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【8】侍女生活とアデリーナ皇女



 リリアの覚悟とは裏腹に侍女としての生活は想像以上に順調で、充実した日々だった。


 侍女は掃除も洗濯も料理もしない。

 給仕したり、着替えを手伝ったり髪を整えたりするだけだ。

 ただ、「着せるだけ」と言っても奥は深い。ドレス一つとっても集まりの内容や相手によって変わるし、宝石などは更に様々な意味を持つ。

 まだ成人していない皇女様に仕えるだけでは覚えられない部分も多く、その時は皇后陛下の侍女について教わることもある。覚えることが多い日々は楽しいものだった。


 とはいえ、腐っても元王女。国が違えど大きく変わるものではなく、リリアにとっては軽い復習のようなもので。

 晩餐会だのお茶会だの、もろもろの謁見の位置づけ。それに合わせるドレスの種類。宝石の種類とその意味‥‥。どれもすでに知っているものばかり。

 リリアは初めて聞く体を装いながらも、あっという間に会得してしまった。

 おかげで、「呑み込みが早い侍女」との認識を持たれてしまったのはちょっと困っている。

 ‥‥いつかボロが出る気がするからだ。


 リリアには、さらに、皇女殿下の教育係として相応しいかどうかの確認試験が課せられた。

 どんなことをさせられるかと戦々恐々としていたリリアだったが、連れて行かれたのは小さなダイニングで、ただ侍女頭と向かい合って一緒に食事を摂るだけ、だった。

 時折簡単な質問をされ、それに答える。その内容も決して時事問題とか難しいものでもなく、たわいのない世間話のようなものであった。


 食事を全ていただき食後の紅茶を飲み終わると、侍女頭はニコリと笑った。

「皇后陛下のお眼鏡に適うだけの力量ですね。貴方にはアデリーナ殿下の指南役になっていただきます。難しいことではありません。ただ時折食事やお茶をご一緒したり、殿下のふるまいで気づいたことがあった際にお声がけするだけです」

 どうやらリリアは試験に合格したらしい。


 こうしてリリアが仕えることとなったアデリーナ皇女は、裏表のなく聞き分けのいい、素直で愛すべき性格をしていた。

 癇癪を起すこともないし、講義を嫌がることもない。使用人にも笑顔で接してくれる。

 主人が良い人であることに安堵しつつも、リリアには気になることもあった。

 皇女殿下の聞き分けが、‥‥良すぎるのである。


 自分達侍女は基本静かに後ろに控える。

 慇懃丁寧に授業を行う教師の講義が終わった後、アデリーナ殿下の話し相手になる者はいない。

 自分達侍女に話しかけられれば差し障りのない程度に答えるが、話を広げたり自身の事を話すのは不敬にあたる。

 あのおしゃべりなイルマでさえ静かに壁際に控えているのだから。

 自分の立場を理解している皇女は、少ない自由時間を一人静かに過ごしていた。


 そんなアデリーナにとって夕食は家族との楽しい会話がはずむ時間のはず、だった。

 しかし、忙しい兄達や皇帝である父親は付き合いの晩餐も多いのか、滅多に顔を出さない。皇后である母とのおしゃべりが唯一の息抜きのようだが、その皇后すら公務でいないことも度々だった。

 料理のサーブを終えたリリアは壁際に立って気配を消しつつ、皇女一人の静かな夕食を眺めていた。


 なんと言うか‥‥。

 いい子すぎる。

 リリアは自分が十歳の頃を思い出していた。


 国の規模が違うとは言え、王女にしては相当自由にさせてもらっていた。今思えば周りにかなり無理をさせてしまっていたかもしれない。

 まあそれはそれで特殊な状況かもしれないが、それにしても皇女殿下は周囲に気を使いすぎる。

 このままでは彼女の良さが消えてしまう気がする。

 しかし一介の侍女であるリリアに何が出来るのか‥‥。


 教育係と言っても週に二度、食事やお茶をご一緒するぐらいで、それだって作法を身につけるためという目的を考えたら砕けた話などできない。

 おせっかいなのはわかっているし、越権や不敬にならないよう充分気をつけなければならない。


 考えに耽りながら、一緒にお茶をいただく日を迎えた。

 リリアは皇女殿下の前に紅茶をサーブすると、静かに殿下の斜め向かいに座った。

 マナーの日と言っても、いつもなら側に控えるところを向かいに座って一緒にお茶をいただく、と言うだけだ。


「殿下は最近どのような本を読まれたのですか?」

 これぐらいの会話なら社交を学ぶと言う目的の中で許容範囲だろう。リリアは慎重に話題を選びながら口に出した。


「トルメルン建国史よ。古い言葉が多くてなかなか…」


 ‥‥それは授業で使う教科書であって、読書とは言わない。


 鬱屈した日々がどこかで爆発してしまわないだろうか。そんな不安に駆られ、あえて口に出した。

「まあ、素晴らしいですね。私が殿下の年には『ピーナッツ姫の大冒険』や、『ちびくまのお友達』なんて言う子供の本ばかりを読んでいましたのに」

 この二つは国を超えて人気の児童図書であり、読み込まれた様子のこの本をアデリーナの部屋で見かけたことがある。


「‥‥ちびくまのお友達、私も好きです」

 つられるようにアデリーナがぽつりとつぶやいた。


 自身に友達が作れない分、勇気を出して友達を作っていくちびくまの様子に自分を重ねて楽しんでいるのだろうか。


「人見知りのちびくまくんがリスさんやカエルくんと仲良くなっていく様子は読んでいて元気が出ますよね」

 にっこり笑うと、アデリーナは恥ずかしそうに頷いた。

「ところで殿下、このちびくまくんに最近続編が出たのはご存知ですか?」

 リリアの声かけに、アデリーナは目を瞬かせた。

「本当?」

「ええ。たしか、『ちびくま街へいく』と言うタイトルだったと思います。私もまだ読んだ事はないのですが‥‥」

「そうなの?‥‥お母さまにお願いしてみようかしら」

 アデリーナは頬を染めながら嬉しそうに呟いた。こんな可愛らしくねだられたら百冊ぐらい買ってしまいそうだ。


 数日後、例のその続編を夢中になって読んでいるアデリーナの姿を見つけ、セリーヌはほくそ笑んだ。


「リリア!教えてくれてありがとう。この本すごく面白かったわ」

 翌週のマナー講習の昼食時、アデリーナは目をキラキラさせてリリアに駆け寄ってきた。

「それはようございました」

 久しぶりの子供らしい笑顔にリリアの顔も綻ぶ。


「リリアも読むでしょ?貸してあげる!」

 ようやくの年相応の笑顔に水を差すのは忍びないけれど、その申し出を受けるわけにはいかない。


「せっかくのお気遣いですが、まさか殿下から物をお借りするわけには参りません」

 侍女としての立場を踏まえた答えに、アデリーナは悲しそうに眉を下げた。


「ですからどのようなお話だったか、教えていただけますか?」

 悪戯っぽく笑うリリアに、アデリーナはパァッと顔を輝かせ、身振り手振り話を始めた。

 初めて森を出て街に行くちびくまくんの姿は、ほとんど城を出たことがないアデリーナと重なるところがあるのだろう。

 頬を赤らませながら話し続ける皇女殿下を微笑ましく見守りながらも、リリアの胸が少しだけ痛む。


 ‥‥ひょっとしたら、自由を手に入れてしまった自分の方が幸せなのかもしれない。


 そんなリリアの想いに気づくことなく、アデリーナは楽しそうに話し続けた。

 初めは行ったり来たりと辿々しい説明も、興が乗ってくるとだんだん熱が入り、上手になってくる。


 リリアはアデリーナが話を夢中になり過ぎて食事がおろそかにならないよう、途中上手くリードしながら、それを聞いていた。


「あっという間に時間が過ぎてしまいましたね」

 昼食の終了とともに声をかけると、アデリーナは寂しそうに肩を落とした。

「ちびくまちゃんがぬいぐるみと間違われて連れ去られたところで終わってしましましたから、次回は是非続きをお聞かせくださいませ」

 リリアはニコリと声をかけた。


「私も楽しかったけど‥‥。話をしてばっかりでお作法の練習にならなかったかしら」

 アデリーナは心配そうに訊ねる。

「御心配には及びません。会話の際、ただ微笑んでうなずくだけなら誰にでも出来ることです。難しいのは気品を保ちつつ、相手の興味を惹くような会話をすること。そのためには、今日のような場はよい練習になったと思いますよ」

 アデリーナはホッとしたように頬を緩めた。


 ちなみにそれからしばらくした後、リリアは街の本屋で同じ本をこっそり購入した。

 アデリーナから全てあらすじを聞いてしまったけれど元々大好きだった本だし、読み終えた後はクリスへのお土産にすればいい。

 その後のお茶の時間に読んだ感想を伝えると、アデリーナはやはり喜んで食いついてきた。


 次回はピーナッツ姫にかけてナッツを使ったお茶菓子を用意してお茶会をしましょう、などと約束をしてマナー講習をお開きにする。

 気づけばリリアは侍女兼マナーの教師という立ち位置に加え、どうやら友人枠に認定されたようだ。

 皇女殿下の表情が少しずつ豊かになっていくのが嬉しく、一方で作法の講義がこんな緩くていいのだろうかとさすがに不安になる。


 そんな不安に侍女頭ははっきりと言い切った。

「よいのです。リリアなら。いい塩梅の会話を促してくれるでしょう。これがイルマなら羽目を外しすぎて大変なことになるから到底認めることはできませんが」


 なるほど。

 日ごろの行いが良くてよかった。幼い皇女のあどけない笑顔を独占できる役得にリリアの(まなじり)が下がった。


アデリーナ皇女殿下も、いい子‥‥。

みんなみんな、いい子!?

いえいえ、これからいろいろ起こります。

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