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【13】夏の夜

閑話休題、的な?

 


 帝都も夏は暑いのね。

 そんな当たり前の感想を持ちながら、リリアは夕食のプレートを受け取った。

 今日は夏バテ防止にと、あえて温かいスープを選んでみた。

 スープにあわせる全粒粉のパンは香ばしく、さすがは皇宮、といっても従事者用食堂だが、と思える美味しさで、最近のお気に入り。以前は白いパンばかり食べていたのが信じられないほどだった。


「あら珍しい。今日はスープなの?」

 席で待っていてくれたのはリリアの一番の想い人、イルマだった。


 ゲオルグはいないらしい。時間が合わせられなかったのかな?ざまぁみろ。

 ふっと心の中で勝利宣言をした後で空しくなってしまった。

 まるでイルマを取り合う恋のライバルみたいじゃない。で、この場合、当て馬は間違いなく私、よね。

 でもまあしょうがないか。小さくため息をつく。

 私、他に友達いないもんねぇ。

  

「この全粒粉パンが食べたくてこっちのセットにしたの。お城に来てもうすぐ半年だけど、このパンに巡り合えたのは幸運だと思うわ」

 気を取り直して答えると、イルマが驚いたように声をあげた。

「もうすぐ半年!?そしたら皇族ご一家のお茶会当番じゃない!」

「お茶会当番?」

「毎月一度、皇帝陛下のご一家が家族水入らずのお茶会を開いてるでしょ。その給仕を、出仕して半年の侍女が担当するの」

「皇帝ご一家の?新人侍女には責任重すぎじゃない?」


 リリアの驚きにイルマは笑いながら答える。

「ご一家といっても、皇帝陛下や皇太子殿下はお忙しくてほとんどいらっしゃらないわよ。ご夕食より少し人数が多い程度」

「でも。お茶をお入れするのよね?粗相があったら‥‥」

「だから担当するのよ!」

 イルマが語気を強めた。

「皇帝ご一家と言えば委縮しがちだけれど、言ってしまえば内部のお方。これが他国の貴賓や、ましてや国賓などに粗相をしたら国際問題でしょ!?だからその前に、皇帝ご一家で鍛錬を積むのよ」

「なるほど‥‥」

 感心するリリアに、イルマは続けた。


「ただでさえ侍女って貴族の娘だから入れ替わりが激しいじゃない?一定期間で婚姻のために城を辞する人が多いから。だから早め早めに教育するの」

「確かに‥‥。でもそんな責任の大きいこと、ちゃんとやり遂げられるかしら。お出しする内容は侍女が決めるのでしょう?」

 国賓だの貴族を招いたお茶会だのであれば、出す料理やお茶などは全て上から指示があるが、家族だけのお茶会程度なら侍女や侍従がメニューを決める。

 時には料理のリクエストが入ることもあるが、皇族には自分の食べるものを考えている暇などないのだ。


「だからあの虎の巻が役に立つんじゃない!」

 イルマはどんっと机を叩いた。

 相変わらず貴族令嬢の所作としては残念だ。

「虎の巻?」

「ほら、先々月あたりに勉強会で作ってたでしょ?お茶会の準備のための指南書。皇帝陛下やご家族それぞれの好みや気を付けることをみんなでまとめたやつ!」

「ああ」


「たしかお茶会で何を出したか、何を召し上がったか細かく記録もつけられるようにしたはず‥‥」

「そう!あれを見ればいいんだから簡単よ。リリアももうすぐ声をかけられるから、その前にちゃんと読んでおくといいわ」

「他の人の業務だと思いながら手伝った作業が巡り巡って自分を助けてくれるなんて、ちょっと嬉しいわね」

 リリアは思わず頬を緩めた。

「じゃあ今日の勉強会も頑張らなきゃ。お掃除リスト、思ったより大掛かりなことになってるみたいだし」

 いそいそと夕食を終えて立ち上がる。


 リリアにとってこの勉強会は城の生活での楽しみにもなっていた。


 ***


「兄さん、こっちこっち」

 めんどくさそうなヴィルフレードを、デメトリオはやや強引に引っ張る。


 例の子爵令嬢が面白いことを始めているらしいと伝えたら、兄上は嫌そうにしながらもついてきたのだ。

 強引に誘ったとはいえ、日ごろ執務に関係のないことには全く興味がない彼がこうやって出てくること自体に驚きを感じる。


 兄上は良くも悪くもあの令嬢に固執している。

 それは確信にも似た弟の直感であった。


「見て」

 煌々(こうこう)と明かりが灯る食堂を外から指さす。

 ヴィルフレードげんなりという顔を隠そうともせず、嫌々中を窺い見た。


「‥‥彼らが、何か?」

 ぶっきらぼうに問う。

「よく見て。あれ、みんなで勉強会をやってるんだ。ここのところの目覚ましい業務改善は、全部この勉強会の産物らしい。ほら、最近上がってくる経理の書類とか統一されて見やすくなっているでしょ?」

 何故か嬉しそうにデメトリオが説明する。


「部署も年齢も関係なく、みんなで定期的に集まって検討しているんだって。で、その発案者が、例の彼女。今日も真ん中で一緒に議論してるよ」

「‥‥‥‥」

 ヴィルフレードは黙って覗き込んだ。


「なんか不思議な娘だよね~。ちょっと前まではさ、ここは男女の出会いの場と言うか、結婚相手を見つけるための場みたいだったのに、いつのまにか勉強会になっちゃって」

 くすくすと笑うデメトリオにヴィルフレードは冷ややかな目線を投げかけた。

「くだらない。帰るぞ」


 想像通りの反応に笑いながら、デメトリオはすたすたと立ち去る兄を見送った。




少しずつ、皇太子の影が忍び寄ってきます。

なんてね。

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