第二話 小人の野望
「突然すいません。あの、魔女ですか?」
古びた木材の音ともに現れたのは小人だったのだ。
小さな緑の肩がけの鞄をぶら下げた少し鼻が長い小人が魔女の家にやってきたのだ。
「いらっしゃい。小さな友人よ。私は残念ながら魔女ではないよ。ただの老婆です。」
小人族に対する挨拶を交えて少し考える。
小人用の椅子等準備していなかったのだ。
「そうなのですか。それは失礼致しました。」
小人は鞄と同じ色をした三角帽子を頭から取りお辞儀をして立ち去ろうとする。
「お待ちなさい。小さな友人よ!魔女ではないが、こんな山奥まで来たんだから今夜は泊まっていきなさい。ほら、もう外は暗いじゃないの。」
揺れる椅子から立ち上がると暖炉に火をつける。
あたりはすっかり暗くなり雪がちらつきはじめていたのだ。
指を鳴らすと可愛いサイズの椅子が現れる。
「あっ、ありがとうございます。やっぱり魔女ですよね?」
急に出現した椅子に驚く。
「違うわよ。それより話してもらえないかしら?えっとお名前は?小さな友人よ。」
笑いながら晩御飯を考える。
「ハムです。自由が欲しいのです。あのお名前をお聞きしても?」
小人は勇気を振り絞って魔女へ思いを伝える。
「自由?おばあでいいよ。」
ちらりと小人を見る。
「おばあ様、そうなんです。自由なんです。僕たち小人には国がありません。住んでいる国々の仲間、皆、地位が低いんです。」
震える声で怒りが籠った声になる。
「確かに、小人の国は無いわね。でも自由人の代名詞として小人は存在しているんじゃなの?」
老婆はカナティの葉を小刻みに刻んで野菜炒めに少し振りかける。
*カナティ:黄色の小さな小指サイズの実がなる植物。花時雨(3月)の季節に花が咲く。カルムの葉とは違い確かに濃い味のお茶の茶葉として使われる。
「私達は、騎士や冒険者みたいな職業には向いてませんし、役に立つ職業が無いのです。だから芸人として放浪する日々。限られた世界での自由から抜け出したいのです。」
小人は悲しそうに目線を落とす。
「芸人なんて素敵な職業じゃないの。ほら、お食べ。」
老婆は小人サイズの食器に机と次々生み出す。
「それでも、私は夢を見るのです。頂きます。」
お腹が減っていた小人は掻き込むようにご飯を食べる。
「ふーん。そういうもんかね。」
老婆は、美味しそうにカルムのお茶を飲む。
「あの、あの、絶対、魔女ですよね?その、しわしわの雰囲気といい、こんな山の奥に1人で住んでるなんて、実は正体を隠してるんですよね?」
小人は我慢出来ずに疑問を、ぶつける。
「ははっ。小さな友人よ。こんな竜の里が近いのに魔術なんて使う魔女なんてわけないでしょ?面白いわね。」
老婆は目を細めて笑う。
「えっ?違うんですか?絶対、見た目、魔女じゃないですか。迷いの道に、部屋の真ん中には火にくべた怪しい大きな鉄製の鍋。薫ってくる甘い香り、干した薬草が、壁にびっしり。これで違うって言われても説得力ないですよ、、?」
小人は部屋を見渡して伝える。
「違うわよ。本当にね。ただのばばぁ、よ?」
おかわりのお茶をとりに台所へと向かう。
「うーん。怪しい。怪しいです。」
小人は納得しなかった。
「本当に疑り深い小人さんね。ほら?これで、納得するかしら?」
老婆は純粋な神気を彼に見せる。
「大変申し訳ございませんでした。」
ハムは、地面に頭をつけて平謝る。
「いいわよ。怒ってないから。」
老婆は小人の態度が180°変わったのを見て笑う。
「あの、神族様がこんな所僻地で何をしているんですか?」
小人は正座をしたまま固まってしまう。
「秘密。ほら、これを使いなさい。」
老婆はハムに複雑な法術が刻印された護符を授ける。
「これは?」
両手で受け取るハム。
「竜人の護符。かなり貴重なものよ?」
老婆は薄い紙切れをハムに渡したのだ。
「護符ですか?この紙切れ一枚に何が出来るのですか?」
貴重と言われてもゴミにしか見えなかった。
「好きな所に貼ってみな。小さな友人さん。」
老婆は美味しそうにお茶をちびちびと飲む。
「では、、失礼して。」
ハムは服をめくりお腹に護符を貼る。
貼ったが何も変化はしなかった。
「あの。。何も変わりませんが、、?」
ハムは期待していた変化を感じる事が出来なかった。
「ふふっ、騙されたと思って。明日、帰りなさい。きっと人生変わるから。」
微笑ましく語りかける。
「はぁ。。そうですか?」
ハムは、残念そうな顔になる。
〜翌日〜
「では、お邪魔しました。お土産までありがとうございます。」
ハムは鞄一杯に薬草を詰めて家路につく。
鞄の中はユグドの薬草で溢れかえっていたのだ。
その価値、金貨1000枚分。
昨日までしょげていた人物とは思えないくらいイキイキとしていたのだ。
「くれぐれも、毎日薬草飲むんだよ?」
老婆は心配そうに見送る。
「はい!では!!お邪魔しました。」
ハムは駆け足でその場を去る。
勿論、薬草を煎じて飲むなんてあり得なかった。
ハムの頭の中は大金が積まれた豪邸に住む夢で染まる。
「本当に理解してるのかね?」
心配そうに見送る老婆。
小さな友人はあっという間に氷が煌めく世界へ歩みを進めて立ち去るのだった。
旅の初日
小人の足取りは軽かった。
そう、とても軽かったのだ。
「なんて軽いんだ。」
今まで感じた事の無い風を切る心地よさを知る。
どれだけ走っても疲れないのだ。
来る道の苦難を思えばなんて楽なんだろうと感心する。
「あの護符の力は本当だったんだ。」
嬉しそうな微笑みで息を白くする。
気が付けばもう、谷の出口まできていたのだ。
真っ暗な森が生い茂る地層3層へと飛び出した。
旅の二日目
「初日に飛ばし過ぎたのかな?」
少し、脹脛に痛みが走る。
恐らく急な速さで移動したから、筋肉が痛んだと感じる。
「跳躍も凄いな。こんなに、暗闇も灯無しでも、見渡せるし、この全身漲る力が凄い事。これなら竜だって倒せそうだよ!」
このユグラ大森林の主とも言える地底竜すら、この小さな友人ハムは、可愛い蜥蜴に見えていた。
旅の三日目
朝、身体を起こすと、全身に激しい激痛がはしる。
「いてっーー。」
あまりの痛さにのたうち回る。
筋肉が裂ける痛みが常に襲いかかってくるのだ。
「なんで、こんなに痛いんだ。意味がわからん。」
涙目になって身動きが取れなかった。
「あの、魔女め。ちゃんと説明しろよな。だからこれがいるのか。」
今まで手をつけていなかったパンパンに張った鞄を見つめる。
てんこ盛りの薬草がそこにはあった。
「くそっー。これだけは、手をつけたく無かったのに。」
痛みと薬草を天秤にかける。
すぐに、即断できなかった。
お湯を沸かすだけの余裕が無い中、決断をする。
結局、齧ったのだがその一口目までが、時間を要した。
「むしゃ、むしゃ。不味いな。」
苦い薬草をそのまま丸齧りにする。
しかし、効果は絶大だったのだ。
痛みが一瞬にして消えていく。
旅の四日目
「こんな、辛い目あうのだったら、最初から飲めば良かったな。薬草。」
湯で沸かして飲むお茶は甘くて美味しいのだ。
ほっと、癒しの朝を迎える。
日に日に身体が生まれ変わるのを実感する。
もう、故郷まで目の前に帰ってきたのだった。
ユグラの森を抜けてカルテス川を下流へと降り、港町アッカスを見下ろす丘の上にハムは立っていた。
「なんか長いようで短い旅だったな。」
少し感傷に浸る。
行きに半年を要した旅は帰りをたったの四日間で締め括る劇的な変化をハムに与えたのだった。
水筒からちょびっと緑色をしたお茶を飲む。
朝昼晩とずっと薬草を大量に飲み続けた為、溢れ出ていた薬草は鞄の膨らみを見ると明らかに減っている。
「はぁー。売り払う気満々だったのに。」
残念そうな溜息が心の底から溢れる。
手放す事の出来ない掛け替えの無い相棒となった薬草を見つめるのだった。
「このペースで飲み続けたら、一年分って感じなのか。」
目分量で消費量を換算する。
地面に広げたテントを片付けながら太陽が登って海が煌めく風景を見つめる。
故郷の香りがほのかに香る。
「やっぱり、故郷が1番だな。」
津々浦々、世界中を旅してきたハムだが、やはり生まれ故郷に愛着がある。