24分身
その日、誠は普通に通学していた。
霧峰静香と談笑し、川上やユリと教室の端でおとなしく過ごす。
前日。
「え、分身を作るッスか?」
川上は驚いた。
「うん、遠隔操作で大概のことは出来るんだけど、予想外のことが起こると困るから、カブトやユリや川上くん、小百合さんはフォローして欲しいんだ」
ついにkiil♡の新曲発表の日なのだ。
朝からPVがかかり、テレビ、ラジオと忙しい。
夜には生出演もあり、到底学校には行けないのだが、あまりUがテレビに出ているときに誠が常に不在ではマズイため、幽霊の影の身体に水の力で擬似的な肉体を作り、学生生活を送ろう、という新しい試みだった。
蒸気の体でも分身は作れるのだが、それで一日学校で過ごすのは無理なため、誠は地下深くから質のいい粘土を掘り当て、簡易的に素焼きにした。
ここに蒸気の体を被せて、誠のコピーとする。
幽霊皆で誠を演じたが、最も誠を上手く演じられるのが真子だったため、喧嘩になったときなどの用心に大工で影能力のある大家と真面目な横山、大友そしてOLであり一流大学卒でもある中村が真子を支えた。
「いやー、焼き物で作るって聞いたときは驚いたッスけど、肌触りも人間スね!」
川上が驚く。
「横山君と大友君は、特殊メークが得意なんだ。
粘土は骨格で、体はウレタンや低反発スポンジ、革は医療用の人工皮膚を使ってるんだよ」
真子はたまに誠として外に出ていたので、話していても全く分からない。
「オタクじゃないだけ、爽やかな印象だべ」
特に小百合は真子の誠を激賞した。
一方、カブトは、
「まー、分かるから協力するけど、俺は宝塚とかキモいから」
と、冷淡な反応だった。
ともかく、水分り神の力は大したもので、どう見ても特殊メークの体には見えない。
その頃誠は、忙しく朝のニュースに出て、インタビューを受けていた。
「はい。
kiil♡の新曲を聴いたときは、メジャー受けしそうにない、って思ったんですけど、意外と二十代の人とか、共感していたんで、流石だなと思いました」
重いインフレを嘆く前半から、踊ろう、と盛り上がるサビに吹っ飛ぶ突飛な曲だ。
また、今回からドラムで参加のりうは、
「うん?
僕が男か女かなんて、セクハラでしょ、このテレビ局大丈夫なの?」
普段は当たりが柔らかいのに、テレビではキツイキャラを演じるつもりのようだ。
「ほーら、マイルドなのはUに任せるよ」
と移動車の中でりうは好物のトマトジュースをガブ飲みしていた。
午前零時にPVが解禁してから曲は物凄い勢いで売れていく。
ラジオ局を回り、その後はYouTubeで水泳大会を開いた。
Uはスパッツタイプの水着だが、水分り神の力で筋肉を隠して細い体にした。
りうは水泳用Tシャツと、あえて競技用みたいな、あるいはビキニの下部分に似たブルーの水着だ。
kiil♡は、ほぼ体型の隠れるワンピース型の水着だ。
飛び込みや尻相撲などありきたりなネタだが、凄く伸びた。
午後のテレビ出演では1日で爆発的に売れている、と紹介され、kiil♡はモゴモゴ嬉しいと発言、りうは無理にコメントを取ろうとするのもハラスメントだ、と言い出し、Uはせっせと、二人とも、少しは慣れて、と窘めながら、
「kiil♡の曲が良いから売れるんです。
あとは、ルックスが他のアイドルと変わってるから?」
と誤魔化すが、りうは、
「僕らはアイドルじゃないよ。
曲と僕ら自身をユニセックスな存在、と、ちゃんと世に問ってるんだから!」
と脱アイドル宣言をした。
「さっきYouTubeで水着で尻相撲したばかりだろ?」
Uが突っ込むと、
「それはユニセックスな存在をアピールするために仕方がないんだよ。
ユニセックスの美しさを世に認めさせるんだ!」
大いに語った。
終わると、収録番組で歌を披露し、トークをしてから生放送に出演、また、りうは男か女か聞かれ、りうはブチ切れた。
「もー食って掛かるの止めなよ」
Uは言うが、
「君はユニセックスと言っても、男子なのも売りにしてるからいいけど、僕はあえて公表しない事で、ユニセックスの代弁者になってるんだ!」
と鼻息が荒い。
だが本番が終わると、
「Uがいるから、何言ってもよくって楽」
などと、普段のマイルドな人格に戻る。
終わると誠は、恵比寿のマンションから空を飛んで家のベランダに帰った。
真子は既に誠人形から抜けており、誠は人形をベッドの下に隠した。
翌日からは、前回同様、凄い忙しさに誠は襲われた。
朝の内にYouTubeを撮影、箱根神社でヒット祈願を撮影し、それからラジオ局を回る。
江の島で旅番組のロケをし、東京に戻ってバラエティに出演した。
夕方、楽屋で着替えをしていると、衝立から、りうが覗いてきた。
「え、なに?」
誠は焦る。
体はUにしているつもりだが、特に気にしてはいない。
「うーん、男にしておくのがもったいないほどのユニセックスな肉体だね?」
誠は困って、
「君は怒るかもだけど、同性だったら僕はその気は無いよ?」
引き下がるかと思ったら、
「確かめてみる?」
りうはぐいっ、と衝立に入ってきたので、誠は慌ててズボンを上げた。
その誠の手を、両手で持って、りうは自分の胸に当ててしまう。
え……、柔らかい……。
仄かな胸だが、りうは女の子だったらしい。
「え、えと……。
僕、こういう経験は初めてで……」
赤くなりながら誠が言うと、クスリと、りうは笑い。
「分かってるじゃない?」
誠の心臓の鼓動が速くなる。
りうは、誠の股間を触った。
痛いほど、元気になっている股間だ。
「あ、やめてよ……、りう……」
りうはククッと笑って。
「U君、ウブい!
全然、免疫無いんだね!」
誠は、恥ずかしさで真っ赤になった。
素の誠は、表面的には他人とは話せても、たとえ女子とでも体を触れ合わせるなど、夢にも思えない人間だった。
「ねぇねぇ、見てもいい?」
りうはグイグイ、誠に接触してくる。
「だ!
駄目だよ、そんなの!」
女子にそこを見せられる状態では、誠は無かった。
「みちゃお!」
「ああっ!」
ツルンとズボンとパンツを下ろされ、誠は一応の戦闘態勢にはあるミサイルを晒してしまった。
「かわいー」
誠は涙ぐみ、
「言わないで……」
頭がグチャグチャの誠は、そのままではどうなったのか分からなかったが、
「誠君!
フードの男に襲われた!」
真子の言葉に、一瞬で正気に戻った。
「ごめんね、りう。
ちょっと急用が出来ちゃった!」
「あ、U君、もうすぐ撮影が……」
誠は透過しながら上昇し、一分とかからず真子の上空に出た。
まず、真子と人工の肉体を上昇させ、霧で包んだ。
とりあえず雲に見えるはずだ。
そして上半身裸という、学生服からの大変身を遂げて、フードの男と対面した。
夕方だ。
誠の正面に夕日がギラギラと輝いていた。
「なんだお前。
そんなに痩せてたのか」
幸いというか、フードの男は入れ替わりなど夢にも思わないようだ。
体を戻すわけにはいかない。
Uの正体がバレてしまう。
どのみち、フードの男とは、殴り合いなどにはなり得なかった。
おそらく誠の前に出て来たという事は、前回の弱点は克服したのだろう。
まさに不死身の化物だが、もし、前の弱点に対して、肛門にもバリアを張った、程度だったらやりようはあった。
蛹弾……。
誠は相手のバリアを透過した。
蛹が、男の裸の胸を這い回る。
「ハハハ馬鹿め。
そんなの、もう効かないぜ!」
男の皮膚には、不死身の、本人曰く魔法がかかっていたが、あの時、体内は普通の人間だった。
ならば、
「透過……」
直接、皮膚を透過し、ムカデに内臓を食い破らせた。
「がっ!」
フードの男はその場に崩れる。
誠は、男を地下深くの粘土層まで落として、粘土で固めた上で、蛹弾を何十と撃ち込んで素焼きにした。
そう簡単には出てこれないはずだ。
確信してから、誠は放送局に戻った。
楽屋では、りうが八千代さんに怒られて泣いていた。
「ちょっと、からかっただけなんだよ……」
「男の子と言っても、U君は、まだ全然デリケートなのよ!
そこが魅力なのに潰してどうするの!」
他人にあからさまに言われると、誠の心はズタズタに引き裂かれる。
kiil♡は聞かないふりをしているが、ガンガンに聞き耳を立てていた。
聞いている方が恥ずかしい。
「あー、そんなに怒らないでください!
た、確かに、あの、初心者ですけど、別に逃げたわけじゃありません!
本当に急な電話がかかっただけなんです!」
上半身裸の誠が戻り、なんとか楽屋は落ち着いた。
クイズバラエティの番組で、Uたちはチームで参加する。
幽霊たちのサポートもあり、順調に正解を重ねた。
このバラエティには、新番組の番宣チームも出ており、そこに渡辺龍たちの追っているライトも出ていた。
「挨拶に行ったんだけど、凄い嫌な奴なんだよ」
と、りうが囁く。
「せいぜい馬鹿を晒してくれ、だってさ」
その時、誠はフードの男と戦っていた、ということらしい。
「問題です。
大正天皇の前の天皇は誰でしょう?」
かなりなサービス問題だな、と誠は思うが。
りうは、
「昔のことなんて知ーらない」
と涼しい顔をしている。
順番はライトたちに回ったが、
「え、なんだ?
ゴダイゴ?」
凄い間違え方をした。
「では、誰か分かりますか?」
と司会者が振ったので、Uが、
「明治天皇」
と答えた。
司会者は、
「それでは、その前の天皇は誰でしょう」
とライトチームに振り、流石に答えられない。
「U君、分かる?」
「えっと、確か孝明天皇?」
「正解でーす!」
ライトが凄い顔でUを見ていた。




