22封鎖作戦
ちっ……、とユリコは舌打ちする。
強力なバリアを持ち、相手を吹き飛ばし、自分も浮かんで足場も気にしない上に、そもそも不死身なのだ。
ハマユが少年を氷漬けにする。
「お、珍しい攻撃だね」
少年は笑い、
「だけど僕には効かないけどね」
言うと氷の頂点を吹き飛ばした。
川上のウサギが、ぐるりと少年を取り囲む。
その後ろに、ユリコが折り畳みの棒をジャキンと伸ばして、構えた。
「そんな攻撃は僕には効かないって言わなかったっけ……」
少年は嘲笑うが、その少年の足元から小百合の髪の毛が伸び、少年をグルグル巻きにした。
「始めから罠は張られていたのよ。
不死身でも、これはどうかしら」
髪の毛は少年を押し潰すように締まっていく。
やったか!
と、ユリコも思ったが、
「力は強いみたいだけどね。
僕を潰すのは不可能なんだよ。
まあ、君らに分かりやすく言えば、そういう魔法、とでも思ったらいい」
言うと同時に、小百合の髪が爆発した。
霊安室に無数の髪が飛散した。
同時にウサギが吹き飛ばされ、ユリコは背後に飛んだ。
良治はナイフを投げる。
が、少年に、ではない。
いくつかのテグス糸を切ると、ふわり、と細いピアノ線のようなもので作られた網が、少年の頭上に落ちてくる。
むろんバリアがピアノ線を防ぐ。
そこにハマユが再び氷を張った。
「なにか策はあるようだけどね。
脆弱なんだよ、君らの企みは全て、ね」
バン、と氷を割ろうとするが、ピアノ線と一体になった氷は、砕けても飛び散らない。
それをハマユは補強する。
「くだらない、ったら!」
少年は苛ついたように叫ぶが、足元から再び小百合の髪が伸び、少年に巻き付き、またピアノ線と結びついた。
冷気が髪を伝って少年を包む。
「うわっ!」
初めて少年は驚いた。
「テ、テレポートだ!」
瞬間、少年は逃げ出した。
「よし、逃げたべ!
竜吉、見てるか!」
小百合がスマホに叫んだ。
「はい、見ていました。
皆さん、素晴らしい攻撃でした。
今、病院の西から車が動き出しました!」
どうやら上手く、撃退に成功したらしい。
月島周辺は八つの橋で外部と繋がっている。
警察が素早く全ての橋で検問を実施する。
中に影繰りが乗っているので、それぞれ、轟兄弟、信介、飯倉、渡辺龍とアイチ、アクトレス、顔無し、草薙、レディとミオがついていた。
車はバタフライとユリがバイクで追いかける。
他に二台の覆面パトカーも追跡に加わっていた。
車は清澄通りを浅草方面に走る。
おそらく首都高に乗るつもりだろう。
だが、相生橋は警察がカッチリ検問をしていた。
車は左折し、中央大橋に向かう。
むろん、ここもしっかり検問を実施中だ。
敵は、前輪ブレーキをかけて、後輪を引きずり、百八十度の方向転換を軽やかに決めると、佃島の細い道に車を入れた。
「野郎、佃大橋に向かうつもりだな」
バタフライが楽しげにバイクで語る。
パトカーは方向転換に四苦八苦しているが、バタフライはバイクを中央分離帯に乗せて、そのまま車線変更した。
「もう詰んでるって、分からんかねぇ」
そのまま車線を横切って細道に突っ込んでいく。
車は佃島内の狭い道を猛スピードで飛ばし、一通の道も関係なく通っていく。
「追い詰められると、馬鹿するもんだよな」
後ろに乗ったユリは返答どころではない。
ジェットコースターに乗ってるより怖かった。
道は左折以外出来ない道に出る。
正面は駐車場だ。
曲がるか、と思った車は、駐車場に入っていく。
「野郎、車を変える気か?」
車が止まると、バラバラと三人の男は降りていき……。
金網を乗り越えると川に下りた。
乗り捨てるようにバタフライはバイクを降り、追いかける。
ユリは荷物のように小脇に抱えられた。
ガシャン!
金網にユリのフルフェイスが当たるが。
激しいエンジン音が響き渡った。
「しまった!
奴ら、ここにジェットスキーを用意してた!」
即座に竜吉に連絡する。
「そこからなら築地大橋に出るか晴海埠頭に出るか、です。
海上保安庁にも連絡済みです」
バタフライは竜吉の返事も待たずに、バイクを起こし、フラフラのユリを後ろに乗せると、ジェットスキーを追いかけた。
隅田川も晴海埠頭も、南下するなら東京湾に出る。
だが北上なら浅草を始め、隅田川には着岸できる水上バス乗り場がいくつもあった。
おそらく、そのどれかから車に乗り換え、高速で芦ノ湖に向かうはず、とバタフライは考えたが、ジェットスキーは晴海埠頭へ向かっていく。
「なんだ?
東京湾で何するつもりだ?」
「海上保安庁が待ち構えています」
竜吉はのんびり語った。
だが、ジェットスキーまで用意していたのだ。
その先、何らかの手は講じているのは確かだろう。
清澄通りはバタフライは竜吉のおかげで素通り出来た。
ジェットスキーは水路を疾走する。
晴海埠頭には数層の船が止まっていた。
その先に、白い小型船舶が、チカチカとライトを点滅させる。
バタフライは、またもユリを小脇に抱えて埠頭を走るが……。
ジェットスキーは小型船舶に取り付いて、人だけ乗せると、すぐに東京湾に走り出た。
巡視艇が近づいていく。
「よしよし、もう逃げられねーぜ」
ユリはフラフラになりながらも、
「バタフライ、敵は不死身なんだよ?
影繰りも乗ってない船に何が出来るの?」
「まー、水の上なら、水流を当てるなり、船の戦いだからな。
一人不死身がいたって、あんな小さな船はどうしょうもないぜ!」
巡視艇が停船命令をマイクで叫ぶが。
小型艇は東京湾に向け、速度を上げる。
「逃げるよ?」
ユリはいう。
と、小型艇の後部から激しい水が噴き上がった。
「え、ありゃあ!」
どうしたの?」
ユリはバタフライに聞くが。
小型艇が、ふわりと水上に浮いた。
「水中翼船だと!
あんな小さな水中翼船なんてあるのか!」
軽量なのも手伝ってか、小型艇は水に浮くと、どんどん巡視艇を引き離して東京湾に消えていった。
バタフライとユリは、呆然とそれを見送るしか出来なかった。
誠は月曜の朝、スッキリと目覚めた。
体は、特に汚れてはいない。
幽霊たちが、風呂も何度か入れてくれていたからだ。
だが。
一応、シャワーを浴びると、普通に内調に向かった。
部活をしている事になっており、朝御飯は内調で食べるのだ。
「おう、誠っち、体はいいのか?」
川上の問いに、
「うん、もう平気だよ」
Yシャツを脱ぐと、ふーん、と川上は誠の裸体を眺めた。
しばらく見ない間に、まだ細いながらもしっかりした筋骨が浮かび始めていた。
山伏の修行って、結構効果あるんだな……。
しっかりストレッチした後、ランニングとプールで体を温めてから、誠はいつものアクトレスとの戦闘訓練を始める。
良くなってる……。
アクトレスにも分かった。
動きは敏捷になり、パワーもつき、避けたり透過したりしながらアクトレスの戦いについてくるようになっていた。
アクトレスの半ば本気のパンチを流れるように交わして、側面へ掌底を打ち込む。
アクトレスは片手で受けるが、パワーもずいぶんアップしていた。
蹴りを誠に放つと、誠は透過せずに膝で受けた。
離れず、むしろ敵の懐に入ってくる気だ。
素直な生徒ってのは気持ちがいい。
だが、踏み込む誠の顎に、強烈なアッパーを撃ち込んだ。
パンチは確かに誠の顎に入るが、感触はおかしい。
水を叩いたようだ。
完全に透過するのではなく、半ば当たりながら、ダメージは最小限にするような能力を身に着けたらしい。
アクトレスの鳩尾に、誠の前蹴りが入る。
なかなか面白い事するじゃないか!
師弟の戦いは演武のように長く続いた。
クラスに誠が戻ってくると、活気が出てくる。
カブトは上機嫌だし、小百合も微妙に丸くなる。
そして放課後は誠はUに変身して、kiil♡の練習に参加した。
高円寺の夜道を、自宅に戻ろうとする誠の前に、今夜は、あのフードの少年が現れた。




