖地の近くまで土地取得を進めている、ということでしょう?

これ以上、民族文化村を広げなければ問題の半分は片付くはずです。

あと半分は境界線付近のイザコザですが、地元の方も影を使うようなので過剰反応している者もいます。

きちんと会話を持ち、彼らの風習を尊守すれば、民族文化村自体は彼らにも利益があることが分かるはずです」


「そんな事が本当にできるのかよ?」


カブトが疑問視した。


あなた達との戦いが激しいために、第二第三の桃源郷を作る余力が無いため、全てを伊豆地方に作ろうとして軋轢が起きているのです。

群馬長野、飛騨や和歌山に合法的に桃源郷が作れれば、伊豆の民族文化村を今の規模で収めて、何ら問題はないのです」


どうも着々と日本征服を進めている、というように聞こえる話だった。

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