【21】多忙な日々
特使団の受け入れ準備で補佐室は相変わらず多忙だった。
リリアも日程短縮を進言した身として、ひたすら手伝った。とはいえ、周囲の同僚とは知識も経験もけた違いなのだ。出来る仕事など限られるが、この部署には新人でも出来るような雑務も山程あった。毎日が目の回るような忙しさだが、この部署の仲間になれた気がするのはちょっと嬉しい。
おかげで以前イルマに指摘された通り、最近は若干女を捨てている気がしないでもない。
そして時折、皇子付きの侍女がこっそり紅茶やお菓子をサーブしてくれる時の憐みに満ちた視線が気にはなるが。
今リリアが携わっているのは、特使団が視察するパレードのルートや催し物の確認など。
そんなリリアに、カクタスが提案してきた。
「ねえ、せっかく共和国の人が見に来るんだから、今年は建国祭の開催期間を長くしない?」
「え‥‥?」
「催し物を多くして、出店や屋台の期間を二日長くするのはどうかと思って」
お祭りをより盛大に行うための提案だろう。
しかしリリアは考え込んだ。
二日。
もしも祭りを二日延ばすと、最終日のパレードが嵐にぶつかってしまう。
リリアは慎重に言葉を選びながら答えた。
「期間を延ばすより、一日の催し物を増やした方が華やかになると思います。例えばパレードの踊り子たちの人数を増やしたり、出店の数も増やしてもいいかもしれません」
「確かに」
カクタスはふむふむと頷いた。
先輩職員にこうやって対等に意見できるところがこの部署のよいところだと思う。
「いいね、その案。よし、それでやってみよう」
そして後輩の意見もこうやって柔軟に取り入れてくれるところも嬉しい。
「じゃあちょっと掛け合って…って、皇太子殿下ではありませか!」
カクタスの声に驚いてリリアも顔をあげた。
そこには、相変わらず考えていることが読めないヴィルフレードが無表情のまま立っていた。
いきなりの至近距離での対面に、リリアの顔が強張る。
しかし周囲の同僚たちは、礼はとるものの特段驚いた様子もなく、慣れた感じで声をかけた。この部屋にも時折顔を出しているのだろうか。
「皇太子殿下、何か御用ですか?必要なものがあればこちらからお持ちしますのに」
飄々と声をかける室長は相変わらずの通常運転だ。
「特使団の受け入れを早めたと聞いて、様子を見に来た」
「ああ、そうなんです。十日ほど早めまして。このペルトサーリ嬢が言い出したことなんですよ。せっかくなら建国祭も見ていただこうと」
言わなくていいことを伝える。人の手柄を横取りしようとしないところが室長のいいところであり、今回に限っては残念なところでもある。
「ほう」
ヴィルフレードの視線がリリアを捉え、眉を顰めた。
「‥‥ずいぶん疲れた様子だが?」
まるでリリアの体調を案じているかのような発言に、室内の誰もが驚いた。
カクタスなど呆然とした顔で口をパクパクさせている。
リリアもあまりの驚きに一瞬頭が真っ白になったが、次の瞬間、我に返った。
なんだか知らないけど、いい機会かもしれない。
よし。この機会に言ってしまおう。
なんせ。
ここに配属されてから、まだ一度もお休みをもらえていないのだから!
リリアは丁寧に腰を折り、わざとらしいため息をついた。
「お気遣いありがとうございます。実はお休みがなかなか取れないため、約束していた皇女殿下のマナー講義にも行くことが出来ず心苦しくて‥‥」
「お休みに、講師?」
ヴィルフレードの眉がぴくりと動く。
「それは休みとは言わないな」
お。この人、意外とまともなことを言う。
そう!そうなんですよ!
「はい。ですが、配属がこちらに移ったからにはそうせざるを得ないかと‥‥」
表面上は静かに項垂れるように訥々と答える。
と、ヴィルフレードがくるりと振り向いて声をあげた。
「おい!室長。アデリーナの講師だ。この者がアデリーナへの講義の時間が取れるよう調整してやれ。休みではなくて業務だ」
良く通る声で言い残すと、そのまますたすたと部屋を出ていった。
全員ぽかんとした顔で見送る。
一体彼は何をしに来たのだ。
「‥‥あの。皇太子殿下とはどのようなご関係、で?」
室長がおずおずと尋ねてきた。
いきなり敬語になってますけど!?
「全くの無関係です!ほとんど話をしたこともございません!」
リリアは必死で弁明する。
「おそらく私がそれほどまでに疲れた顔をしていたのでしょう。まだまだ皆さんのペースについていけず申し訳ありません」
頭を下げると、あからさまにホッとしたような息が漏れた。
「なんだ、そっか。ごめんね、気づかなくて。ペルトサーリ嬢はずっと療養していたんだったね。休み、ちゃんと作るよ」
「ありがとうございます」
「皇女様も怒らせちゃったかなぁ。もしかして皇太子殿下が来たのはそのせいかも。やばいな」
室長が困った顔で頭を掻く。
家族のお茶会にも全く顔を出さない男がそのためだけにわざわざこちらに出向くとも思えないが、そう勘違いして時間を調整してくれるならありがたい。
「室長も意図していたわけではありませんし。大丈夫だと思いますよ。でも念のため、皇女殿下とは良好な関係を築けていますから、次にお会いした時にお話しておきます」
「頼むよ‥‥」
なんとなく室長に恩を売る感じで話がまとまったことにホッとしつつも、皇太子来訪の意図がわからず空恐ろしさを感じるリリアであった。
***
「マナー講師は辞めないって言ったのに。半月も一度も講義がなかったわ。以前は顔を出さない兄さま達のことを一緒に怒ってくれていたのに。リリアも結局そっちの人間になっちゃったのね」
アデリーナ殿下の言うことはぐうの音も出ないほど正論で、押し黙るしかない。
「申し訳ありません‥‥」
小さくうつむくリリアに、アデリーナは更に畳みかけた。
「もう私の事なんて忘れちゃったのかと思ったわ」
「そんなことは絶対にありません!」
必死で反論する。
「そう?ダンヒル様たちと、楽し気にお仕事してるのを見かけたけど‥‥」
「楽しくは、ないですよ」
必死で言い訳を紡ぐ。
「それに、これからは週に二度、皇女殿下とのマナー講義の時間を作ってくれると言ってくださいました。なのでこれまで通り、こちらに参ることができます」
胸を張って答えると、アデリーナは怪訝そうな顔をした。
「時間を作るって、誰が言ったの?」
「誰って‥‥?」
「デメトリオ兄さまじゃないでしょ?それ」
この娘、幼い顔をして意外と鋭い。
「‥‥‥‥ヴィルフレード皇太子殿下がお声かけくださいました」
その言葉にアデリーナはぽかんと口を開ける。
「‥‥‥‥にいさま、が?」
「はい」
そんなに驚くことだろうか?
「兄さまが他人に、ましてや女性に気を遣うなんて、初めて聞いた」
「そうなのですか?」
今度はリリアが驚く番だ。
「私にというより、皇女殿下に気を遣ってくださったのだと思うのですが」
「私の事なんてほったらかしなのはリリアが一番よく知ってるでしょ?」
肯定したくないが事実な気もする。
「そう言えば兄さま、デビュタントの夜会でもリリアにだけ声をかけていたわね」
それは全く違う理由だと断言できる。
「兄さまは何を考えているのかしら」
「‥‥申し訳ありませんが私には皇太子殿下の崇高なお考えは理解できかねます」
この言葉には多分に嫌味も込められているのだが。
その隠された意味に気づいたらしいアデリーナはふふっと笑った。
「まあとにかく、リリアとの時間が取れるのはよかったわ。新しいマナー講師が来るわけでもないし。そもそもリリア以外の講師なんていらないし」
小さいながらに貴族のマウント取りのようなものを敏感に感じ取っているのかもしれない。やはり皇族と言うのは孤独なのだろう。
「次回は昼食をご一緒させていただきますね」
リリアは静かに微笑んだ。
久々にアデリーナの登場です。
忘れてたわけじゃないのよ。




