34じゅく瘡
川上は顔の痛みに呻いているが、治療方法は無い。
続いて大も回収するが、同じように顔には大きなじゅく瘡が出来ていた。
誠はキノコを避けて洞窟の上に飛んでいく。
洞窟の天井には、イモムシのような虫や、羽虫やハエのような虫が無数に蠢いていた。
そう言えばキノコは食虫植物だ。
餌がなければあれだけのキノコは維持できまい。
「ギャハハ!
馬鹿だなぁ!
天井なら、僕の攻撃から逃れられると思ったのか!」
ブラックスーツの少年の声と共に、天井の岩を突き破り、小さなキノコがボコボコと頭を出した。
虫たちが、慌ててボロボロ落ちてくる。
誠は丹田に入っているので多少の毒虫などは気にならないが、川上や大は顔に大きな傷が広がっている。
影の手で二人を庇いながら、誠はもやしキノコを掻い潜り、飛び回る。
少年に蛹弾を撃つが、全てもやしが受け止める。
もっと積極的に攻撃に出れば、敵も何か脆さを見せるかもしれないが、川上と大を抱えながらでは避けるのに精一杯だ。
清水があれば傷を洗い、戦闘服に装備された軟膏や傷を覆う密着パットを使えば、多少のその場しのぎにはなるのだが、逃げながらではそれすら出来ない。
大小のキノコを避けながら、誠はふと、夢想した。
例えば顔の皮膚の細胞は皮膚を生み出す。
IPS細胞でないのなら、細胞の性質はDNAで決まっている。
そして川上の細胞なのであれば、例えば川上の体内に埋め込んで培養すれば拒絶反応は出ないのでないか?
誠は、針の先ほどの皮膚細胞を川上の腹の中に移した。
が、例えば皮膚ができたとしても、まずは水で洗い、キノコの粘液を剥ぎ取らなければなんにもならない。
誠は幽霊の数名、颯太と裕次、滝田と大川に水を探してもらった。
「いつまで逃げ回れば気が済むのかな?
詰んでる、って気付けない頭の悪い奴は嫌いだな」
ブラックスーツの少年は呆れたように言った。
と、川上が。
「誠っち、洞窟の奥から水の匂いがするぜ……」
弱々しく呟いた。
さっそく四人に探ってもらうと、
(あったぜ!
小さな滝だ!)
報告があり、誠はキノコの森を後ろに下がり、水に向かった。
地下水脈のようで、岩から水が噴き出し、闇の中に落ちていく。
誠は急いで川上と大の傷を洗い、消毒して密着シートで傷を覆った。
後は川上と大の体内の細胞が思うように育ったら、顔を元通りに出来る。
透過で融合させるので文字通り元通りだ。
「だいぶ良くなったぜ……」
まだ痛いだろうが、川上は気丈に言った。
「しかし奴は厄介だな」
大も唸る。
「二人は今まで通り僕が運び、キノコの攻撃を避けます。
大さんは石を投げて下さい。
川上君は角笛でキノコを攻撃して。
あの逆さ吊りの少年に接近して、彼を直接攻撃します」
二人に異存は無かった。
誠は高速でキノコを回避して少年に接近した。
そして蛹弾を撃ち込む。
すると少年は不意にブラックスーツをバサリと広げた。
「なんだ、ありゃ!」
大が唸ったが、それはただのフォーマルなスーツではなく、そう見えたコウモリの羽だった。
少年は光が丘少年倶楽部のように小柄だったが、広げた羽根は2メートルに近い。
舞い上がったコウモリ少年は、蛹弾を交わし、逆に誠に襲いかかった。
透過で交わせるが、しかしそのぐらいは桃源郷内の敵なら知らないはずはなかった。
触れるのは危険と考えて、誠は急降下した。
上を取る形になったコウモリ少年は、足を広げた。
黒い革靴に見えた足は、つややかな爪の光る猛禽のような足だった。
誠が蛹弾を撃つ前に、大が礫を投げた。
メジャー並みの速度で放たれた小石は、少年の顔面に突き刺さった。
が、顔がグニャリと歪むと、まるでスライムのようになり、大の剛球は突き抜けた。
そこに川上の角笛が鳴らされ、動きを止めた少年は誠の蛹弾を受け、爆発した。
死んだのかは分からなかったが、川上も大も万全ではない。
誠たちは少年のいた奥の闇へ飛んでいった。
安全そうな岩場を見つけ、誠は着地した。
川上と大の腹に入れた皮膚細胞は少しづつ増えてはいたが傷を覆うほどではなかった。
外気を通さないので密着パットは痛みも軽減するが、顔なので、話すたびに皮膚が動き、痛むようだ。
誠は、2人の顔の神経の一部を切断した。
痛みは弱くなるはずだ。
ただし顔の神経は人間にとって重要な表情筋を支えるものなので、いつまでも切ったままではいられない。
「やれやれ、ちょっと見なくなった間に、ボロボロになってるわね」
「美鳥さん!」
誠に内調のいろはを教えた美鳥が、奥の岩の上で呆れていた。
「助かります!」
と喜ぶ誠だが、美鳥の周囲に黒い蝶が飛び始めていた。
「美鳥さん……?」
「悪いけど、あたしは下手こいて、今、敵に操られているのよ。
悪いけど、本気にやらないと、3人とも死ぬわよ」
誠はギクリと肩を震わせた。
美鳥は、強いのだ。
あの蝶が顔に貼り付けば誰でも窒息死だし、数が多い。
万の蝶も軽々と操れる。
更に、蝶は必要に応じて、強い顎を最もカミキリや、早いトンボ、巨大なヨナクニサンなど多彩な虫に変化さえする。
美鳥自体が集団行動が苦手なのであまり強い影を倒した話もないが、いざ敵になったら多彩な技の引き出しも持った戦士だった。
誠は蛹弾を打ち込むが、黒い蝶が難なく弾いてしまう。
顔に貼り付いて窒息させるだけではなく、体の動きを拘束したり、また攻撃を受け止めたりと、蝶は万能の攻防を見せる。
誠は、川上と大を影の手で包んだまま、浮き上がった。
「誠っち、俺たちは別に動いたほうが良くないか?」
「いや、美鳥さんは途方もなく強いよ」
言いながら、
「美鳥さん、敵にコントロールされてるんですか?」
「不意打ちでやられちゃったのよ」
美鳥は答えながら、自らの体に蝶を貼り付け始めた。
体に蝶をまとうことで、美鳥はパワーやスピードがアップし、また防御力も格段に上がる。
と、美鳥の背中が甲虫のように開くことで、虫の羽根が現れた。
バババ、とすごい羽音と共に、美鳥は空に舞い上がった。
空中には蝶が舞い踊り、しかも甲虫の鎧をつけた美鳥まで誠を追う。
広い空なら、幾らでも避けられるが、洞窟の中だ。
空間は満員電車のような混雑ぶりだった。
「あの人、いつの間に飛べるようになったんだ?」
川上は驚くが、誠は。
「美鳥さんは常に強くなろうとしているんだ」
尊敬できる先輩だし……。
憧れる人でもあった……。
この人は嘘はつかない。
自分が大人に騙され、復讐のためその男を殺したことさえ、顔色も変えずに語った。
事実を、感情で曲げることなく事実として誰にでも語れる人なのだ。
だからこそ自分に厳しい。
強くあらねば、と常に考えている。
美鳥さんに比べたら、僕は弱い……。
精神の気高さが雲泥の差だ。
だから誠は、美鳥に憧れるのだ、と思った。
美鳥は真っ直ぐ誠に突っ込んでくる。
誠が透過能力を持っているのは知っているはずなので、なにか意図がありそうだ。
透過は大抵の攻撃を回避できるが、吸入するタイプの毒など、避けられない攻撃も存在するし、美鳥なら誠の弱点も知っていておかしくはない。
誠は急降下して美鳥の直進を交わした。
(しかし飛べるとしても、この狭い洞窟で空中戦をすることに何の意味があるのかなぁ?)
田辺は疑問を呈した。
誠は、
「僕の飛行って、実はあんまり上手くないんですよ。
元々運動音痴ですし、小回りはおそらく美鳥さんのほうが効くと思います」
影繰りになる以前の誠は、確かに喧嘩も弱かったし運動も苦手だった。
とは言え、今、これだけの幽霊のサポートを受けている誠は、以前の生身の少年ではない。
(この子は自己肯定力が低いんだよな……)
田辺には、その辺が誠の欠点に思われる。
本当に怒ったときなど、一瞬見せる凄みが、いつもは気弱な精神に隠されている感じなのだ。
(まー俺たちが手伝うんだから、空中戦も負けねーよ)
颯太や裕次、横山や滝田、大川、それに高田類たちの同級生男子グループが張り切って誠をサポートしだした。
ま、当人が心が弱い分、周りの男子が気にして支える、という構図は悪くはないのかもしれない。
美鳥は上から誠を抑えようとするが、誠は踊るようにそれを避け、すれ違いざまに蛹弾を撃ち込んだ。
「影の手!」
動きを颯太たちに任せた誠は、美鳥の頭に影の手を透過した。
美鳥を操っている本当の敵が、美鳥の何処かに潜んでいるはずなのだ。
「脳の中には見当たらないな。
真子ちゃん、中村さんアサミさん、体を調べてくれますか?」
女の子グループが体を探る。
と、さやかが、
(心臓に何かいます!)
心臓には動脈静脈四つの太い血管が走っているが、その血管に蔦のように細いものが巻き付いていた。
「心臓か!
これは撤去は難しいな!」
敵が動かないのなら、簡単に透過出来るが、動脈を、しかも心臓の動脈に貼り疲れているとなると、ちょっとの傷でも大きなダメージを負う可能性があった。
「誠っち、角笛をぶつけてみるよ!」
川上が言った。
確かに、一瞬でも動きが止まれば、透過できる可能性は高かった。
誠を追って上昇する美鳥に対して、誠はくるりと回転し、川上が心臓に角笛を当てた。
誠は一瞬で蔦のようなものを取り除いた。
瞬間、蔦を石化して、地面に投げつけた。
パリン、と敵は砕けた。
「さすがね」
美鳥は地面に降りた。
「いや、川上君の力ですよ。
川上君の角笛は、一瞬、相手の動きを止める力があるんです!」
美鳥は、初めて見るように頭に猫耳を立てた川上を見、
「成長したわね」
誠以外には人見知りな美鳥にしては、精一杯の賛辞を送った。
「それにしても、美鳥さんはどこで襲われたんですか?」
ほとんど寄生虫のような敵だが、手強い奴だ。
「この上よ。
ジャングルみたいになっているの」
「そこは避けたほうが無難ですね……」
幽霊に探してもらうと、別に斜め上に伸びる道が見つかった。
そこは穴のように細い道だったが、誠や美鳥は小柄なのでなんとか飛べた。
穴が傾斜はきついものの斜めの道のため、川上は蹄の足で難なく跳んでいく。
大はてこずったが、誠が一番後で大を押し、透過を使いながら穴を登った。
穴は入り組んでいたが基本的に一本道で、やがて地底の川の縁に出た。
「水場は危険よ。
増水したら逃げ場がないわ」
美鳥が言う。
「下にカッパとかいましたよね……」
誠も不安げに水流を眺めた。
「流れを遡るしか無いようね」
誠たちは最速で地下水流を遡上した。
洞窟は細くなったり、広くなったりしながら続いていたが、やがて……。
どん、と地鳴りが響いたかと思うと、爆発的な水流が流れ落ちてきた。




