12ライブ
誠は激流の川を流れるような忙しさで日々を過ごしていた。
短期間に二本のヒットを飛ばしたkiil♡とドラマで人気が爆上りのUのライブは、数日後に迫っていた。
チケットは完売しているが、オンラインなら無限に売れる。
可能な限りテレビに出て、ライブの宣伝を二人はした。
無論、YouTubeも途絶えるわけにはいかない。
遠出は出来ないから釣り堀で対決し、魚が触れない、などと大騒ぎをする。
ボルダリングはUは器用に登ってしまうがkiil♡は岩を掴む握力が無い、という事実が発覚した。
ライブ会場ではゲームで勝つとポイントが貰え、グッズが買える。
二人は様々なゲームを紹介する。
練習を終え帰宅するのは真夜中に近い。
ここまでデビューしたての二人を事務所が押しているのは、元々ツカサのライブとして押さえていた会場だったからだ。
でなければデビューが万人規模のアリーナになることは考えられない。
大穴が空くところに、穴が開くどころかお釣りが来るほどに売れてしまったのだ。
無論、事務所側もなりふり構わないほどのプッシュをしており、当日の昼間にはライブ会場でのYouTube生配信まで行われることになった。
そんな中滝田と大川はライトがスナップムービーを発注している電話番号を入手した。
誠は、無論、自分が動く暇はないため達吉に依頼し、三重県の古びた港にボロボロの工場があることを発見した。
こうしたものは、いたずらに撮影場所を摘発したところで、場所を変えて撮影が続くのはエロビデオと同じなので、主犯を探るために張り込みが続いた。
誠は、ついにライブ当日を迎えた。
その日は、少し遅めに起きて、ゆっくりとライブ会場に向かう。
昼、というかランチ客を考えて十一時からの開園だったが、アリーナ前には多くのファンが並んでいた。
レストランやゲームコーナー、YouTubeなどの会場はアリーナの外に作られており、チケットが無くても利用できる。
チケットのある人はタグをもらい、手荷物を預けて会場を回れる。
またアリーナ内にも飲食スペースはあるため、外の会場よりは落ち着いた時間も過ごせた。
至るところにモニターが設けられ、会場のイベントや集客具合、kiil♡のプロモーションビデオなどが流れていた。
イベント会場では、開演と同時にYouTubeで二人の進行をしている若手芸人が登場し、漫才やコントを披露していた。
誠たちは一時から登場し、公開YouTubeを行った。
過去のYouTubeを振り返ったり、エピソードトークをしたり、のんびりとした公開放送だ。
「Uやってるとき付け睫毛付けてるんですよ」
Uが語る。
「それが怪談聞いたとき泣いたら、取れちゃって、ヤベッ、と思いながら涙拭くふりして手で隠したんですけど、真っ黒くマスカラがついてたから手の方が黒くなっちゃって、落ちないんですよ」
その映像が流れると、誠が思うより爆笑が起こった。
やがて二人はリハーサルに入り、若手芸人が同じプロダクションのタレントとトークを始める。
ライトもいたし、映画に主演した園部優、CMで男とも女とも分からないことで話題になったノットも出てくる。
誠は彼らにも幽霊を付けた。
六時にライブは開演する。
YouTube会場にもスクリーンが設けられ、ライブの模様が流された。
誠は、根が真面目な人間だったので、可能な限りは自分でUを演じた。
誠自身なら絶対やらないことをするのは、仕事と思えば頑張れた。
ただし衣装の早変わりなどは慣れない。
タイミングをはかって舞台袖に飛び込むと、立っている誠の四方からスタッフが衣装を剥ぎ取る。
マジックテープなどでバラバラになるように初めから作られているのだ。
パンツ一枚になったところへ、別のスタッフが、新しい衣装をつける。
靴も片足づつ取り替えられる。
体中を触られるし、気持ち悪い。
またkiil♡と同時に着替える場合もあり、いくらkiil♡が少年のようなのような体つきと言っても、やはり気にしてしまう。
ライブは熱狂の内に終わり、お客さんがハケると、スタッフは打ち上げがある。
誠たちは夕食であり、スタッフは飲み会だ。
誠は、それを早々に早引きして恵比寿に戻る。
荷物は用意してあった。
これから、伊豆で水分けの神の修行をするのだ。
電車に乗った誠は、目深にニットキャップを被っていた。
眉毛は全剃りしていたが、夜なので青く浮いている、
顔はマスクで隠していたが、Uの名はそれなりに売れていた。
電車の広告でも幾つかUの笑顔が見受けられた。
ロマンスカーで箱根湯元まで行くと、駅前に大柄な男が待っていた。
「小田切誠か」
「はい。
よろしくお願いします」
これから1週間、誠は山伏に教えられ、山岳修行に入る。
初心者とは言え、かなり過酷な修行になるらしかった。
二人は軽トラに乗り、山奥を目指す。
一時間も過ぎた頃、誠は山小屋に入った。
寝られるのかと思ったら、まずは禊が必要だという。
素裸になって、奥にある滝に打たれた。
それから白装束に着替え、お経を唱え、座禅を組んだ後、やっと薄い布団の上に、誠は横になった。
寝た時間も判らなかったが、起きたのは日の出前だった。
真っ暗な山道を、提灯の光だけを頼りに登っていく。
初めは高尾山などと同じような土の道だったが、途中、道の横にある獣道のような細い道に入っていく。
手で周りの木を掴まないと登れないような急な道だ。
提灯は口で咥えた。
土の味がした。
しばらく急斜面を登ると、草だらけの細い道になり、普通に歩けるようになった。
先導する男は、朝は山伏の格好になっており、時折立ち止まっては、横を向いて般若心経を唱える。
最初は謎行動だったが、よく見ると、そこに人工的に立った状態で埋められた石があるのに気がついた。
それらに御経を唱えながら、誠たちは山を進む。
やがて辺りが微かに明るくなる頃、誠たちは山小屋に出た。
そこで男は湯を沸かし、味噌球へ注ぐ。
握り飯とともに、それを食べた。
「ここは聖なる山だ。
トイレは小屋だけでする事」
小屋を出てしばらく歩くと絶壁に出る。
一枚の岩が何十メートルも続いていた。
「ここは如来岩だ」
座って読経をする。
そして、そのまま坐禅に突入する。
足を、虫が歩く。
だけでなく、今、誠は布に紐を通した、誠でも簡単に履ける褌一枚だ。
尻の穴にも土が入りそうだった。
長い瞑想が終わると、また山を登る。
ただし道はしばらく歩くと行き止まりになる。
「ここを登るぞ」
一枚岩の絶壁だった。
山伏は軽々と登っていく。
ボルダリングはこなした誠だが、一枚岩はほとんど足場も無いように見えた。
試しに手を触れてみると、微かな起伏はあるにはある。
だが、崖は三十メートルはありそうだった。
(飛べるのに、何怖がってるんだよ)
颯太の言うのも最もではあるが……。
さすがに飛ぶわけにもいかない。岩の微かな起伏に手をかけて、足も同じように草鞋が引っかかるところに足をかける。
ジリジリと、誠は岩を登った。
1時間近くかけて、なんとか誠は崖を登った。
「なるほど。
影を使わずに登り切るとは流石だな」
「え、山伏さんは影繰りだったんですか?」
にぃ、と山伏は笑い。
「俺も風魔の末席にはいるものだ」
「そうなんですか!」
「名は疾風だ。
これよりは風魔の修行に入る。
心せよ」
よりグレードアップした修行が始まるらしい。




