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20売買

仕掛けた盗聴器からライトの声が響いていた。


「出来るだけ残酷なヤツがいいんだ!

前に指を切るやつがあったけど、それもヌルい!

爪を剥がし、肉を剥がして、筋肉や骨を見せるぐらいはしろよ!

噛みつきはいいけど、俗なエロビテオじゃないんだ!

噛み切って、放置して、歯の雑菌で腐らせるぐらいは見せてほしいな!」


「ちょっと俺、想像して気分悪くなってきたよ」


流石のアイチも、マニアすぎる要望に青ざめた。


「魚や爬虫類に食べさせるのも、ありきたりだ!

虫に食べられる姿が見てみたいな!」


渡辺も、若い娘に大人気のイケメン俳優の言葉に、口が苦くなり、粒ガムを新しく噛んだ。


相手の声も聞こえてくる。


「わかりました。

いい娘が見つかり次第、ご要望のビデオを撮りましょう」


「こいつら、オーダーメードでスナップムービーを作っているのか?」


流石の渡辺も目を丸くする。


「まー、下半身をがっちり掴んでるから、他の事務所に逃げられることは無い訳だな」


アイチは変なところに感心する。


「前のときは、勝手に殺しまくったりして正体がバレたが、今度はタレントはしっかり温室で育ててるわけか」


渡辺は感心しながらも、これを世間に公表出来るのか?

と長安を危ぶんでいた。





長安的には、このゴシップを白日の元に晒すのが仕事の目的ではあったが、渡辺たちもみすみす殺人を放置する訳にはいかなかった。

当然、内調を通じて警戒を促す。




三重でも、秘密裏に撮影所に出入りする人間の捜査は続いていた。


事が殺人なため、日本国内で獲物を見つけるのはほぼ不可能なのは予測されたが、海外から秘密裏に運び込む、というのもなかなか難しい。


今はレーダーもあり、過去の外国による拉致事件などもあって海上の警備も厳しくなっている。


三重の港なのはいいが、この太平洋に面した広い海に、密航船が入り込めるのかは大いなる謎だ。


ただし相手は、砂の塊を古代鮫と錯覚させる程の特殊能力を持っている。


とは言えスナップムービーなど大々的に売る訳にもいかないものだ。

単価は大きく取れるのかもしれないが、どれほどの儲けになるのかは警察でも首を傾げた。





小田切誠は、学校が終わるとUになって練習に参加した。


1週間後に新曲として世に出すことになる。


同時にテレビにも登場し、様々な番組に出て局の宣伝を行う。


今回は、その後にアルバムを出し、その動きを観ながら夏休み頃にライブを行うという、前よりはゆっくりとしたスケジュールだった。


むろん、誠は自分が暗殺される予定であるとは夢にも思わなかった。


夜、十九時過ぎ、誠は高円寺の商店街を歩いていた。


住宅街を歩くほうが近道だが、数日前に十河に襲われている。


商店街なら敵も迂闊に襲えないバズだ。


アーケードを抜け、飲食店やスーパーのある広い通りに折れる。


信号で立ち止まった誠の周りで、影の気配が高まる。


影の目で見てみると、誠の左右の男二人と、背後のOLらしい女性が、急速に影をまとっていた。


え、ここで……?


高円寺の繁華街の中であり、周りは飲食店や飲み屋も多い。


いくら影で隠れるとは言え、戦いやすい場所ではなかった。


だが。


強い光りが誠を包み、強風が髪をなびかせた。


手で光りを遮り、鼻腔に感じた濃い樹木の匂いに驚いたとき、誠はゴルフコースのような場所にいた。


足元は芝ではなく、丈の短い雑草だ。


誠は小さな丘の上に立っていて、背後には森がある。


右手に、昭和の香りのする真四角のビルが立っていた。


窓の数から言って3階建てだが、斜面に建っているので、裏はもっと高いのかも知れない。


建物まではおよそ百メートル。


丘の下には、下り傾斜の草むらが続き、その先は森だった。


だから誠の立っている草むらは、山の一部を切り開いた人工の広場のようなのだが、足元の草は芝でも牧草でもなく、雑多な雑草を高さ三センチぐらいに切ったもののようだ。


テレポートで飛ばされたのか、と思ったが、それにしても太陽は頭の真上だ。


今日は暖かだったので半袖で登校していたため、暑いという事もないが、日差しは夏のようだった。


およそ七時間、時間が戻ったか、十七時間進んだのだとしたら、凄いパワーのあるテレポーターだ。


それに、それだけの力があるのなら、誠を太平洋の真ん中に落とすなり、砂漠に落とすなりすれば、それでほとんど勝ちのはずだ。


むろん見渡す限りの樹木というのもなかなかだが、建物もあるし、探れば現在位置も分かりそうではある。


と、パンと乾いた音がこだまして、誠の肩は弾丸に貫かれた。


誠は丹田に入っていたのでダメージはほとんどなかったが、広すぎて敵が何処から狙撃したのかは分からない。


瞬間迷って、誠は建物に向かった。


森より狙撃者も居心地は良さそうだし、違っても弾除けにはなる。


それに場所を特定出来るなら、ぜひ特定しないと、自分が何をされたのか理解が出来ない。


あの場に三人の影繰りがいたのだから、ただテレポートしただけとは思えない。


だが影繰りに狙撃をするのも、意味が判らなかった。


丘を降りてビルに向かうのは、下り坂なので楽だった。


足元が刈った草というのも、適度な摩擦があり歩きやすい。


バッタなどがいるのが嫌だったが、誠も小学生ではなく、その程度は我慢できた。


のみならず。


誠は、飛んできたバッタを捕まえた。


誠を知る人間なら腰を抜かすような出来事だが、虫の種類が分かれば、場所の特定に役立つ。


そんな理由があった場合は、誠だって無害なバッタぐらいは捕まえるのだ。


それは頭の尖ったショウジョウバッタだった。


おそらく、日本の何処かだ。


と、言うことは?


時差は無いはずだ。


つまり、ここは現実空間ではない。


判ると。すぐにバッタを投げ捨て、ビルに向かう。


コンクリートに、昔風の吹き付け塗装をした古典的なビルだ。

縦長の積み木を横に置いたような形をしている。


窓は、古いサッシで、暑いからか、ほぼ全ての窓が開いている。


誰かいる……。


しかし狙撃者がいるのなら、近づいた獲物を見逃すのはおかしい。


むろんスコープで狙っており、当たったが効かなかったのを見ていたのかもしれないが。


右に両開きの扉があった。


耐火扉に見えるので、サッシといい、日本の建物のような気がする。


影繰りは三人だ。

狙撃は影繰りでなくとも出来るので、一人はこの場所に誠を飛ばしたとして、あと二人、敵はいるはずだ。


そして普通に考えれば、この環境なら有利に戦える能力の持ち主のはずだった。


誠は学校のYシャツを脱いで、袖無しTシャツ一枚になった。

暑いのもあるが、Yシャツは学校制定で数が限られる。綺麗に畳んで、リュックにしまう。


両開きの扉は、開けずに透過して中に入る。

トラップを避けるためだ。


本当なら学生ズボンも脱ぎたいが、流石にパンツでは歩けない。

今日はスポーツの予定はなかった。


扉の内部は何らかのポンプがある機械室だった。


機械を回って向かいに、防火扉がある。


ポンプには日本のメーカーと日本語の注意書きが書いてあった。


防火扉を透過すると、薄暗い廊下だった。


向かいにも部屋があるが、木製の扉がついていた。

窓もあり、覗くと、会議室のようなところだ。


誠は警戒しながら近い方の突き当たりを目指す。


敵の能力は分からないが、可能なら建物の中で戦いたい。

森となると、誠の苦手なあらゆるものが揃っていた。


廊下を進むと、今までのような窓の無い内廊下となり、少し進むと、大きなのれんに男と書かれた入り口に出る。


誠でなくても風呂だと判る。


スルーしても良かったが、ガラリ、と引き戸が開くと、全裸の男が、現れた。


「待っていたぞ小田切誠。

さあ、入れ!」


かなり嫌な予感はしたが、逃げても仕方がなさそうだ。

この男が、影繰りなのは間違いなかった。


脱衣場に入ると、


「何をしている。

風呂の入り方が分からないのかな?」


「い、いや、何を目論んでいるんだ!」


男はニヤリと、笑い、


「まずは風呂に入ってからだ」


このままでは相手のフィールドで戦うことになる。


そう誠は考えたのだが……。


「それ、脱がしてやるぞ!」


「えっー!」


一瞬で、Tシャツも、ズボンもパンツもスニーカーも、周りに転がり、誠は裸になっていた。


男は、


「まだ子供だな」


誠は慌てて前を隠し、


「余計なお世話だ!

戦うなら早くしろ!」


と、恥ずかしさを隠して勇むが。


「まずは湯だ!」


投げ込まれるように、誠は硫黄泉に放り込まれた。


「ガハッ!」


と湯から顔を出し、


「何を!」


言ったとき、誠は、体中を、タコのような吸盤のある触手で押さえられているのに気がついた。


「ははは、得意の透過が出来るかね」


「えっ!」


吸盤に吸われているからか、誠は透過が封じられていることに気がついた。


「ま、まさか!」


暴れるが、体はほとんど動かない。


反発を使って触手を探そうにも、吸盤の力が強く、また硫黄泉で手足がどうなっているのかも分からないため、剥がせなかった。


ど、どうする……!


ダメージは丹田に入っているため無かったが、脱出は出来ない。


(石化しろ、誠!)


大地が言った。


肩や腕の触手は簡単に石化出来た。


だが硫黄泉の為、臍の辺りは見えない。


(あたしが見てあげるわ!)


と、偽警官。


颯太たちも手伝って触手の位置を誠に知らせて、石化は成功した。


そして。

以前の誠は石を砕く力はなかったかもしれないが、水分り神に誠は体力も大幅に強化してもらっていた。


バリン、と石化した触手を砕き、誠は湯から上がった。


「ち、聞いた通り、なかなか面倒くさい奴だな」


全裸の男はわめき、そして、笑う。


「なら触手の正体を教えてやろう」


湯気を上げる硫黄泉から、軟体動物が上がってきた。


それは奇形のタコのような、しかし熊ほどの大きさの生物だった。


「なんだ、これは……」


不気味さに、誠は呟くが。


「ハハハ、驚いただろう。

これはな、かのラブクラフトが夢想したクトゥルフの姿を、俺なりに再現した怪物だ。

手強いぞ」


誠は透過で落とそうとしたが、クトゥルフはまるで分身するように二重に像が重なり、横に反れた。


「なんだ、今のは!」


「ハハハ、邪神にはどんな物理攻撃も効かないのだ!」


透過も物理攻撃なのか?


試しに引力で壁に寄せようとしても、やはり二重にブレて、逃げてしまう。


しかも相手は熊のような大きさで、接近戦が出来ないのは明白だった。


(誠君、湯気には湯気じゃないか?)


なるほど、浴室には湯気が満ちていた。


誠は湯気を吐き、無数の影の手でクトゥルフを包んだ。


そのまま、精神に侵入するが、精神と言うほどのものはない。


設定が形を持った程度のものだ。



誠はクトゥルフをクルンと回転させ、男に襲いかからせた。


「わっ!

なんだ!

何をした!」


男は軟体動物に押しつぶされ、ジタバタしていたが、やがて動かなくなり、同時にクトゥルフも消えた。

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