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30無限階段

誠は、三つの寸胴を見た。


右の寸胴に、湯気が噴き出していた。

寸胴で煮られた少女ゆきの力だ。


誠は、大地に右の道を調べてもらい、自身は一メートルの段を登り始めた。


上半身は段の上に出るので、両手で体を持ち上げ、片足を段に乗せれば、登れないことはない。


ただし、それが階段の一段で、見上げるとはるか上まで続いている、というのが大変なだけだ。


「誠は飛んでもいいし、川上は足を鹿にしてジャンプすればいい。

ユリコもこんな段差、楽なもんだろ」


言いながらアクトレスは軽々と段を登っていく。


ユリや信介、福は一段づつ登るしか無いが、小百合は髪を使ってスラスラ登り、芋之助やハマユは腕で体を上げなくても足が届いた。


「ここで体力を使うより、僕が皆を運びましょうか?」


誠はいうが、


「もし、狙われたら一撃で全滅の可能性もある。

少し部隊が伸びるのは、その意味では、むしろ保険だ」


井口は、二匹のトンビに出を掴ませ、運んでもらい、一匹は上を探っていた。


信介は、最後尾だった。


能力を使えば、速く進むことは可能だが、これだけの戦力の部隊で、真ん前に出る必要もなかった。


少し先にユリがいて、その先は美鳥だ。


誠は、美鳥の先に浮いている。


ユリコは小百合と共に、真ん中辺りを進んでいて、先にはカブトと芋之助が競っていた。


と、カブトが消えた。


あれ、と小百合を見ると頷いた。


「おい、カブトが消えたぜ!」


「やはり何かがいたな」


アクトレスは予想はしていたらしい。


「信介、何か分かるか?」


信介は段を登ってから、パチンとタロットを出した。


「吊られた男の逆位置。

トリッキーな敵ですね」


まあ、それは分かるが……、とユリコは思うが。


「カブトなら平気と思うが、少しペースを落とすぞ」


アクトレスは言った。




「うーん、こんな映画、あったな」


カブトは昔の映画を思い出していた。


真四角の部屋に閉じ込められる話だ。


確かに、カブトのいるのは、七、八メートルの、正方形の部屋だった。


あの映画は、確か出口と入り口が一つづつあったのかな?

だが、この部屋は、サイコロのように何も無い。


カブトは軽快に手をついて横にジャンプして階段を上がっていたが、ある一段をジャンプすると、ここにいた、のだ。


とりあえず、口から小さな火球を吐いていく。


これはカブトの周囲を回る防御の火球だ。


それとは別に、壁や床に地雷を埋め込める。


敵が触れれば爆発するし、カブトの意図でも爆発する。

そして、実は地雷は、センサーとして一定範囲の振動、臭い、音なども感知できる。


周囲の壁と天井にも、地雷を埋め込んだ。


多分、カブト一人を部屋に入れた、って事は、一対一なら勝てる能力なんだろうけど……?


敵の姿が見えない。


多分は不意打ちに襲って仕留めるタイプなんだろう。

俺とわかって、部屋に入れたのかな?


この階段までで、皆の能力はある程度は出しているだろう。

ハマユは何もしてないし、猫もそうだが、カブトは木を爆破した。


それはおそらく、この部屋の主も見たはずだ。


あるいは、ただ仲間から離して幽閉するだけの、牢屋のような能力という事も考えられる。


食べ物も何もなければ、二、三日放置しておけば、自ずと生き物は弱っていく。


それが一番ヤバい状況だが、しかしこっちには誠がいる。

壁は奴には意味がない。


ま、みんな囚われるようなら誠がやるだろうが……。


そうじゃ無いときのために、俺も戦う準備はしないとな。


カブトは部屋の中央に進む。


敵が潜むなら壁沿いが一番臭かった。


意外と広い場所だ。

リングより広いのかも知れない。

だが、戦う敵がいない。


おかしいな?


本当に、ただの牢獄なのかな?


カブトは、いつまでも襲ってこない敵に痺れを切らして、壁に近づいた。


近づいて、気がつく。


こりゃ……。


周りは、深い茶色の石壁だとばかり思っていた。


だが。


壁にはびっしり、蛾が貼り付いていた。


「うわ……」


カブトの声に反応したのか、蛾が一斉に飛び立った。


こうして影繰りを閉じ込めたのだ。

無害ということはあり得ない。


火球は、完璧な防御だが、こういう小さな敵はすり抜けてしまう。


仕方がないか……。


出来るなら敵に手の内は見せたくなかったが。


「連鎖爆発!」


カブトの身を守っていた火球が、そして壁に埋め込まれた地雷が一斉に爆発した。


その火力は、兄の振り子にも劣らない威力がある。


常に百の力を出していないだけだ。


ごう、と炎は周囲に広がり、部屋を火炎で埋め尽くした。


火柱が洞窟の天井を焼くと、カブトは元の階段にいた。


仲間は、かなり先にいた。


「どうした。

手間取ったか?」


アクトレスの問いに。


「いや、蛾に囲まれちゃってさ」


カブトは全てを話した。


「術者はいなかったのか?」


アクトレスの問いに、


「蛾じゃなければね」


ふむ、とアクトレスは考え。


「また、同じような罠があるかも知れない。

気をつけろよ」


皆は再びハイペースに登り始めた。


誠は蛾が嫌いだった。

全ての虫が嫌いだが、中でもトップランキングに入るほど蛾は嫌だった。


その蛾で作られた部屋、の意味は不明だがこの洞窟の中でのことだ、蛾には毒があるとか、前の蝙蝠のような謎の攻撃を受けるのだろう。


可能なら、蛾の部屋などに入れられる前に敵の本体を見つけ出したい。


誠は幽霊に探してもらった。


と、


「わ、ユリが消えた!」


信介が言った。


やはり蛾の親玉は、どこかこの階段の見えるところで、誠たちを見ているらしい。


カブトは部屋ごと火炎で焼き払う事が出来たが、ユリの力は、強いが無数の蛾相手では分が悪い。


敵は多分、近くで誠たちを見ているはずだが、蛾と同じような擬態をしているのか、まだ、その存在は分からない。


「よし、二人でペアを作れ」


アクトレスは言った。


相性の悪い影繰りでも、ペアなら、何とか戦えるはずだ。


それでも元凶を絶たない限りは、誠たちはこの階段に閉じ込められてしまう。


美鳥は蝶を発生させ、井口は降りて、三羽のトンビに敵を探させるが、見つからない。


もし、蛾と同じ特性を持っているのなら、保護色の上に、微動だにしないで動かないため、発見はとても難しい。


幽霊も探し回るが、親玉は見つからない。





ユリは、蛾の部屋に閉じ込められた。


カブトは蛾を燃やして脱出したが、ユリは火炎は扱えない。


服はみんなと同じ戦闘服だから、手榴弾も3発持っているのだが、この狭い部屋で爆発させたら、ユリ自身が怪我をしていまう。

カブトは炎を操る影繰りなので火炎に耐性があったのだ。


この蛾の使い手と、羽虫を使うユリは、ある意味、同じタイプの影繰りだ。


だが、これだけの蛾を一度きに操るとは、凄い能力だ。

ユリも最近は三十ぐらいの虫を使う時もあるが、後で疲れ切ってしまう。


似た力に美鳥さんの蝶があり、これは場合により攻撃的な虫や毒虫にも変身させられる。


ユリの虫は、人間に使えば、一、二匹で体を動けなくさせ、そのままにしておけば心臓の動きまで奪うことが出来る。


パワーは誇るべきだが、操れる数が2人に比べて少ない。


僕が人工影繰りだからだろうか?


ユリは、生まれついての影繰りではない。


マットドクターという科学者の影繰りに、脳を弄られ、影繰りになったのだ。


その分、虫を制御出来るようになるのに時間がかかった。


初めは、すぐに暴走して万単位の虫を出してしまい、味方を幾人も殺した。


ユリは恐れられ、憎まれた。


あの頃は、常に死にたかった。


ストリートチルドレンの頃は、死は常に身近にあったが、死にたくはなかった。


だが、毎日食事ができ、体も洗えるようになっても、Aの施設では常に一人で、常に憎まれ、常に恐れられ、気を使われた。


日本では、みんな僕を愛してくれた。


だんだん、虫もコントロール出来るようになり、戦いの中でユリは成長した。


強くなったつもりでいたが……。


この蛾の能力者は、もっと強い。

沢山の蛾で牢獄を作れる。


この場を、どう切り抜ければいいだろう。


虫で蛾を何匹か殺すのは簡単だが、そうすれば蛾の反撃が始まるはずだ。


それを防衛する手段をユリは持たない。


どのくらいの虫がいれば、この部屋の蛾を全て倒せるだろうか。


それほど大きな生物ではないので、虫一匹でもかなりの数を倒すのは可能なはずだ。


反撃を受ける前に、全てを一斉に叩く!


それだけがユリの勝てる方法のような気がした。


ユリはポケットからチョコを取り出し、幼虫を三十生み出した。


これでは足りない。


もう片手でもチョコを持ってから、手のひらから三十の幼虫を生み出す。


成虫十匹は、既にユリの肩で戦いに備える。


七十の虫が育ったら、一斉に四面の壁と天井に十四匹づつ、均等に襲撃させる。


そうしているうちに、またチョコを出して、十の幼虫を育てた。


敵の反撃に備えるのだ。


と、ユリの周りの壁がボロボロと崩れ、ユリは階段に立っていた。


「あ、ユリが戻った!」


川上が報告した。


「虫を八十も使ったよ……」


ユリ史上最大数を扱った事になる。


しかし、敵の本体はようとして知れない。


美鳥も大量の蝶を放っているし、井口も探しており、誠の幽霊たちも洞窟内を探しているが、見つからない。


「川上、何でも構わない。

微音でも臭いでも、何か無いのか?」


アクトレスは聞くが。


「いや。

心音はずっと聞こえてたし、姿が見えない意味が俺には解らないッス」


「心音が聞こえていた、という事は、場所は動いていないということか?


だが、僕らには姿が見えなかった。


手品のちゃちなガラスのトリックなどなら、幾らでもあるのだろうが、誠たちは四方から姿を見ているのだ。

そんな単純なカラクリであるはずが無い。


ならば、シンプルに考えた場合、外から見ると、何もないように見える、というのが最も簡単な回答だ。


内側は蛾が折り重なった部屋だが、外からは、心音を聴く川上にはそれと分かるが、視力で見ようとすれば見えない、透明化する力があるらしい。


ただ誠にはどうにも引っかかることもある。

透明になれるのなら、敵を蛾の箱に閉じ込めるより、積極的な攻撃が出来るのではないか?


背後から忍び寄るなり、影繰りでも殺傷出来る大口径の銃器を用意するなりすれば、蛾の部屋より確かな気がする。


それとも、カブトやユリが短時間で蛾の部屋を攻略してしまったため、その真の恐ろしさが分からないのだろうか。


蛾のうちには鱗粉などに毒を持つ種類もあり、それらを浴びたら強い痒みを発したり、毒の量次第では命にかかわる事もあるだろう。


それに彼らは単なる影繰りではない。


相手を意のままにコントロールしたり、怪物に変化させたり、とんでもない魔術のような力を持っている。


仲間が敵の毒牙にかからないためには、敵本体の発見が欠かせないが、今のところは見つからない。


擬態しているとしても、心臓の音まで消せるのだろうか?


消せるとして、他の生物的な全ての音もしないのだとすると……。


誠は改めて洞窟を見回した。


暗闇の中、視界の果てまで階段が続いていた。


階段の両側は荒い岩壁で、そのままアーチ型に天井がある。


五メートルの巨人が通れる大きさなので、誠たちには全てがデカい。


井口や風魔たちによると、この洞窟は、重機を使うこともなく、短時間のうちに作り上げられた、と言う話だ。


それにしては階段は滑らかで、自然の造形とは考えられない。


もとよりラオスマフィアは不思議な術を使い、砂の塊を古代サメに見せたり、今も巨大イトウを砂で作ったりしている。


重機や削岩機で削ったのなら、当然、岩や砂、泥などが大量に出るはずだが、そんな気配はまるでない。


むしろ、誰かの能力により、砂でサメを作るように、岩塊の中に、思う空洞を作ったようだ。


だが、狙ってカブトやユリを部屋に閉じ込めているとしたら、何らかの感覚器官だけは、この長い階段に備わっていないはずはなかった。

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