【90】守る
「コスタンツォ」
声をかければ彼は殊更穏やかな笑顔を見せた。まるでこれから迎える防戦一方の戦いなど、存在しないかのように。
「皆をここから逃がすのね」
演習場を見回しながら呟く。
防衛のため、武器をかき集める者がいる一方で、戦線離脱しようとする者もいる。
演習場は騒然としていた。
「ああ。お前も一度田舎に身を隠せ」
「私はここに残るわ」
「は?何故だ!?お前は俺らに無理やり連れてこられただけで、ただ巻き添えを食っただけだぞ!」
「それでも、私を守るためにここに駆けつけてくれた人もいるのでしょう?彼らを残して自分だけ逃げるわけにはいかない」
「‥‥お前の存在そのもので救われる民だっているんだぞ」
「わかってる。でも私だって一人の人間だもの。自分で思う通り行動したい時だってあるのよ」
ヴィル様が以前言っていた台詞だな。
セリーヌはふっと口端をゆるめた。
死ぬ自由ぐらい持っていてもいいのだと、彼に教えてもらった。
「‥‥勝手にしろ」
彼は少しだけ嬉しそうに吐き捨てた。
「悪いけど、自爆したり全滅するために決死の覚悟で残るんじゃないわよ。だってこの中で皇太子の思考回路やトルメルン軍の事を一番わかっているのは、私でしょう?」
「そりゃそうだが‥‥」
歯切れの悪い回答が帰ってくる。セリーヌをどこまで信じていいのか、又はどこまで巻き込んでいいのか計りかねている顔だった。
「いざとなったら、私に任せて欲しいの。それでも、被害を最小限に抑えるためにも、戻る場所がある人は出来るだけ帰してあげて」
「わかってる」
コスタンツォは厳しい表情をふっと緩めた。
「まさか、お前と最後の運命を共にするとはな」
「だから、最後にするつもりなんてないって言ってるでしょう?」
セリーヌの言葉に、コスタンツォは力なく笑った。
「‥‥悪かった」
ん?とセリーヌは首を傾ける。
「それは、何に対しての謝罪?思い当たる節がありすぎるんだけど」
「お前を無理やり攫ってきたこと、かな。皇太子妃としての輝かしい未来を、奪った」
彼は悔しそうに俯いた。
セリーヌは彼の腕をぽんぽんと優しく二度叩いた。
「嬉しかったわよ。二度と足を踏み入れることがないと諦めていたアングラードに来ることが出来て。二度と会うことがないと思っていた懐かしい人たちに会えて」
彼が苦しそうな笑みを見せた。
「ずっと一人で‥‥頑張ってきたんだな」
「ううん。一人じゃなかった。割と幸せだったわよ、皆にも申し訳ないぐらいには」
「ああ、お前はいつだって周りから愛されて、大切にされる。豊穣の天使とは本来そう言うものだ」
彼から豊穣の天使と言われるのはむず痒いが、常に周りから愛されるというのには頷くしかない。
「本当は攫ってきたお前を無理やりにでも名実ともに俺の妻にしてしまえという意見もあったんだ。だが出来なかった。お前の意思に反して無理矢理進めれば、お前を慕う民からの信頼は二度と得られない」
「それは‥‥、踏みとどまってくれてよかった」
セリーヌが安堵の息を吐くと、彼はまた辛そうに目を歪めた。
「私は今、ただここに来られてよかったと、アングラードの人達のために自分が出来ることをしようと、心から思えるもの」
セリーヌは凪いだそよ風のように微笑んだ。
***
「「姫様」」
「マルクリッチ卿、ジャコーザ候」
「儂らはここに残ります。最後まで姫様を守らせてください」
前に進み出た二人にセリーヌは眉を顰めた。
「それはダメよ。みんな、領地に残してきた家族がいるでしょう?すぐに家族の元に戻りなさい」
「ですが‥‥」
「私は残ります」
一瞬視線を彷徨わせたマルクリッチに対し、ジャコーザがすかさず申し出た。
「金鉱の採掘監督から身を引いてからはこのかた、特にすることもなし。今では子供達も皆成人し、家に帰っても待つ者もおりません。一人身軽な身、どうか姫様のお側に残らせてください」
そして勝ち誇ったようにマルクリッチに視線を流す。
「其方は郷土に家族をたくさん残してきただろう。早く帰って安心させてやれ」
「抜け駆けはずるいぞ!」
セリーヌはマルクリッチに視線を移した。
「ジャコーザ候の言う通りよ。無駄に命を懸ける必要はないの」
それから演習場全体に向かって声をあげる。
「皆も、聞いて」
それは決して大きな声ではないが不思議と良く通り、一瞬にして皆が手を止め耳を傾けた。
「私達は無駄死にするつもりはないし、私はただあなた達に守られるだけのつもりもない。私なりにあなた達を守るつもりよ。でもそれには限界があるの。むやみにここに残られては、守れるものも守れなくなる。だからどうか、逃げるのを躊躇わないで。ここから離れて」
武器の用意をしていた者達が戸惑うように顔を見合わせる。
セリーヌはさらに訴えた。
「この戦いが全てではないし、アングラードは滅びない。これからも続いていくの。だから。生きて、生き残ってこれからのアングラードを紡いていく人が、必要なの」
「わかったか。家族がいる者は皆家に戻れ。これは王女からの命令だ」
隣でコスタンツォが低い声で続けた。
この屋敷に来てからコスタンツォと話す時間はそう多くはない。それでもこうやって、必要な時にお互いが考えていることがわかる、近しくて家族のような、頼れる人なのだと、改めて思い知った。
「‥‥ありがとう」
コスタンツォに声をかければ、
「それはこっちの台詞だよ」
優しく微笑まれた。




