23不死身の怪人
誠は、前に三人の影繰りに襲われた道を避けて、氷川神社の横を下っていた。
毎年の高円寺の阿波踊りではダンジョンのように敷地一杯に縁日が立つところだ。
「よう、最近失敗続きでさ。
お前ぐらい潰しとかないと、俺も舐められちまうから、ちょっと遊ぼうぜ」
誠にとっては、不死身の敵と言うのは、魔弾の射手に続いて二人目だ。
しかし、こいつは強力なバリアを持ち、またサイコキネシスのような力を使い、一瞬で相手の天地を入れ替える、小技も使う。
唯一誠の有利な点は、透過が使えることだ。
上手くバリアを透過できれば、不死身とはいえ戦いに勝つ事は可能だ。
誠は影の手を伸ばしたが……。
体に、強い衝撃を受けた。
まるで誠の身長と同じだけの巨大な拳で、全身を一気に殴られたようだ。
誠は吹き飛ぶ。
だが、なんとか消えかける意識を繋ぎ止め、誠は上昇した。
圧倒的な破壊力だ。
誠は丹田に入っているのだ。
にも関わらず、意識を飛ばされかけた。
逃げて逃げられる場所なら良かったが、地元ではマンションまで追われかねない。
なんとかフードの少年を撃退したかったが、空を飛んでも、まるでパンチの連打のように巨大な空気の塊のようなものが誠に飛んでくる。
誠は懸命に左右に逃れたが、攻撃は離れても正確だった。
ただし、空中では、飛んでくる見えない拳が風を生み、誠にぶつかる前に、肌が動きを感じ、今までは避けられた。
(誠!
逃げていても戦いは終わらないぜ!)
裕次が言うが、しかし敵にはバリアがあった。
しかも、バリアを透過しても、奴は不死身なのだ。
空中のパンチはまさに連打で、誠に攻撃する間を与えなかった。
とにかく幽霊を出して、幽霊から蛹弾を発射してもらう。
大地の放った蛹弾を、誠はパンチを避けながら透過した。
蛹弾はユリコの棒のように少年の皮膚で止まったが、
(ムカデにしろ!)
颯太が言うので、少年の衣服を透過し、素肌にムカデを這わせた。
「うわっ!
何をした!」
自分の肌にムカデが歩いたら、誰でも気味が悪い。
続けて数発の蛹弾を、透過してムカデにすると、少年のパンチが鈍ってきた。
(よーし、誠、皮膚が破れないなら、穴にムカデを入れてやれ!)
颯太は、なかなかの嫌がらせの天才だった。
ムカデは少年の下半身を目指し、肛門に頭をいれると、少年は尻を押さえて悲鳴を上げた。
今、やらなければ次には対策を練られているかも知れない。
誠は連続してムカデを尻の中に送り込み、噛み付いた。
少年が悲鳴を上げる。
どうやら、奴の不死身は体の外側だけらしかった。
ムカデは体内を食い破り、やがて爆発させると、フードの少年は全身をバラバラに吹き飛ばされた。
しかし敵は死骸を回収して、魔改造する連中なので、誠は残骸を几帳面に地下に落とした。
誠は疲れ切って家に帰り、風呂に入って寝た。
一方。
氷川神社の境内の土が、ゴソゴソと盛り上がると、フードの少年が現れた。
爆発で全裸に近かったが、音も無く車が止まると、二人の男が降りてきた。
「蘭丸、お前がやられるとは思わなかったよ」
デブの方の男が言うと、
「うるせっ!
相手は小田切誠なんだぞ、一度、二度は殺されるのは当たり前だ!
だが、奴のやり口が分かれば、いずれ土に沈むのは奴のほうだ」
バスローブのようなものを羽織ると、蘭丸は車で走り去った。
「誠。
どうも、あのフードの奴、生き返ったようだぜ」
朝、誠に告げるのは、もはや超能力の域に入っている霊と人の死を感知する田辺だった。
「……本当に不死身なのか……」
誠はシャワーを浴びながら唸った。
多分、もはや体内も無敵になっているだろう。
これでは、いつか誠は殺されてしまう……。
誠は昨日の顛末を報告した。
「そうですか。
一度死んだけど生き返りましたか……」
オペレーターは言葉少なに、
「霊安室で戦ったとき、彼は自分の不死身について「魔法のようなもの」と言っていたようです。
そこを解明しないと、戦いは終わらないのかもしれませんね……」
誠は暗澹たる気分だった。
「誠さんが倒したフードの男が、よみがえったらしいんだけど……」
竜吉は相変わらずパソコンをブラインドタッチしながら。
「うーん、ゾンビなのかね?」
ピッピは、達吉の小柄な肩に頭を乗せる。
「まあ、知られたところではゾンビとか吸血鬼とかキョンシーとか、だよね」
パチパチとキーボードの音が教室に響く。
「他に、何かあるの?」
「うん、誠さんが桃源郷に侵入しようとしたとき、一人の河童に尋問したらしい。
河童は、桃源郷にあるのは冥界と生命の樹だ、と言ったそうだよ」
「それって、何?」
ピッピは首を傾げる。
「冥界は、地獄に近い概念だけど、死者の国、地獄と天国を合わせたような場所なんだ。
一方、生命の樹は、アダムとイブのいた神の楽園に、アダムたちの食べた知恵の樹、と共にあった木、こちらは不老不死になる木だったらしい」
「へー、じゃあ、フードの奴はそれを食べたのかな?」
「ただ、なんていうのかな。
トレーディングカードゲーム的に言うとさ。
カード、冥界、は死んだクリーチャーが集まる場所、で、カード、生命の樹、は、それを生き返らせた上で、生命の樹が場に存在する限り、死者は死なない、的なエンチャントになるんじゃないかな」
ん、とピッピは達吉を見た。
「それだと、生命の樹をなんとかすれば……?」
達吉は、んー、と言いながら頭を掻いた。
「ゲームなら、だよ。
ゲームならカードを破壊したら、勝てるんじゃないか、って。
そんな簡単じゃ、現実は無いかも知れないけどね」
(桃源郷は桃太郎の神話と関係がある、って、前の顔泥棒が言ってたよね)
誠が考えると、普通に幽霊が返答する。
(ああ、言ってたな。
桃太郎は桃源郷の特別な桃で、キビ団子が実はポレホレの実だ、って言う奴だろ)
田辺は緑山大学のエリートで、誠の家庭教師でもあった。
こういうときの、良き相談相手だ。
(桃って言うのは、土に植えると、やがて芽を出し、実がなって、ある意味、再生する、と考えられないかな?)
(桃源郷って、言ってみれば理想郷というか、ウグイス姫ではタンスの中に永遠の大豊作の田んぼがあったり、また浦島太郎の竜宮城も似たような話だったりするんだな。
つまり、そこにいる限りは老いないし飢えない、昔の人の考えた天国的な世界な訳だ。
だから、現代の定義の理想郷とはだいぶ違うだろう。
例えば昭和時代フォーククルセイダーズは、帰ってきた酔っ払い、という歌の中では、天国を「酒はうまいしねーちゃんは綺麗」と接待飲食店のような表現をしている。
天国の概念が変わっているわけだ。
ただ、もしかすれば確かに、あの伊豆の桃源郷と、あのガキの不死身に何か関係が無いか、と言われれば、直線で繋がった話なだけに、無関係とは思えない、とは思うがな)
桃源郷と不死身。
そこには微妙な接点がありそうな気もする。
ただし、そうだとすると、フードの男を倒すためには、あの洞窟に入り、破壊しなければならない……。
かなり高いハードルだった。
誠は桃源郷攻略に考え込んで、ふと気がつくと、理科実験室に移動するのに遅れてしまった。
慌てて用意し、実験室に行くと、
「誠ー、ここ来いよー」
いつものように、他人にはかなりクールなカブトが、誠には最高の笑顔を向けていた。
いつもは川上やユリと前に座る誠だが、今はカブトの隣しか空いていなかった。
カブトが嫌な訳では無いが、カブトの周りには女子の集団が集まっているのだ。
特にクラスのカーストトップの橘茜や石川美和、吉永咲などがガッチリカブトを囲っている。
カブトは彼女たちを適当にあしらって、学園生活は乗り切るつもりのようだ。
誠は教科書やノートを抱えて、カブトの前の席に座った。
周りは女王格のキツイ女子三人なので、かなり居心地が悪い。
授業は簡単な実験だ。
「小田切、やっといてよ」
橘が軽く命令する。
「うん、いいよ」
誠は、別に他の班でも率先して実験をするので、必要な器具を集めてテーブルに並べ、
「じゃあ、先生に聞かれても分かるように、これを加熱してアルカリ性が酸性に変わったか、実験するよ」
と、手際よく溶液を加熱皿に移して、実験する。
誠はノートを見せながら実験を進めた。
「おまっ、ノートわかりやすいな」
吉永が感嘆する。
「後で受験用にノート作るなら、今からノート作ったほうが早いからね」
「誠は、この前の中間でもオールAなんだよ」
普段はキツめのカブトも、心なしかニコニコで、女子たちも誠を信用し始めていた。
「小田切、便利だわ」
誠は、褒め言葉と割り切って、ありがとう、と微笑んだ。
「おまっ、Uに似てるな!」
吉永が、ただのチビではなく、誠の顔を識別しだした。
「中性的だろー。
女子でも通るよなー」
カブトはベタ褒めだ。
タレントUに似ているとなったら女子も扱いが違うようで、色が白い、とか肌が滑らかとか、誠をいじり始めた。
誠は、さっさと科学を終えると、午後の授業も無難にこなし、駅に急いだ。
駅のトイレで、まず1段階、私服に着替え、青山一丁目の駅トイレで顔をUにしてからメークをして、完全にUになり、駅からタクシーでスタジオに向かう。
と、大門の駅前で、少女が男達に絡まれていた。
通り過ぎようとしたが、ふと見ると石川美和だ。
男達は、大学生か他校の大柄な上級生らしい。
「どうしたの、石川さん?」
誠が割って入ると、
「あ、小田切!
こいつら、歩きスマホしてて、ぶつかってきたくせに、スマホを弁償しろ、とか言うんだぜ!」
誠が、石川美和よりも更に小柄なので男達は、
「坊や、関係ないことに口挟むなよ」
と笑ってる。
「壊れたスマホってこれですか?」
と、画面の割れたiPhoneを手にして、
「ずいぶん古いiPhoneを使ってたんですね?」
「うるせーな!
お前、ふざけると泣かすよ!」
誠はカバンからペン型検電器を取り出すとiPhoneに触れ、
「そもそもバッテリーゼロですけど、本当に生きてたんですが?
生きてたのなら、充電器はありますから、少し充電して、もしアップデートしてなければ、警察を呼びますよ」
「おい坊主、ふざけてると泣かすって言ったよな」
と、金髪の男が言うので、
「脅すところを見ると、壊れたiPhoneを使った詐欺ですね」
眼鏡の男が誠の鳩尾にパンチを入れるが、誠は片手で受け止めて。
「こんな鍛えてない拳で乱暴すると、自分の拳を痛めますよ」
と、手の甲を強く握った。
きゃあ、と眼鏡の男は黄色い悲鳴を上げて、周りの人々も誠たちを見始めた。
「やばっ、逃げようぜ!」
金髪が仲間を引っ張って走り去る。
石川美和は、
「小田切!
助かったよ、お前、意外と男じゃんか!」
「別に、相手がヘタレだっただけだよ。
石川さん、一人歩きは危ないよ」
「うん、すぐ近くでバイトしてんだ」
誠はバイト先のコンビニまで石川を送ってから、大門駅に急いだ。
kiil♡たちは練習を続けながら、インタビューやテレビの収録を始めた。
りうも加わった三人組は、皆、中性的なので、美形アイドルとは別の意味で目立った。
終わりは二十時を過ぎ、誠は流石に地下鉄に乗らずに、ビルの屋上でメークを落とした。
そのままマンションに帰ろうとした誠だが、ビルの下でバタバタと足音がする。
見ると石川美和が、また男に追われていた。
誠は、
「石川さん!」
と偶然を装って出会うと、
「小田切!
こいつらが!」
石川を追っていたのは一人だが、横道から二人が、現れた。
「ち、ガキが調子に乗るなよ!」
ややラッキョウめいた顔をした男が、なかなかのハイキックを放った。
誠は肘を相手の内ももに突き刺し、片足を払う。
盛大にラッキョウは倒れ、頭を打った。
金髪は誠を背後から押さえつけにかかったが、誠は屈んで避け、金髪の腕を取って背負投げでアスファルトに落とした。
メガネがポケットからナイフを取り出したので、誠は爪先で眼鏡の顎を蹴った。
メガネと、同時にナイフも何処かに飛んだ。
メガネの取れた丸顔の男は、失神して、そのまま倒れた。
「きっとバイトの場所を知ってたんだよ。
警察に言ったほうがいい」
誠は通報し、男達は捕まった。
石川美和は警察が送ったので、誠は飛んで帰った。
桃源郷をどうにかしない限りフードの男は倒せない。
それまで避けるしか無かった。
拘置所の三人の前に少年が現れた。
「兄さんたち、強くなりたいんでしょう?
いい薬があるんだよ……」
少年はニヤリと笑った。




