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44迷路

誠は、仲間たちを影の手で掴むと、影の中に飛び強み蛇穴に飛び込んだ。


だが、誠が動けば、蒸気の壁は消滅する。


人造イケメンは、


「へっ!

逃げられると思ってんのかよ!」


超高速で追ってきた。


だが、影の中を滑る速度は誠のほうが早い。


物理的な制約を受けないからだ。


どんなに高速で動けようが、肉体があり、足で走る以上は、この世の大気そのものが、イケメンの移動の制約になる。


蛇穴に飛び込んだ誠は、滝田と大川の体育会系の幽霊二人に穴を蒸気の壁で塞いてもらった。


イケメンは高速で壁にぶつかり、顔がポキリと折れた。


どうやら肉体の強度はあまり高くないようだ。


だが、あの人造イケメンの頭に脳があるのか、は胸の内部のゼリーのような果肉感からも分からない。


何か、生物とは全く違う構造の物体が、この桃源郷という魔術的な空間の中で、あたかも生き物のように振舞っている、ように誠には感じられた。


「匂いのする方を教えて!」


誠も必死だった。


あの人造イケメンは、正面から戦って勝つのは難しい。

反応速度が人間を凌駕しているからだ。


さっきは壁にぶつかって首がもげたが、それはおそらくイケメン自体の速度が湿度の壁を硬くしたせいだろう。


ただの水も、高速でぶつかれば岩石の壁と変わらなくなる。


ただし、これは人造イケメンを倒すヒントかもしれなかった。


川上は獣化して匂いを探る。


「上なんだけど、下手に上に出ると、またあそこに当たるよな……」


大地母神のいる、シナプスの森……。


そこには無数の彼女の子供たちが今にも生まれようとしていた。


誠にも全体は把握できなかったが、とてつもない規模なのは感じ取れた。


一ダース二ダースの話ではないかもしれない。


千単位、万単位の植物人間が、今にも生まれようとしてる可能性が強かった。


そうなっては内調の影繰りを総動員しても多勢に無勢だ。


「とにかく仲間を探すしかないよ。

あの植物人間は蒸気の壁で防ぐとして、穴を進むよ!」


誠は川上のいう方角に幽霊を先見させながら高速で進んだ。


道は三叉に分かれていたが、どれも同じ出口に向かっていた。


あの奇妙な果実のなる大空洞だ。


その先に進む道が何処かにあるはずだった。

あの空洞に男などいないのだから。


ただ、空洞は巨大過ぎて幽霊の数も足らなかった。


蛇穴は幾つもの見つかるが、どれが仲間に続く道なのかを見つけられるのは川上だけなのだ。


誠は近い道を辿って大地母神の空洞に戻った。


外には出ずに、


「どこから匂いがする?」


川上は、はるか木々の奥を指差した。


出られればいいのだが、大地母神は何ダースもの植物人間を産み出し、空洞を徘徊させていた。


「分かったぜ、誠っち。

ちっさなネズミを作って、探すことにするぜ」


川上は八匹の小指程の影のネズミを作り、空洞に放った。


影のネズミたちは敏捷に走り、シナプスの森の奥に走った。


「見つかったぜ。

ずっと右に走ると空洞の壁に出る。

そこから奥、つまり左に行ったすぐの、上3メートルぐらいの場所に蛇穴があったぜ!」


そこまで、影の中を滑れば一瞬で到達できる。


誠たちが大空洞に飛び出た瞬間、なんとシナプスのように空洞全体に広がった木が、実を光らせた。


それはまるでピンクの子宮が太陽光を浴びたような、赤く熟した桃のような淡い紅色の光だった。


大空洞の全体に根と枝を伸ばす全ての実の発光は、大空洞の影を一瞬で消し去った。


誠たちは影を失い、転倒して地面に転がった。


周りには、植物人間が誠たちをみていた。


「ユリコさん、木の枝を破壊してください!」


誠は叫んだ。


影を具現化する力は使えないはずだ。


だが、ユリコは泥人間と戦っていた。


「おっしゃ!」


とユリコはチタンの棒を伸ばすと、手近な枝に打ち付けた。


枝は砕けるが、そもそもこのシナプスのような巨大な木は、全て一つに繋がっている。


折れただけで、空間にはとどまったままだ。


誠は、


「蛹弾!」


蛹を撃ち込むと、木が爆発した。


影の造形を利用しない力は使用可能なようだ。


福は、影の銛は作れなかったが、


「除草剤!」


口から噴射すると、植物人間たちは接近をためらった。


だが影の手が出せないとなると、仲間を蛇穴に運べない。


場所自体は幽霊が見ていたので、分かっているが……。


(誠君、蒸気は影の力じゃ無いんじゃないかな)


田辺が教えてくれた。


誠は蒸気の壁で仲間を覆うと、飛行に移った。


大地母神の指示かシナプスの思考なのか、植物人間たちが高速で誠たちを追ったが、福が除草剤を噴霧すると、彼らは勢いを失った。


誠たちは、蒸気の壁ごと蛇穴に飛び込んだ。


植物人間たちは高速移動が生み出す常軌を超えたジャンプ力で穴まで入ってくるが。


「任せろ!」


いつの間にか意識を取り戻したカブトが、全力の火炎放射を放つと、植物人間たちは黒く焦げて灰になった。


「川上君、匂いを!」


誠っち、上の穴だぜ!」


蒸気より高速に移動できる影に切り替えて、誠たちは進んだ。


川上の鼻を頼りに、誠たちは幾つもの分かれ道を曲がり、やがて蛇穴から飛び出した。


そこは一転して静寂の支配する鍾乳洞だった。


あちらこちらから、時折、水滴の落ちる微かな、鈴を鳴らすような音が一瞬だけ、聞こえる。

それが余計に静寂感を強めていた。


「ここに仲間が?」


誠は聞くが、川上は匂いを頼りに歩き出した。


とはいえ、観光地の鍾乳洞ではない。


足場も手摺もないし、所々には水が流れていた。


ただし誠たちの着た戦闘服のブーツは、トレッキングシューズ以上に水にも滑りにも強い。


踵のスライドを引けばステンレスのアイゼンも出てくる。


暗黒の中なので、純白の鍾乳洞の美しさは何割か減じているが、しかし、敵が潜む場所はあまり無さそうだった。


天井からは無数の白い柱が垂れ下がり、地面には水が形作ったのか波型の襞が幾重にも重なり、繊細で優美な純白の宮殿を形作っていた。


だが、永遠の時が、石灰石を少しづつ溶かし形作った宮殿は、極論すれば大きな石灰岩の一枚岩なのであり、そこに敵が潜む余地はありそうにない。


川上を先頭に、誠たちは匂いを辿って白い洞窟を水に濡れながら進んでいった。


「でも、どうするです?

あそこが敵の本拠地ですよね?」


猫が悔しそうに聞く。


「火は効いたじゃんか!

俺が燃やしてやるぜ!」


カブトは意識を取り戻すと同時に元気も取り戻していた。

レディさんがうまくカブトの心をポジティブにしてくれたらしい。


「そうだ、みんなでやれば奴らを倒すことだってできるはずだ!」


大も賛成するが、しかし敵の脆い部分や火炎耐性が無いことが分かったとはいえ、数が桁違いなのは全員が分かっていた。


「あの実が全て育てば、途方もない数になります。

その前に決着をつけなければなりませんが、仲間を集めることで戦いは有利になるはずです。

信介くんや芋之助さん、教官や小百合さん、ハマユさん、井口さんも合流してから、しっかり作戦を練ってあそこには向かうべきです」


誠は話した。


「確かに芋之助くんは必要そうね」


美鳥は頷いた。


「信介くんさえ見つかれば、短時間で仲間の居場所はわかるはずです」


信介が命を失うとは考えられない。

信介本体がアバターだからだ。


「兄さんも連れてくれば良かったのにな」


確かにカブトの兄、レディさんの分銅もこの状況なら大きな力になる。

戦闘服を着てくれるかは疑問だが。


ぽたり、と川上の頭に水滴が落ちる。


だが川上は全く反応しなかった。


獣化しているので毛の防御力が高まり、水滴など感じないのだろうか?


(誠……)


裕次が囁く。


(他の奴も、顔や手に落ちているのに、全く無反応だぜ)


例えば気温や体温に近い水滴が落ちたため気づかないのだろうか?


だが、数メートルの鍾乳石のつららの垂れ下がる天井は、かなり高い。

十メートル近いか、それ以上もあるかもしれない。


それなりの衝撃はあるはずだった。


(誠くん、水滴の落ち方が変じゃないか?)


田辺が周りを飛び回って話した。


(君たちの歩くところだけ、やけに集中的に落ちている!)


確かに見回すと、鍾乳石の並ぶ辺りには、ほとんど水は落ちていない。

だが誠たちの上には、ポタリポタリと、数秒ごとに水が落ちていた。


断定は出来ないが、敵が何処かにいて、攻撃をしているのだろうか?


だが、数滴の水に何が出来るというのか?


「なあ、川上!

誰だか分からないのか?」


カブトは聞いた。


「ここの臭いが強くて、いまいち分からねーんだよ」


「ん、なんか臭いなんてするの?」


誠が聞くと、


「石灰の臭いっていうんすか?

体育倉庫のライン引きの臭いっつーか」


誠には分からないが体育倉庫臭いと言われれば、なんとなくイメージは分かる。


石灰は、建築好きの誠にとっては漆喰でもあり、日本家屋の白と言えば漆喰であり石灰だった。


臭いというほどのものは、ほとんど感じないが、体育倉庫のライン引きの白い粉なら、近くで臭いを嗅げば微かな臭いがある。

また、石灰は漢方薬にも使われるので、口に入れると、とても違和感のある独特の異臭のある物質でもあった。


この鍾乳洞に、その石灰の臭いが充満している、というのは石灰岩が水に溶けて作られるのが鍾乳石なので変ではないが、普通の鍾乳洞とは違うのかもしれない。


誠に差異を見極める嗅覚は無いため、何らかの攻撃がなされているのか、それとも自然な事なのかは判断できなかった。


だが皆が水滴に気が付かないのは明らかに不自然だ。

普通なら霧雨でも顔に当たれば分かるはずだ。


水滴がおかしいのか、それとも皮膚の感触が狂っているのか?

いや、狂わされているのか、何者かに?


誠は自分の頬を撫でた。


手の感触は普通にあった。


(誠っちゃん。

凄く小さな事でもこういう場所じゃ見過ごしちゃ危ないわよ)


偽警官が囁いた。


それはそうだ。

だが、川上が匂いを見つけられないと、誠の計画は頓挫するし、敵により多くの時間を与えることにもなる。


皆の意見は一致していた。


全ての果実がみのらないうちにあのシナプスの森は破壊しなければならない。


ただし、影が通用しない桃紅の光がある以上、戦いは過酷なものであり、集められるだけの戦力は集めたほうが勝率は高まる。


一番悪いのは、敵の目論見通りにバラバラに戦い、各個撃破されてしまうことだ。


最大戦力で敵とぶつかる必要があった。


こんな迷宮でなければ、それは誠には容易かったが、この迷路では飛行も数十の幽霊も実力を発揮できない。


しかもこの鍾乳洞。

こんな場所で仲間を失う訳にはいかない。


もし敵がいて何かの目論見があるのなら、一刻も早く察知しなければならなかった。


天井からの水……。


誠は真上を見上げた。


ちょうど沢山の鍾乳石の間から、一粒の水滴が落ちて来るところだった。


水は加速でか、空気抵抗でかよじれるように形を微妙に変えながら、川上の頭に向かう。


誠は、精密な手当ての必要から、一粒の水滴を大きく見る能力があった。


水は、川上の頭に近づくにつれ、横に広がり、同時に無数の触手のような細い筋を無数に伸ばし、その筋が毛髪を捉えると、一瞬で幅の広いパラシュートのような形状に変形し、ふわり、と川上の頭に軟着陸した。

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