【39】誕生日
ゲオルグをとっ捕まえてきっちり話を聞かなきゃ、と息巻いてから早十日以上。
リリアは全く彼と会えていない。
それはそれとして。
ふう、と小さくため息を吐いた。
明後日、霜月の四日はセリーヌの誕生日だった。誰にも言えない本当の誕生日。
ペルトサーリ家では、当然ながらリリアの誕生日に合わせて盛大にお祝いをしてくれた。
その上で本当の誕生日にも、義母がクッキーを焼いてくれ、マーサがこっそり小さなプレゼントをくれるのが通例だった。
‥‥今年は、一人か。
小さくため息をつく。
お義母様のクッキーは無理でも、街に買い物に行ければ、一人で小さなお祝いぐらい出来るのに。
街に買いに行く暇‥‥、ないわよね‥‥。
あー。
ここに、売りに来てくれないかな。
お城で働く人は皆それなりに賃金ももらっている。なのに買いに行く暇がないのだ。リリアだけじゃない。
あれ?
だったら、ここに売りに来てもらえばよくない?
突如閃いてしまった。
「そうよ!商人に来てもらって、お店を開いてもらえばいいのよ!」
思わず一人で声を出してしまう。
我ながら最高に頭いい!
食堂なんて空いたスペースあるから、臨時の売店を出してもらえればいいんじゃない?
頼む部署って、やっぱり庶務班?
自画自賛しながらうきうきと部屋を出て歩いていると、向こうからロードリック(弟)が歩いてきた。
「どうしたの?やけに機嫌いいじゃん」
「あらダンヒル様。お久しぶりです」
ご機嫌なままに礼をする。
「何かいいことでもあった?」
「わかります?実は‥‥」
くふふと怪しい笑みを浮かべながら城に売店を出すという思い付きを話すと、案の定ロードリックも眼を輝かせて食いついてきた。
「なにそれめっちゃいい!」
「でしょ?私はねぇ。小菓子とか、便箋とか、置いて欲しいんです」
「僕は絶対お酒!」
「お酒?食堂で飲めるじゃないですか。給料からは引かれるけどそんなに高くはないはず」
リリアの質問に、ロードリックはぶすくれた。
「そうだけどさ〜。部屋でのんびり飲みたかったりするじゃん?」
「確かに‥‥。私もお部屋で一人クッキーとか食べたいな~ってのが始まりだったもの」
「とにかく、行こう!頼もう!」
すっかりその気になったロードリックがリリアを引っ張るように庶務班に連れて行った。
「すみませーん。ちょっとお願いがあるんですが‥‥」
なんでしょう、と、お疲れ気味に目の下に隈を作りながら出てきた女性に、さらに仕事を増やしていいのかとびくびくしながら話を切り出す。
しかし予想に反して、彼女の眼もキラキラと輝きだした。
「売店!?いい!それ、すごくいいです!すぐ呼びましょう。明日来てもらいましょう!」
「俺!俺!すぐに打診します!」
隣の男性も駆けだしそうな勢いだった。
‥‥早いな。
どんだけ飢えてるの?
さすがのリリアもちょっとドン引く。
「俺、煙草!煙草は絶対入れて欲しい!」
後ろで盛り上がる声も聞こえる。
もはや、リリアが何かしなくても、勝手に進んでくれそうな勢いだった。今まで提案した中で一番感謝されているかもしれない。
嬉しくなって足取り軽く執務室に戻った。
鼻歌交じりに部屋に戻ると、ちょうど帰ってきたヴィルフレードとかち合った。
「ずいぶん楽しそうだな。さっきダンヒルと歩いていたようだが」
「わかります!?」
不機嫌そうな声に気づくこともなく、リリアは先ほどの勢いのまま前のめりに報告してしまった。
「さっき突然思いついて、庶務班に頼みに行ったんですけど。なんと!売店を開いてくれることになったんです!食堂の隅に!」
その勢いに気圧されたように、ヴィルフレードが後じさる。
二人楽しそうに並んで歩く姿に、理由もわからずイライラしていたのに、純粋に目を輝かせて語られ、もやもやも吹き飛んでしまった。
「‥‥まあ、楽しいのはいい事だ」
「はい!」
気が抜けたようなヴィルフレードを背に、リリアは元気よく書類整理に戻っていった。
***
そして、翌日の、午後。
リリアはこれ以上なく凹んでいた。
執務机の前に座り、わかりやすく頭が垂れている。
最近の彼女は割と感情をストレートに表してくれるようになったとはいえ、ここまでになるのは珍しい。
「どうした?ずいぶん落ち込んでるようだが」
ヴィルフレードはサインする手を止めた。
「売店が‥‥。せっかく来てくれたのに。みんなが殺到して」
「人気なのはよかったな。提案した甲斐があるじゃないか」
「それは嬉しいんですけど‥‥。あっという間に売り切れ状態で、商人の方、お店閉めて帰っちゃって‥‥」
はあ。
ヴィルフレードはぽかんと彼女を見る。
「‥‥で?」
「‥‥買えなかったんです」
は? ヴィルフレードの呆れた声が漏れた。
「必要なものなら支給して貰えばいいだろう」
「必要なものじゃないから自分で買うんですよ!」
彼女は力説するが、ヴィルフレードには理解できなかった。
「必要ないなら問題ないじゃないか」
ヴィルフレードらしい合理的すぎる回答に、リリアは恨みがましい視線を向けた。
「必要なくても欲しいから凹んでるんじゃないですか」
「‥‥何が欲しかったんだ?」
「‥‥クッキー、です」
ヴィルフレードは完全な呆れ顔になった。
「そんなもん食べるぐらいなら昼飯もっとたくさん食えばいいだろう」
いつもちんまりしか食べないくせに、と言外に聞こえる。
「それとこれとは別物なんですぅ」
リリアはむくれて返した。
「まあまた売店は来るんだろう?」
「‥‥はい。三日後に」
「その時買えばいいじゃないか」
それじゃ間に合わないんです‥‥。
リリアの小さな呟きは、何故かヴィルフレードの耳にしっかりと届いた。
***
翌日。
軍本部からの帰り、ヴィルフレードは目抜き通りでぐるっと辺りを見回した。
「この辺に菓子屋はあるか?」
突然の問いかけに、侍従はこれ以上ないほど目を見開いた。が、さすがのプロ意識で、次の瞬間真顔に戻る。
「人気のお店はいくつかありますが。買ってきましょうか」
ヴィルフレードは素早く脳内で考えをまとめていた。
彼女のおかげで仕事はずいぶん楽になっているし、昨日買えなくてずいぶん落ち込んでいたしな。たまには土産ぐらい買ってもいいか。
‥‥ただの言い訳だということに自分自身気づいていない。
ましてやこれまでの人生で女性にプレゼントなど一度もしたことがないと気付かないまま。
「ああ、頼む」
「どのようなものをお望みでしょう」
ヴィルフレードは適当に誤魔化し(たつもりで全くごまかせていない)、言葉を選んだ。
「そうだな。あまりたくさん食べる人ではないから小さいお菓子がいいか。クッキーなど、いいかもしれない」
あまり食べない‥‥。
間違いなく女性だ。
そしてそれは、いつも一緒に昼食を摂るリリア嬢以外にはありえない。
侍従はニヤケそうになる顔を何とかキープして、必死の真顔で答えた。
「かしこまりました」
確か近くに可愛らしい薔薇の形のクッキーを売っているお店があったな。うん。あれにしよう。
主の遅すぎる春に思いを馳せつつ走り出した。
***
「土産だ」
執務室に帰ってくるなり、ヴィルフレードはリリアの方も見もしないでぽいと箱を渡した。
「え?」
それは綺麗なリボンに包まれた小箱。私に、と言うことだろうか。
その戸惑いを見透かしたように、ヴィルフレードが悪戯っぽく笑った。
「昨日、クッキーが買えなかったと泣いていたろう?」
「泣いてはいませんが!?」
リリアの抗議にヴィルフレードの笑顔がさく裂した。
しまった。まずはお礼を言わなければ。
「あ、ありがとう、ございます」
慌てて頭をさげ、まじまじと箱を見つめた。
「あの。‥‥開けてみても?」
おずおずと切り出した。
「かまわん」
リリアはそろりとリボンをほどいて蓋を開けた。
そこには、精巧に薔薇をかたどったクッキー。
こんな繊細な小菓子を見たことはなかった。
「きれい」
ほうっとため息が漏れた。
「ありがとうございます」
改めて、ふわりと笑う。
「ま、いろいろ改善してもらって助かってるからな。その礼だ」
ヴィルフレードは顔を背けながら言い訳のように呟いた。その耳が僅かに色づいている。
「きれいすぎて、食べるのがもったいないぐらいですね」
そう言いながら一つつまんでパクリと口に入れる。
「いや、もう食べているが!?」
「はっ!!」
言動と行動の乖離に気づいて真っ赤になるリリアを見て、ヴィルフレードが声をあげて笑った。
その様子をドアの横で侍従は呆然と眺めていた。
あの殿下が、声をあげて笑っている。この衝撃を今すぐにでも同僚と分かち合いたい。でもきっとバラしたと知られたら殺されるかもしれない。うん、黙っておこう。誰だって命は惜しい。
思考が忙しい侍従に気づくことともなく、リリアは溶けるように微笑んだ。
「ありがとうございます。部屋でゆっくりいただきますね」
***
夜、一人でクッキーを見つめる
結局誕生日にクッキーをゲットしてしまった。
アングラードではいつも盛大に祝ってくれた家族や使用人達。
彼らを殺した、皇太子。
その本人から差し入れられた、小菓子。
さらに見つめた後で、小さく息を吐いた。
‥‥お菓子に罪はないか。
しみじみと眺めた後、再度蓋を開ける。
美しく形どられたクッキー。
改めて口に入れ、噛み締めた。
ペルトサーリのくるみ入りクッキーの素朴な味とは全く違う。洗練された上品な味。
素朴なクッキーが懐かしいとも思う。
けれども。
昼間のやり取りを思い出し、ほんわりと心が温かくなってしまう自分がいた。
売店売店♪
浮かれても、買えませんでした。
ヴィルフレードからの初めてのプレゼント。




