45水
更新が遅くなっています。
業務内容が変わった事と、家庭で病人を抱えたこと、そして猫が病人にヤキモチを妬いていることが原因です。
数カ月はこんな感じかも……、と考えています。
え、まさか水、そのものが仲間に気づかれずに衝撃を緩和して体に落ちているのか?
誠は驚いたが、謎なのはその目的だ。
ただ体を濡らすだけ、という事は無いだろう。
なにしろ、ほんの一滴の水なのだ。
ならば水に何らかの意図があるはずだ。
びしょ濡れになるような量ではない。
皆、濡れていることにも気がつかず、普通に話しながら歩いている。
幽霊たちが近くで臭いや感触を探っても、ごく普通の水のようだ。
科学的な分析をすれば何か分かるのかもしれないが、誠にそこまでの能力は無い。
(とにかく君は毛細血管を縫える程の目を持っているんだ。
可能な限り見てみるべきだろ)
田辺が励ました。
誠は、水を可能な限りに拡大する。
川上のキューティクルが鱗のように見え始め、そこを滑りもせずに粘着質に張り付いている水を拡大する。
あれ…。
水の中に、生物か無生物かも分からない白いものがあった。
水自身が生き物のように動くために、これが自力で動いているのか、動く水によって移動しているように見えるのかは分からない。
たが白い物体は、キューティクルの隙間を通り、髪の毛の根元に流れていった。
川上の毛穴の中に、それはスルリと滑り込む。
ゾッ、と誠は自分の皮膚を撫でた。
もしこれが生物だった場合、それは細菌とか寄生虫とか、誠はそこまで専門的には学んでいないが重篤な影響がある可能性がある。
無生物なら、もしかしたら人体に有害な物質なら危ないかもしれないが、なにしろ少量なので分からない。
だが毒物の中には僅かな量でも致死量に至る薬物もあるのは誠も知っていた。
誠は透視で川上の体内に入った白い物体を追った。
それは毛細血管に入り込み、体内を巡った。
やがてそれは静脈を通って内臓、肝臓腎臓などの重要な器官に到達する。
かなり危険な事態だった。
薬物にせよ生物にせよ、仲間は重篤な被害を受けることになる。
(毛細血管を縫えるんだろ?
それを取ることは出来ないのか?)
大家が言うが、
(多分可能ですが、それでは白い物質の正体は分かりません)
そんなものを解明するとしたら大規模な研究機械が幾つもの必要だろう。
(とにかく異物なのは間違いないわ!
一度、取り出してみたほうが絶対良いわ!)
と中村。
確かに、もし劇薬で川上が死んだりしたら誠でも救えない。
誠は、影の糸を使って白い物質に巻き付け、透過で体外に出した。
影の糸の先で、白いものは自力でうねっていた。
(なんらかの生き物のようだな)
田辺が唸るように言った。
それが何を起こすのかは分からなかったが、誠は全員の体内から白いものを探し、摘出した。
数分で三百を超える白い生物? が集まる。
だがその辺に捨てるのは危険すぎた。
ここは桃源郷の中なのだ。
危険はあるが、一つにまとめてみる。
二つを重ねると、太く細長い生物に融合した。
十重ねると肉眼でも見えるほどの糸ミミズのような生物になる。
それは重ねるごとに太くなり、ツチノコのような姿になった。
ほんの一・五センチ程のツチノコだ。
と、ツチノコはツルンと影の糸をすり抜けて、足に落ちた。
手も足も無いはずのツチノコは、しかし素早く、飛ぶように鍾乳石の密林の中に消えた。
仲間を透視するが、他は無いようだ。
水滴自体がたまに落ちる程度の頻度だったから、おおよそは撤去できた、と誠は考えた。
「おい、前から誰か来るぜ。
多分、芋之助さんだ……」
誠は再び、ゾッとした。
おそらく、あの白い生物が体内に入っているはずだ。
芋之助は、強さで言えば最強クラスだった。
ただ、性格が穏やかなので普段は誠にとっては気のいい先輩だ。
が、戦うとなったら、よほど精密に計画を練って、場所も選ばないと勝負にならない。
この鍾乳洞の一本道で出会うのは、およそ最悪だった。
上には針の山のように鍾乳石が連なっている。
人の歩ける場所もなんとか一人分の幅があるだけだ。
こんな場所で、無限に伸びる影の剣を使う芋之助と戦うのは、透過の出来る誠でも不可能に近い。
無論、芋之助さんが白い生物にパラサイトされていない可能性や、寄生されていても、すぐに襲いかかってくる、とは限らなかったが、しかしこの鍾乳洞にいる以上、水に濡れていない訳はなかった。
仮に普通に会話が出来たとしても、いつ、どんな形であの生き物が暴れ出すか、想像も出来ない。
「今までも戦いになる事もあったから、みんな気をつけてね」
誠は遠巻きに注意を促すしかなかった。
「あの人はヤバいな……」
何かと強気なカブトも呟く。
「あたしもイモ兄には、ちょっとかなわないよ……」
猫も誠やカブトと同意見のようだ。
「仮に戦うことになったとして、ここは最悪ね」
美鳥が冷静に地形を読んだ。
「せめて誠が飛べる場所がいいわ」
誠を前面に押し出す気のようだが、誠も意見は同じだった。
「誠!
芋之助が近づく前に戦いやすい場所を探すのよ!」
それしか無いようだった。
誠は幽霊を透過で上に飛ばし、場所を探させた。
透視で誠が探すには範囲が広すぎたのだ。
数十メートル上に、崖のように地層がズレたらしい、一キロ程度の空洞が見つかった。
よし、と誠が思った瞬間!
誠たちの頭上の鍾乳石が、一斉に切断され、落ちてきた!
仲間を水滴から守るため、蒸気の壁を上空に張ってはあったが、当然、数メートルの石の槍が落ちてくるとは思わない。
誠は慌てたが、幽霊たちがなんとか全ての槍を受け止めた。
「やべぇ!
芋之助さんがこっちに気がついたぜ!」
川上が叫んだ。
芋之助にとっては、この場所の全てが凶器になり得る。
「上に逃げます!」
誠は仲間を影の手で掴むと、上空に透過した。
発見した、戦いやすい地下空間だ。
「あの人が敵に回ってる、となると、かなり厄介だな」
カブトが唸る。
乾燥した、広く平らな空間だが、入ってみるとサッカーフィールド程の楕円の広場だ。
ただ天井は高く、百メートル級の崖のように四方に連なっている。
「なんか不自然に平ら過ぎる気はしねーか?」
ユリコが怪訝に辺りを見回す。
確かに、そこは到底自然地形とは思えないほど平坦な、整地された都市部の運動場のような場所に見えた。
ブオン!
突然、大きなエンジン音が洞窟内に響き渡り、遠くの崖の影から漆黒のバイクが現れた。
レーシングタイプの曲線的なボディのバイクだった。
乗っているのも、黒いフルフェイスヘルメットと革のバイク用スーツを身に着けた、一見すると人間のようだ。
「人間?」
猫が驚くが、川上が。
「臭いが変だ。
生き物じゃない」
人に擬態した何かのようだ。
バイクは高速で誠たちの周りを回りだし、片手を突き出すと何かを撃ち込んだ。
前に大に撃たれたような、極小の物体だ。
不意だったので、誠や幽霊も、それか何なのか知覚できなかった。
「おそらく泥人間の攻撃と似たようなものだと思うから気をつけて!
当たった場所によっては即死かもしれない」
誠は叫んだ。
「こんなの、ブチ殺したほうが早いだろ!」
ユリコは棒を伸ばすと、バイクに野球風のフルスイングを仕掛けた。
だが、バイクはほとんど横倒し状態になって棒を避ける。
「タイヤを壊すんだよ、乗り物は!」
カブトは陽気に叫んで火球を撃ち込む。
距離も十メートルと離れていない、避けようのない攻撃だったが、バイクはどういう理屈かバッタのように跳ねて攻撃を交わす。
「まるでBMXだな!」
カブトが驚いて叫んだ。
BMX自転車は、山道を走行可能な頑丈で機動性に富んだ自転車で、ジャンプしたり、岩場を走ったりなどの特殊な技が使える。
とはいえ何の予備動作も無く、昆虫のような飛翔が出来る訳ではない。
荒れた地形が、ジャンプには必須のはずだ。
と、バイクに集中していた誠たちの背後で、新たなエンジン音が響いた。
二台目か!
こんなものが何台も出てきたら、流石に射撃を避けられない。
「取り囲まれるのはマズイ!
端に移ろう!」
誠は叫んだ。
二台目が出てきたが、二台で打ち止めとは思えない。
ぼぼ反動もない小型の飛び道具はバイクとの相性も良く、数台に取り囲まれて十字砲火を受けたりすれば全滅も考えられた。
誠は影の手で仲間を包み、壁際に移動した。
だが…。
バイクは、ほぼ絶壁の壁面を走り、誠たちを包囲する。
そして誠の予想通り、三台目、四台目のバイクのエンジン音が洞窟に響いた。
誠は蒸気の壁で仲間を守りながら、影の手を伸ばすが、バイクは生き物のようにヒラヒラと影の手を交わしていく。
「誠、あたしの虫を透過するのよ!」
美鳥が言い、誠は何千もの黒い蝶や羽虫たちを放った。
蒸気の壁の外を黒い昆虫たちが乱れ飛ぶ。
が、バイクの速度には遠く及ばない。
だが大量の虫はバイクに当たり、ペタペタと貼り付いた。
やがて1台のバイクがヨロヨロと倒れた。
輪を描いて誠たちの周りを回っていたバイクだ。
1台が倒れると後続のバイクも次々に連座して崖下に落ちて火を吹いた。
「やった!」
川上が喜ぶが。
「今までの例を見ると、たいていこれで終わりじゃないよ……」
誠は溜息のように呟いた。
ゴウゴウと燃え上がるバイクの中から、すっくと運転者が立ち上がった。
頭はフルフェイスのヘルメット。
全身は漆黒のライダースーツのため、元々そうなのか、焦げているのかは区別できない。
運転者は中肉中背で男とも女とも判別できなかったが…。
不意に背中からポキンと折れ、上半身が背後に落ちた。
形としてはブリッジに近いが、腰骨が折れたように、カードを二つに折ったように急な角度で足の後ろで黒いクローブの手を突いていた。
と、足の間からフルフェイスごと頭が突き出てきた。
え、と誠は声を上げた。
今までフルフェイスヘルメットだと思っていた頭部が、大きな複眼の目を持った昆虫の頭部になっていた。
四本の手足は、真っ黒な獣の四肢に変わる。
前足には人間のような手に、鋭い爪が地面に食い込んでいた。
そして……。
その腹、いや今は背中に、ハエのような透明な羽根が生えると、高速で羽ばたき始めた。
人間大の蝿の羽ばたきが放つ爆音ともいえる羽音と共に、黒い怪物は舞い上がった。
「ちっ、あんなの叩き落としてやりますよ!」
猫が叫び、爪を一閃させるが、蝿はギリギリで交わすと、何か光りを瞬間、煌めかせた。
ちょうど一瞬、カメラのフラッシュをたいたような光だった。
だが、バンッと猫の右手が爆発した。
倒れる猫。
「なんだ?
どうした猫?」
大が猫を抱き起こす。
誠の目は、水分くまり神により格段に能力を増していた。
「どうやら電気のようです。
一瞬の放電で、回避不可能な傷を負います。
問題は、単純な火傷ではなく、全身の神経や内臓に大きな損傷を負う事です」
肩に火傷を負っていたが、電気は全身を走り抜けている。
猫はショックのため気絶しており、内臓を始め全身の被害をチェックする必要があった。
そして。
バイクの残骸からは二体目、三体目の巨大蝿が姿を現していた。




