表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/43

39土の男

「大さん!」


誠は大に駆け寄る。


戦闘服には多少の防弾能力はあるのだが、それ以前に皆、影繰りなので、本格的な機能では無かった。


大口径の対物ライフルなどの弾丸を貫通しないようにする、いわば鎖帷子のようなものなのだ。


誠は素早く透視をして、針ほどの穴が心臓を貫いているのを発見した。


止血と共に、泥が体内に入ったとなると感染症など危険が高い。

衛生消毒処置が急務だ。


幸い、傷が針の穴ほどだったため、まだ死には至っていない。

誠は影の白血球を大量投入し、滅菌に努めながら穴を塞ぎ、内出血を静脈に戻した。


幽霊たちが岩を盾のように持ち、治療する誠を守る。


ちゃんと厚い岩の中央で受け止めれば、泥は防げた。


体に残った泥は、影に包んで体外に放出する。


「みんな、伏せて石影に隠れるのよ!」


美鳥が叫んでいた。


幽霊は影繰りの誠を軽く凌駕する運動能力と動体視力があるが、他の皆は針のような泥の弾丸を防ぐのは難しい。


しかも泥にどんな細菌がいるか分からないので、指先に掠るだけでもかなり危険だった。

そして、あらゆる影能力は泥の男には通用しない。


大は、一瞬ではあるが心停止していたため脳への酸素の供給が止まっており、そのせいか、なかなか意識が戻らない。


もう一瞬、早く駆けつけられたのではないか、と誠は臍を噛むが、悔やんでも現実は変わらない。


(心配ありません。

敢えて守護霊様が脳への血流を止めたのです)


桔梗が教えた。


「え、守護れ……」


誠はオカルトが大嫌いだった。

別に理数系の頭だから、とかではない。


本当はオネショを心配するほど怖いから、近づきたく無かったのだ。


うろたえる誠に、桔梗は笑って、


(お見せすることも出来ますが、まだその時ではないでしょう。

でも、私を始め、あなたは沢山の幽霊の友達がいるではないですか?

何を恐れるのです?)


仲間の幽霊たちは、至って陽気だから怖くないが、偶然、誠は幼い頃に何本かのジャパニーズホラーを観ており、それらは今でも名作と言われる作品ばかりだった。


しっかり誠にトラウマを植え付けていたのだ。


(細菌だらけの血液は、まず脳を襲うのです。

だから大さんの守護霊は血流を止めました。

仮死状態にしたのです。

血液が完全に浄化されれば、大さんは目を覚まします)


仮死状態なのか……。


初めて見るが、それなら治療に専念すればいい。


「隠れたって無駄って分からないかな?

俺が近づくだけのことだぜ」


泥男が勝ち誇った。


泥が針のように小さいため、影繰りでも目で追って避けるのは難しい。


影能力が使えないなら接近戦をするしかないが、泥の細菌汚染の方が危険だった。


「煩せぇー!

動けなけりゃいいんだろ!」


カブトが火球を泥男の周りに撃ち込む。


直接の攻撃ではないため、岩が爆発し、泥男も倒れた。


だが、


「よしっ!」


とカブトが喜んだのと同時に、まるでハイスピードカメラでタケノコを映したかのように、泥男は立ち上がった。


「影繰りってのは頭が弱いのかねぇ?

そういうんじゃ俺は倒せない、って分かれよな」


泥男の言葉も終わらぬうちに猫が、


「そうでしょうかね?」


言って、爪から出る切断光線で、泥男の頭上の岩を数トンレベルで切り取り、落とした。


(誠!

後ろの亀裂から上に行けるぜ!)


国河が教えてくれた。


「え、でも大さんが……」


(いずれ目は覚まします。

治療が終わったなら先に進むべきです)


桔梗に諭され、誠は細菌の消滅を確認すると。


「みんな、上に逃げるよ!」


と声をかけた。


「でも誠っち、逃げてばかりじゃ、追ってくる敵が増えるばかりだぜ。

前のネズミとかも、倒してないし」


「仲間と合流すれば倒せる可能性も増えるよ。

今は先に進もう。

大さんの事もあるし」


誠は言葉を切り、


「それに多分、大地母神を倒せばこの洞窟自体、存在出来ないはずだ」


「妥当な判断ね」


美鳥も言ったことから、誠たちは再び影の中に潜り込み、岩の裂け目から上に登った。


「あいつ、死んだかな?」


カブトの問いに誠は、


「多分、死んでないよ。

どこかで、また捕まる」


「どーするですか!」


猫は叫ぶが、美鳥が、


「戦いは相性なのよ。

今は仲間との再会を急ぎましょう」


誠たちは曲がりくねった通路の途中に、ぽんと出た。


「ケケケ、待ってたぜ!」


泥男かと思ったが、歩いてきたのは、ユリコだった。


ただ、顔が泥で汚れている。


「どうやら細菌に脳をやられています」


誠が教えた。

遠目にも、体に細菌が増殖しているのが解った。

大の守護霊ほど、ユリコの守護霊はうまく出来なかったらしい。


「ユリコさん。

今なら治療は出来ます」


誠は前に出ようとするが、


「坊やじゃねーんだよ!

カブト!

あたしと戦え!」


誠は拗ねて、


「そんなに坊やじゃありませんよ、これでも……」


と文句を言うが、


「オバサンには判らないんです!

Uはそこがいいんです!」


猫が誠の腕に抱きついた。


「おー、芸能人はモテモテだね。

まー、あんな馬鹿力女に殴られる誠は見てられないから、ここは俺が戦うぜ!」


ケケケとカブトが笑って、前に出た。


颯太たちは爆笑していて、


(こいつが何連続で致しているのか、教えられたら面白いのにな!)


言われて、誠は赤面した。


(あれは大家さんたちが変な映像を見つけてくるから……)


「誠っち、自分で反論しておいて、自分で赤くなるなよ」


幽霊の見えない川上には、やはり誠が幼く感じられたようだ。


一方、カブトとユリコは、互いに近づいていく。


「面白いじゃないか。

俺に勝てるつもりなのか?」


カブトは口から火の玉を吐き出し、無数の火球がカブトの周りを回り出す。


一方のユリコは、腰の後ろからチタン製の棒を取り出す。


警棒程度の長さだったが、ユリコが振ると、カチリと、ユリコの身長ほどの長さに伸びた。


「へへっ、そんなんで守りを固めているつもりかよ」


ユリコがチタンの棒を振り回しながら、嘲笑った。


カブトは、薄く笑う。


「まあ、かかってきなよ」


「言われなくても!」


叫ぶとユリコはチタンの棒をカブトの頭めがけて振り落とした。


が、火球が、棒を受け止める。


棒が止まった瞬間に、カブトはスルリとユリコの懐に入り込むと、パンと音が聞こえるほどのローキックを突き刺した。


だがユリコは、


「俺はそういうのじゃやられないんだよ」


と笑った。


カブトはケケと笑い、


「だろうな。

じゃないとつまらん」


言いながら、再び距離を取る。


「逃げんじゃねーよ!」


言ってユリコは、火球で空中に固定されたはずのチタン製の棒を、片足で地面を蹴ると、むんっ! 、と唸りながら火球ごと動かした。


そのまま、カブトの側頭に向けて、野球のようにスイングする。


無論、幾つもの火球が棒を止めるのだが、歯を剥き出してユリコは、腕力で棒を振り抜く!


バン!


と、火球が爆発するが、炎が消えると、カブトは火球に乗って、空中に浮かんでいた。


「ゴリラかよ?」


と、笑うが、そのまま、指揮者がタクトを振るように、指を軽やかに動かした。


いつか火球はユリコ周りを回っていた。


(誠さん、今のうちに!)


真子が言った。


ああ、と誠は気が付き、地下から影の手を伸ばすと、ユリコの体内の細菌を駆除していく。


影の白血球も大量に作り、体内浄化を始めた。

ただし、菌は脳に達しているので、すぐにユリコが治るわけではなかった。


一方、火球は棒の射程の内側、ユリコの胴体と、腕の上を二重に鞭のように巻き付いていた。


「ちっ、こんな事もできるのかよ。

なかなかやるな」


忌々しげに火球を睨むユリコだが、一旦、棒から片手を離すと、ボタンを押して、棒を元の警棒サイズにスルリと戻し、火球の内側に滑り込ませた。


「だけど、こんなことでユリコさんを負かそうなんて十年早いぞ、一年生!」


ユリコは警棒大の棒で火球をギシギシと押していく。


誠はユリコに気づかれないように、糸のように細い影の手で、足の裏から体を治していく。

なんとか腰の辺りまでは細菌を倒したが、内臓が厄介そうだった。


「ほうほう、大した力だな」


と言いながらカブトは、パチンと指を鳴らした。


火球が繋がって、ユリコを捕縛する火のロープに変貌した。

同時に、ユリコの体に、燃えるロープがグイと締まった。


「くそっ!

この野郎……」


ユリコは呻くが、しかし体中の力を振り絞り、真っ白な歯を剥き出しにして、炎のロープに対抗する。


カブトは薄笑いを浮かべながら、炎のロープを3重に強化した。


流石にユリコも圧に屈する、が、そのユリコの顔に何か文字のようなものが浮き出はじめる。


「なんだ、あれ?」


川上は首を傾げるが、美鳥は、


「筆文字のようね。

縦に一本に繋がった書道の崩し字を見たことはあるでしょう?」


確かに、一筆書きの漢字の羅列のようだ。


「あ、般若って書いてある」


部分的には、誠でも読める所はある。


「あの字は蜜かな。

何が書いてあるのかな」


首を傾げる誠に、美鳥が、


「真ん中辺に色不異空、空不異色って書いてあるわ。

色即是空、おそらく有名な経文、般若心経のようね」


まるで耳なし芳一のような姿だが、文字が金色に光っているので、ユリコの美少女ぶりが怪しく引き立つようだ。


「ぬおっ!」


三重のロープが、軋み始めた。


「ユリコさんが、パワーアップしている!」


誠は驚愕した。

大地母神の力なのかは不明だが、今、確実にユリコの力は限界を突破し始めた。


ギリギリと炎のロープを全力で押し返し、

やがて……。


プツリと炎のロープが破裂するように千切れた。


「バケモンかよ!」


カブトも目を見張ったが、経文が全身に浮かび上がったユリコは、そのまま五メートルを跳び、カブトにチタンの棒で打ちかかった。


カブトは光球からスルリと落ちると、新たに光球を大量に浮かばせた。


誠の影の手は切れた。


が、真子が、


(あたしが行きます)


と体内に残った影の手を操った。


颯太の次に古い幽霊である真子は、吉岡医師の医療講義もよく聞いていて、確かに誠の治療を引き継ぐ事なら出来そうだ。


「だけど、ありゃユリコさんの力なのか、敵の力か、どっちなんだ?」


川上は唸るが、誠にも分からない。


「ただ、経文が浮き出てから、体内の免疫は何倍にもなって、細菌を倒し始めてたよ」


誠には、それしか言えない。

だから味方の力、ならいいのだが、この桃源郷では自然法則も通じないところがある。

断言は出来なかった。


「クソ野郎っ!」


ユリコは叫び、カブトの頭にチタンの棒を振り下ろした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ