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【1】逃亡

新連載(というか再連載)、始めました。

ちょい長めですが、一気に投稿していく予定です。

どうぞよろしくお願いします。


 陥落しかける城の中、小さなセリーヌは走り続けていた。

 飛び交う悲鳴と逃げ惑う人々を避けながら。

 ただ走り続けていた。

 あふれる涙をぬぐうこともせず。


 ***


「姫様、どうかお逃げください!」

 嫌がるセリーヌに無理矢理お仕着せの女中服を着せた侍女のカトレアが叫ぶ。

「地下通路を抜けて!カサロ亭の裏口に向かってください!」


 セリーヌは目に涙を浮かべて首を横に振った。

「お兄さま達も一緒に逃げて!」

 王太子である兄はセリーヌの両手を握り、優しく諭した。

「僕たちはここに残る。残らなきゃいけないんだ。せめて、セリーヌ、お前だけは生き延びてくれ」


 銃声はすでにすぐ近くまで迫ってきていた。

 セリーヌの足は動かない。

「お父さまごめんなさい。私が安易に祝福の力を使ったばっかりに…」

「お前のせいじゃない。王として力がなかった私のせいだ」

 国王はゆっくりと首を振った。

「セリーヌの力は民達の生活を豊かにし、たくさんの人を救ったんだ。胸を張っていればいい」


「だけど!」

 国王はセリーヌの腕に手を添え、優しく撫でた。

「お前は国民の希望なんだ。どうか。お前だけでも逃げ延びておくれ」

「嫌よ!城も国も亡くなったら、私一人だけなんて生き延びられない!」

 泣きじゃくるセリーヌを静かに宥める。

「帝国のペルトサーリ子爵を訪ねなさい。何度か会ったことがあるだろう?セリーヌのことは彼に頼んである」

「帝国!?敵国じゃない!」

 セリーヌはいやいやとだだっこのように首を振った。

「敵国で一人で生きていくなんて無理よ‥‥。お願い。私もみんなと一緒にここに残りたい」

 それはもはや悲鳴にも似た懇願だった。

 家族とも気心の知れた城の者とも離れ、たった一人で十二歳の王女が生きていくなど、その現実はあまりにも厳しい。

「すまない、セリーヌ。お前を豊穣の天使だなどと担ぎ上げてしまったばかりに。でも今となっては残された民達の唯一の希望はお前だけなのだよ。お前がどこかで生き延びていると思えば、民達もなんとか耐えていける。頼む。生き延びてくれ」


 母の目にも涙が光っていた。

「ごめんなさい、セリーヌ。貴方だけに背負わせて。でもお願い。生き延びて。生きてセリーヌ」

 そして優しく微笑んだ。

「私達は十分幸せだったわ。だからね、セリーヌ、復讐とか国の再興なんて考えなくていいの。ただ幸せに。貴方が幸せになってくれれば」

「だけど‥‥。私のこの髪色ではすぐに見つかってしまうわ‥‥」

 セリーヌは涙をこぼしながら叫んだ。


 セリーヌの輝く銀髪とタンザナイトのような深い青紫の瞳は、この国では直系の王族にしか現れない。

 帝国では貴族にも存在すると言われているが多くはない。その整った顔立ちと合わせると市井で暮らすにはあまりにも目立ち過ぎた。

 まだ社交界デビュー前のセリーヌは、貴族界や他国の主要人物と顔を合わせたことはないはずなのに、すでに他国の要人の間でもその奇跡の力と相まって「豊穣の天使」「アングラードの秘宝」などとささやかれているという。


「大丈夫よ。子爵のところに行けば、ちゃんと隠してくれるはず」

 母がセリーヌにサファイヤのネックレスをかけながら伝えた。

「貴方が成人する時に渡すつもりで用意していたの。これを私だと思って身に着けていて」

「お母さま‥‥」

 遠くで響く銃砲に母親の声が険しくなる。

「もう行きなさい!早く!振り返らないで走るの!」

 母に押され、セリーヌはぐっと涙を拭うと、一歩一歩後ずさり、意を決したようにくるりと背を向けると、一心に走り出した。


 遠くから大砲の音が聞こえ、すでに敵軍が入り込んだ城内ではあちこちで兵が接近戦を繰り返す刀の音が鳴り響く。

 大好きな家族を、優しかった城の者達を後にして、セリーヌは一人走り続けた。


 どうして、どうしてこうなってしまったのか。


 ***

 

 セリーヌ・コンテスティが第一王女として生まれたアングラード王国は、農産業が栄えた、自然の美しい国だった。

 穏やかな気候と優しい気性の国民に囲まれ、セリーヌは誰からも愛されて育った。

 セリーヌに「祝福の力」があるとわかったのは、言葉を発し始めてすぐのことだったという。


 ‥‥この国の王族にのみ時折現れるという特別な力。

 それは、天候を読む力。

 明日や来週という短期だけではない、年単位の空や風の動きを読むことが出来る。

 例えば日照り。例えば嵐。

 その力を持つものを、彼らは「豊穣の天使」と呼んだ。

 その予知にも近い力のおかげで、アングラードは豊かな実りを手にしてきたからだ。


 セリーヌは小さな頃から無邪気にその力を発揮した。

「このふゆはさむく、なるよ。とってもさむくなるの」

 それを聞いた人々は薪や食料を十分に備蓄し家を補修し、寒波に備えた。


「つぎのなつはお日さまがたくさん。だからおみずがすくなくなるわ」

 王国は日照りに備え、乾燥に強いトウモロコシや芋、豆を多く植えた。

 愛くるしい彼女の言葉に助けられ、アングラード王国は豊かになった。

 ――周辺国から目をつけられてしまう程に。


 王である父は優しかった。家族にも、国民にも。

 教育を整え、国民が飢えないよう、病気になれば医療を受けられるよう手を尽くした。一方で為政者としては適切ではなかったのかもしれない。軍備が十分でなかったこの国は、隣国、帝国の侵攻にあっさりと崩れ落ちた。



 セリーヌは駆け抜けた。

 ただひたすらに走り続け、そして言われた通り、地下通路に飛び込んだ。王族のみが知る秘密の地下通路に。


 暗く埃の積もるその狭い通路を手探りで歩く。

 誰も知らないその通路は、城壁の外の、人気のない裏山近くに続いていた。


 人の気配がないことを確認し、ふたを開けると、そのまま城下町まで走り出す。

 城下町はすでに逃げ惑う人であふれていた。


 息を切らしてカサロ亭の裏口を叩く。

 すぐに開かれたドアにセリーヌは飛び込んだ。

「姫様!よくご無事で!」


 待ち構えたようにヨーゼフが招き入れる。

 今は亡き祖父の古い友人だったというヨーゼフは陽気な酒屋の主人で、お忍びで顔を出すたびに小さな氷砂糖をこっそり口に含ませてくれた。

 そんな優しいお爺さんは、こわばった表情でドアを閉めた。

「姫様、これを」

 濡らした手拭いで手と顔を拭く。固く絞った手拭きは一瞬で真っ黒になった。

「汚れを落としたらこちらをお召しください」

 手渡された町娘の粗末な服装に着替え、王族特有の銀の髪を隠すためのフードを被った。


 城の方から大きな大砲の音が聞こえた。

 アングラード王国には一台もない大砲。

 軍事力の差は呆れるほどだった。

「時間はありません。すぐにここを出ます」

 ヨーゼフは麻のカバンをセリーヌにかけると、すぐに小さな荷馬車に連れ出した。


 通りには逃げる人々や馬車が行き交い、混乱を極めている。

 この街の者達は助かるのだろうか。まさか一面焼き払うなどということはないだろう。ない、と信じたい。


 以前、遠めに一度だけ見た敵国の皇太子の横顔を思い出す。皇族にしては珍しい漆黒の髪に燃えるような赤い瞳。冷たくて何の感情もあらわさない、異様なほどに造詣が整った顔を。

 今回の戦を先導したと言われている。残忍で冷酷だと言われていた。同時に無駄を嫌うとも。きっと必要以上の殺戮はおかさないだろう。そう願うしかなかった。

 

 ヨーゼフはセリーヌを抱きかかえるように荷台に乗せると、あっという間に出立した。

 重さのない荷馬車は驚くほどのスピードで街を駆け抜けていく。

 セリーヌは柵につかまり、激しく揺れる荷台から、小さくなる街と城を必死に目に焼き付けていた。


 お父さま、お母さま、お兄さま‥‥。

 赤く燃え上がる城が涙で滲む。

 優しかった両親、兄。明るく笑顔で育ててくれた城の者達。

 そして、いつも温かく迎え入れてくれた街の人々。

 笑い声の絶えない日々。

 二度と戻ってこない風景が走馬灯のように過ぎ去っていく。


 いつか、いつかもう一度この国に戻ってくる。

 どうか。どうかご無事で。

 深い祈りと固い誓いを心に刻んで。


かなりシリアスな感じで始まってしまいました。

ずっとこんな感じではありません。

作者が持ちません。

だんだんぽやぽやしていく予定です。

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