25誘拐
ライトが物凄い目で睨んでいたので、Uは一悶着あるな、と感じたが。
「皆、急いで移動よ!」
八千代さんが既に手荷物をまとめ、楽屋に戻らずにUたちは移動になった。
「ライトの奴、凄い目で睨んでたね」
りうも気がついていたらしい。
「あの子、見かけによらず凶暴だから気をつけてね」
と、車に乗ってから八千代が言う。
過去には何度か暴力沙汰も起こしたらしい。
出演した映画やドラマがヒットしたから事務所も大事にしていたが、今の稼ぎ頭はkiil♡達だった。
それから数時間、アルバム曲の練習があり、誠は相変わらず恵比寿から空を飛んだ。
翌朝、誠は一旦恵比寿のマンションに入って迎えを待ったが、メールで、
(渋滞にはまったので電車で東京駅に来てくれ、という。
金沢に行くのは分かっていたので誠はUになってマンションを出るが、不意に背後から掴まれて車に拉致られた。
迂闊だったが、Uの体格になると、やはり肉体的な力も半減する。
Uを拉致したのは筋骨隆々とした大男で、他に運転手に痩せ型の男がおり、助手席にライトが乗っていた。
「子供は素直でいいなぁ!」
薬でもキメているのか、異様なテンションだ。
目の光りが、尋常ではなかった。
Uは今は、額ではなく、耳の後ろにデバイスを付けていた。
そのデバイスで八千代に拉致られたことをメールする。
キヒヒと、尋常ではない笑い声を上げて、ライトは。
「一度、したかったんだよ、自分の手で拷問ってやつを!」
誠もライトの特殊な趣味は知っていた。
それを何処かで行おうというらしい。
拷問だけで済ませば、後日確実にライトが刑務所行きだから、するなら墓場まで送らない訳にはいかない。
車は裏道を選んで走っているが、たまに東京タワーが見えた。
恵比寿から東に向かっているらしい。
スナップムービーのような事がしたいのだろう、と察したていので、おそらく海岸沿いの工場や倉庫の多い場所に行くのだろう。
逃げるのは簡単なのだが、何処に行くのかは興味がある。
やがてモノレールを潜り、いくつかの橋を渡り、レインボーブリッジに上がる独特の螺旋道路を横目に見た。
上を走っているのは、運転手のいない電車ユリカモメのようだ。
工場の裏門から倉庫のような真四角の大きな建物に車は横付けされた。
周りは三メートル近い塀に覆われ、中は見えない。
隣に巨大なシャッターのある建物の横にアルミ扉があり、中に入った。
Uは後ろ手に結束バンドのようなものを絞められ、巨大な男に肩を持たれている。
コンクリート平打ちの、広い場所だ。
高い天井にライトがあるところを見ると、撮影所らしい。
カン、と金属音と共にスポットライトが一本、光りを落とす。
簡素なパイプ椅子が一つあり、横に足に車輪を付けたテーブルがあった。
周りは最低限の光しか無いのでハッキリしないが、何人かスタッフもいるらしい。
Uは椅子の前に案内され、肩を押されたので座った。
ライトは、闇の中で、スタッフと何か話している。
大男は、Uの足を手錠でパイプ椅子と繋いで、背後に去った。
スタッフとライトの話し合いは長引いている。
Uは幽霊の目を通して、大男がアルミ扉を出て、外の警備についたのを確認した。
スタッフは四人、一人は運転手だ。
話し合いが長引いているのは、名の知られたUを拷問したら、流石に捕まりやすく、重罪にもとわれやすい、という話だった。
スナップビデオを撮るのは、おそらく初めてではないが、足がつく、という尻込みがスタッフにはあるらしい。
どうしても自分の手で拷問したいライトの、目の前に獲物がいるのに、なんなら既に性的に盛り上がっているのに、回りが思うように動かないイラつきはピークに達していた。
誠は、既に場所も分かったので、透過で結束バンドを取ると、蒸気でUを作った上で、誠は影をまとって、闇に紛れた。
デバイスでスタッフとライトの写真を撮り、会話をある程度録音すると、誠はUのまま上昇し、空を飛んだ。
外では門番と八千代が激しく言い争っていた。
その門番の奥から、Uはよろよろと走った。
門番は慌てるが、門の鍵はかんぬきを穴に通しただけのものだ。
幽霊がかんぬきを外すと、Uは普通に門を開けて八千代の車に乗った。
八千代は車を急発進させた。
「よく逃げられたわね」
八千代が言うが、Uは、
「結束バンドが緩かったんです、ほら」
と腕を斜めにして、組んで見せる。
「水平にすると、隙間が空くんですよ」
「ライトたちは気づいたかしら?」
誠は幽霊を残しているので。
「まだ、スタッフと喧嘩しています。
スタッフは有名な日本人の子供を殺すのはマズイ、って渋っているんです」
「じゃあ、さっさと金沢に行くわよ」
と高速に乗って。
「あの、U君。
あなたに起こったのは、明らかに犯罪なんだけど、もし、あなたが良かったら……」
「ええ、分かってます。
事務所のタレントが子供を拉致した上でスナップムービーを撮ろうとしていたなんて、週刊誌にでも知られたら事務所も潰れてしまう。
黙ってますよ。
でも、ライトさんは危な過ぎませんか?
いずれ、世間に知られますよ」
「あの子は自惚れが強いから、すぐ独立しようとするわ。
社長も、穏便に放出するつもりよ。
もともと、ツカサの代わりを期待したんだけど、実力も無いのに自惚れは強いから伸びないのよ」
「なら、いいです」
証拠もしっかり握っていたし、ライトを没落させるのは簡単そうだった。
新幹線は、予定の便に乗れた。
「あれ、Uって、カバン一つ持ってないの?」
「あるよ」
誘拐されたとき、拉致った男が車に入れたが、そのままになっていた。
それを偽警官が回収したのだ。
「金沢って初めてだから楽しみだな」
Uは言うが、
「遊ぶ暇なんて無いわよ。
ただ、夜は温泉に泊まらせてあげるけど、入れる時間に終わるか、分からないわ」
と八千代さん。
楽器は昨日に車で運んでいる。
りうが女子だと分かると、kiil♡と急速に仲良くなった。
Uも気軽に話したので新幹線は賑やかだった。
一方、フードの少年クキは、蓬莱山の洋館で白髪の長身の男、真木に訴えていた。
「このままじゃ、俺、小田切に負けちゃうよ!
勝てるようにしてよ!」
真木も白衣を着て、真剣に考えていた。
「君は最高傑作なのだ。
だが、あの少年の透過は、普通のものとは違うようだ。
この魔法陣で皮膚を守っているのに何も無いように透過するなど、元来はありえないのだが……。
幽霊でも無い限りはね」
その秘術は巫術と呼ばれるものだった。
中国に古来伝わっていた術だが戦国時代に道教、儒教などいわゆる諸子百家と呼ばれる、哲学とも用兵術ともつかない様々な思想が生まれる中、思想を持たない巫術は廃れた。
だが、その技術は中国を離れ、ラオスの山中で仙術とも結びつき桃源郷を核とする魔法技術に熟成した。
皮膚に入れ墨をする事でいかなる攻撃をも跳ね返す鉄壁の皮膚を手に入れるのも、そんな秘術の一つだ。
まさか肛門から侵入されるとは思わなかったが、そこを守ればいいのなら、やりようはあった。
だが……。
誠の透過は、まるで幽霊が壁を通り抜けるように魔法さえも突き抜けてしまう。
これを防ぐとすると……。
「方法は二つある」
真木は考えながら語った。
「一つは、体内に入られても問題なくすることだ」
「え、何それ?」
「つまり、本物のゾンビになる事だな」
「馬鹿だな!
嫌に決まってるだろ、そんなの!」
クキは一度は死んだ身だが、今はそれなりに楽しくやっていた。
ゲームをしたり、アニメを見たり。
読みたい漫画も無数にあり、今は財力もあった。
ゾンビでは、その全てを捨てることになる。
「もう一つは何!」
体内に、ムカデより強いものを飼うんだ」
「え、それって俺、それに食べられちゃうんじゃないの?」
「普段はお札のように眠っている。
クキが発動した時に限って、動き出す。
ムカデを倒すなら、蛇だろうな」
「それはなかなか良さそうだね」
「ただし、確実とは言えない。
体に入れられる蛇の量は決まってるし、敵の数が勝れば、逆にやられる」
「それじゃ駄目じゃん!」
「だが、すぐには死なない。
蛇がムカデを押さえている間に、クキが小田切誠を倒してしまえば、つまり君の勝ちになる」
絶対的な無敵ではないが、時間さえ稼げればクキのパワーは尋常ではないはずだ。
やられる前に殺れれば、すなわち勝ちだった。
ライトは荒れ狂っていた。
いざスタッフを説得し、待ちに待った拷問を始めようとしたら、それまでおとなしく椅子に座っていたはずのUが、消えていたのだ。
大男、岩波は結束バンドで後ろ手で手を固定した上、足も手錠で椅子に固定したのだ、と言ったが。
「馬鹿野郎!
あのガリガリに痩せた餓鬼は、まだ十代だから体が柔らかいんだ。
結束バンドは柔軟な関節で抜け出し、足は靴を脱いで、細い素足で抜け出したんだ!
お前は、ずっと目視してなきゃいけなかったんだ!」
怒鳴り、門番もかんぬきを閉め忘れた、と責めた。
どうスタジオから抜け出したのかは分からないが、人払いしていたから、自由にさえなれれば、小さな体は、ちょっとした隙間から逃げ出してしまったのだろう。
事務所のライトの身内に連絡すると、Uは問題なく金沢行きの新幹線に乗ったらしい。
まずい……。
事務所が押さえるかもしれないが、ライトの犯罪はUには知られてしまった。
いつものように養殖魚の餌にして、骨は植物の肥料にするつもりだったが、Uはかなり知恵の回る餓鬼だ。
何を言い出すか判らなかった。
無論、拷問してピーピー泣き喚くUが見たかったが、そんな場合じゃ無かった。
Uの口を封じないと、我が身が危ない。
確実にUを殺すには、前にも頼んだマフィアの力が必要だった。
伊吹社長か秘書のチューグに手配してもらうしか無い。
無論マフィアに知った顔もいるのだが、直接関わると、後でヤバい事になりかねないから、社長経由の方が安全だ。
ライトはチューグに電話をかけた。
「ライト君、またそんなヤンチャしたの?」
おそらく中華系のチューグは呆れたが、ライトは甘える声を出し、
「もうしないよ。
ちょっと、出来心だったんだ。
だから、姉さん、Uはどうにかしてよ」
チューグはため息をつき、
「手配はするけど、どうなるかは分からないわよ。
今は、あなたより、あの子達の方が稼いでいるのよ。
もう、昔のようにわがままばかりは言えないのよ」
ライトは、声は相変わらず、甘えた声でごめんなさいと言っていたが、目は、憤然とした怒りに燃えていた。
そういうことなら、やってやる!
どうせ終わるなら、徹底的に拷問をしてから終わってやる!
ライトは計画を練りだしていた。




