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【3】子爵家

だいぶ長め?です。

一話にいろいろ盛り込んでしまいました。



 長い長い旅を終え、馬車はとある領主邸に止まった。

 明らかに商人に見える空の荷馬車は、伯爵邸に入るのにかえって都合がいい。

 アル夫妻は通用口から堂々と馬車のまま入っていった。

「いらっしゃい」

 裏口から手を拭きながら使用人がパタパタと出てくる。


 アルは帽子をとって頭を下げた。

「ドルンから来たアルが来たと、伯爵様にお取り次ぎください」

 

「‥‥!!少々、少々お待ちください」

 それだけで伝わったのだろう。その使用人は真剣な表情になると踵を返して焦るように屋敷の中に入っていった。

 セリーヌはもう一度身だしなみを整える。

 髪色はくすんだ榛色になっている。この国の町娘風のワンピースにも違和感はない。


 ‥‥この屋敷の主人は一体どんな反応をするのだろう。

 万が一の時には逃げられるよう、靴紐も締め直した。


 やがて、遠くからパタパタと足音が近づいてくる。

「姫さま!?」

 懐かしい、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「マーサ!」

 セリーヌは思わず荷台から飛び出した。


 まさかこの地で懐かしい顔に会えるなんて。

 セリーヌは張り詰めていた緊張が一気にほどける気がした。


「姫様!よく、よくご無事で‥‥」

 それは城で長年仕えてくれていた筆頭侍女だった。

 家の都合で城を辞したと聞いていたのに、ここに来ていたとは。


「マーサ!マーサ!父さまが。母さまが‥‥」

 緊張の糸が切れたように、セリーヌは溢れる涙をこらえきれず、マーサの胸で泣きじゃくった。

「大丈夫、もう大丈夫です。よくここまで来られましたね」

 マーサは何度も何度も、セリーヌの背を優しく撫でた。


 ***


 ようやく落ち着いたセリーヌを、マーサは手を引いて屋敷の中に案内した。

 手入れの行き届いた室内には、所々に花が飾られ、丁寧な暮らしぶりが透けて見える。


 道すがらセリーヌはマーサに尋ねた。

「ここは?」

「ペルトサーリ子爵家の領主邸です。姫様はこれからここで暮らすのですよ」

「‥‥ここで?」

 セリーヌは途端に不安に陥る。


 国王である父がセリーヌを預けるべく内々に打診していた相手は、小さいながらも領地を持つ帝国の貴族だった。片田舎の小さな土地とは言え子爵の身分で領地を持っているのは珍しい。


 アングラード王国では王族の証とまで言われるセリーヌの銀髪と青紫の瞳。この帝国では貴族でも同様の色合いの者はいるが、平民には存在しない。隠すには貴族の中に溶け込ませるしかないと考えたのだろう。

 しかしこんな離れた土地ですらアングラード王国の滅亡と王族たちの処刑、そして奇跡の力を持つ王女の行方不明のニュースが伝わってきているのは、道中の宿でのうわさ話でも耳にしてきた。

 そんな時に王女と同じ髪色の養女をとるなど、皇室に怪しまれるだけだ。

 敵国の王女を匿うことで見知らぬ子爵家を危険にさらすわけにはいかない。


 黙り込んだセリーヌの考えを読んだように、マーサは微笑んだ。

「姫様は状況を十分にご理解された上で案じられているのですね。でもご心配には及びません」


 それでもまだ尻込みをするセリーヌを促し、子爵夫妻の元に連れていかれた。


 ‥‥彼らを一目見たセリーヌは思わず息を飲んだ。


 銀色の髪と青紫の瞳を持つ子爵。子爵の瞳の色の方がセリーヌより若干薄いとはいえ、全く同じだ。しかも夫人の顔形はどことなく自分に似ているような気さえした。


 どういうこと?

 自分はあの両親の実の子ではなかったの?

 ここに実の両親がいたの?

 一瞬そう思える程に。


 ペルトサーリ子爵はセリーヌの様子を見て愉快そうに頬を緩めた。

「驚かれましたか?私も初めてお見かけした時は驚いたものです。この国でもあまり多くないこの髪色に加えて同じ瞳でしょう。おこがましい話ですが雰囲気までなんとなく似ている気もして」

 子爵は目を細めて優しく微笑む。

「あの…?」

 訝しげに首を傾げるセリーヌに、子爵夫妻は説明を始めた。


「私達には以前、リリアと言う娘がおりました。姫様とちょうど同じぐらいの年の。髪も眼も、同じように銀色と青紫でね、我が子ながら可愛らしい娘でした‥‥」

 

「身体が弱くてね。長くは生きられないと言われていたんです。いろんな医者に見せたけれど原因も治療法もわからなくて。だからせめて出来るだけ穏やかに過ごせるようにと、気候の穏やかなアングラード王国に療養に行かせていただいたこともあったのですよ」

 セリーヌは黙ったまま耳を傾ける。


「あの時、国王様には大変よくしていただきました。隣国の貧乏子爵家にも関わらず。娘を不憫に思ってくださってね。たまたまお目にかかる機会があって、娘と同じような年頃で同じ髪色なので余計に他人事に感じられないと」

「帝国では手に入らない貴重な薬も優先的に回していただいて。姫様も時々顔を出してリリアと遊んでくださったのですよ。覚えています?」


 優しい父だった。他国の弱小貴族にも見境なく手を差し伸べるほどに。

 その優しさが国の危機を招いてしまったことは否めない。


 セリーヌは思い返していた。そう言われれば昔、同じ髪色の女の子と仲良くなった記憶が、ある。

 自分とよく似た雰囲気の子だった。

 外で遊ぶことはほとんどなかったが、おとなしいながらも優しい子で、話をするのが楽しみだった。いつの間にか会いに行くことはなくなっていたが、それは自領に帰ったからだったのか。


「国王陛下のおかげで、八つまでは生きられないだろうと言われていたリリアはそれから二年も長く私達の元にいてくれました」

 子爵の妻であるヘレナ夫人も口を添えた。

「リリアを看取った時、私達から国王に密かに申し入れをしたのです。娘の死を隠し、療養していることにすれば万が一の時に姫様を守る盾になるんじゃないかと」

「そんな前から王国が亡びる予兆があったのですか!?」

 あまりにも用意周到な話に驚きを隠せなかった。


 夫人はコロコロと鈴の音を転がしたような声で笑う。

「まさか!」

 それから子爵は額に皺をよせ、低い声で伝えた。

「当時、すでに姫様の祝福の力は各国に知れ渡っていましたから。姫様自身が攫われて危険な目に合うという心配だったのです」

 ああ。

 セリーヌには思い当たることが幾つもあった。

 街には気軽に出させてもらっていたが、他国との顔合わせやパーティーなどからは徹底して遠ざけられた。

 あの、和平協定を結ぶ気などさらさらなかった帝国の皇太子の形だけの訪問時にさえも、セリーヌをどこに立たせれば一番見えづらいかと真剣に議論されていたことも知っている。もちろん晩さん会なども全て欠席することは決定事項だった。


「でしたら、私を迎えることは自国の皇室に背く形になってしまうのでは?」

 このまま子爵の申し出に甘えたら、彼らを帝国内の裏切者にしてしまう。


「そうですね。ですから話し合いました。何度も何度も」

 子爵は真剣な表情で首を縦にふる。

「いざ露見した場合、私達だけでなく、跡を継ぐ息子にも迷惑がかかってしまいますから」


 息子さんがいるのか。だったらなおさら自分はこの場にいるわけにはいかない。

 立ち上がろうとしたセリーヌを夫人が押さえた。


「ですが、息子とも相談して決めたことです。身体の弱い娘にかかりっきりで領地に引きこもった私達を優しく迎え入れてくれたのはアングラードの方々でした。アングラード王が薬を優先してくださったことであの娘の痛みがどれほど和らいだか」

 一息入れて夫人は続ける。

「姫様もです。祝福の力を私達にも惜しげもなく使ってくださいました。この冬は寒くなるから薪を大目に準備してね、とか、明日は晴れるからとピクニックの計画をたててくださったり。リリアがあんなに楽しそうだったのは、初めてでした」

 遠い目をした夫人は少し悲し気で、けれどとても優しい表情をしていた。


「でも‥‥」

 なおも躊躇するセリーヌに子爵が微笑みかける。

「この子爵領がここまで保てたのも姫様のおかげなのです。当時姫様が導いてくださったから、収穫も十分でなく苦しんでいたこの領地もなんとか生活できるレベルに持ってくることが出来たのです」


 そして、厳しい表情を作る。

「どうか、どうか覚悟をお決めください。王女と言う身分を捨てて、私達の娘として生きていくか。それともどこかで隠れて息をしながら王女として復讐の機会を伺うか。もし私達の娘となるのであれば、今後、アングラードの再興を願うことも王女を名乗ることも二度とできません」


 その真剣な表情にセリーヌは全てを悟ってしまった。

 ああ。そうか。

 お父さまは全てをわかって私をこの人に託したのだ。

 一度この家の娘だと名乗ってしまえば、二度と王女だとは名乗れない。そんなことをしたらこの優しい夫婦の一家を壊してしまうから。

 そこまで計算しての、根回しだったのだ。

 それでも躊躇してしまう。


「‥‥私を娘に迎え入れることで、子爵様の利になるようなことは何かあるのでしょうか」

「‥‥ないですよ、何も」

 ぽつりと、予想通りの言葉が返ってきた。


「では、何故?」

「もちろん、姫様を育てるための金品を多少はお預りしています。けれどもリスクと比べたら考えられないでしょう。ですが」

「姫様のお姿を見ていて、お力を間近で見させていただいて、貴方様を失わせてはならないと感じたのです。天気を読む力、国民を愛する力、神に与えられた力。この国、いや、この大陸の人々にとってなくてはならない力です。そのためなら愛しい娘の死を隠すぐらいのことはできる、と」

「きっと姫様を助ける一助になってリリアも喜んでいると思いますよ」

 夫人も言葉を添える。


「‥‥もし、私の身元が判明してしまった時、子爵様たちが助かる道は」

「ありません」

 きっぱりと断言されてしまった。

「それでしたら」

「それでも。姫様を守りたいのです」


 ご夫妻の覚悟に視界が滲む。

「姫様にはお辛いことだと思います。ご家族を捨て、新しい身分で生きなければならないのですから。ですが、国王様、御父上がどのような思いで私達に頭を下げられたか、よくお考え下さい」

 セリーヌの眼からはとうとう涙が溢れて止まらなくなってしまった。

 おそらく、両親と兄の生存を望むことはできないのだろう。

 だとしたら、自分に残された選択肢は一つだけだった。


「はい。‥‥はい。どうぞ、よろしくお願いします」

 セリーヌは深々と頭を下げた。


「頭をお上げください、姫様。いえ、今この瞬間からは、リリア、貴方は私達の娘です。よろしいですね?どうか、どうか私達の為にも、過去の身分をお捨てください」

 様々な感情が溢れ出して崩れ落ちそうになるセリーヌを子爵夫人が優しく抱き留めた。



ちょっとだけ一息つける内容でしょうか?

これからどんどん幸せに‥‥なるといいな。

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