前編
元サヤです。
嫌いな方はブラウザバックしてください。
短いお話なので、本日中に完結予定です。
「……また言えなかった」
白いカーテン越しに朝の光が射しこむ部屋で、私は胸の軋みと共に目を覚ます。
暖かなベッドと大きな枕。頭の下に敷いたタオルに、涙の染みが滲んでいる。
いったい何時になったら、この夢を見なくなるのだろう。
「未練たらしいったらないわね」
重い体を起こし、ベッドに座って顔を覆った。深いため息がこぼれる。
――――夢の内容は、いつも結婚式だ。
私は花嫁で、隣には憎んでも憎みきれない元婚約者が立っている。
美しいステンドグラスを透かして色とりどりの光が落ちる中、並び立つ私と元婚約者に、白い神父服を着た司祭が決まり切った言葉をかけてくるのだ。
『――――病めるときも、健やかなるときも、富めるときも、貧しきときも、互いを愛し敬い慈しむことを誓いますか?』
『誓います』
私を裏切り、幼い頃からの婚約を一方的に破棄し、私を捨てた元婚約者が、図々しくも誓いの言葉を述べる。言葉に一切の淀みなく凜として言い切る姿が、いっそ滑稽だ。
……でも、なにより滑稽なのは、そんな元婚約者のあり得ない言葉に、私の胸がジンと痺れるほどの幸せを感じてしまうこと。
喜び勇んだ私は、すぐに続いて誓いの言葉を紡ごうと口を開く。
――――だけど、どうしても声を出すことはできなかった。
「当たり前よね。婚約を破棄してきたあの男を逆に断罪し、地獄に落としたのは私なんだもの」
それで泣いて目覚めるなんて、我ながら最低だ。
両手で髪をかき上げた私は、眩しい朝の光から逃げるように目を閉じた。
思い出すのは、十年前の茶番劇。
政略で結ばれた婚約者の第一王子が、聖女だとか呼ばれる女に骨抜きにされ、私と婚約破棄しようとしていると教えてくれたのは、彼の異母弟の第二王子だった。
自分は転生者だと名乗った第二王子は、この世界が前世の彼が知っている『オトメゲーム』とやらによく似ているのだと言った。
「選りに選ってオトメゲームは、ないよね。僕は腐男子だから、絶対BLゲームの方がよかったのに。まあ、このゲームはビジュアルが最高だったから、僕もやり込んでいたんだけどさ。……あ、僕の推しは騎士団長の息子だよ。彼、カッコイイと思うだろう? なのに、このままじゃ彼まであのヒロインに喰われちまう。兄さんも玉座も、ついでにこの国の未来なんかも心底どうでもいいけれど、推しを助けないって選択肢は僕的にはないんだよね。……だから協力しようよ、悪役令嬢さん」
今思えば、よくもあのとき第二王子の提案に乗れたものだと思う。
ただ、婚約者が聖女と浮気しているのは本当で、私を無実の罪に陥れ断罪しようとしているのも、紛れもない事実だった。
前世とかオトメゲームなんてものは、どうでもいい。ただ、信頼していた婚約者に騙され捨てられるのは、我慢できない。
――――いや、正直に言おう。
私は、婚約者を愛していた。
それは、彼が自分以外の相手と結婚して幸せになるなんて、世界が滅びようとも許せないと思えるくらいに。
愛する人が幸せになるのなら、自分はどうなってもいいなんて、そんなことは詭弁だ。私の愛は、もっとドロドロとして汚く、醜いものだった。
自分の気持ちが最優先で、そのためならどんなことでもできるところが、私と第二王子はよく似ているのだろう。私たちは手を結び、私を断罪しようとしていた婚約者と聖女を反対に罠に掛け、ふたりを破滅させた。
オトメゲームの知識を持つ第二王子と、王族よりも富と権力を持つ公爵家の愛娘だった私の手にかかれば、それくらいは簡単なことだったのだ。
婚約者だった第一王子は、王位継承権を剥奪。一介の兵士として魔獣の跋扈する北の砦に追いやられた。厳しい環境と魔獣との激戦続きで一年間の生存率が僅か数パーセントと言われる北の砦への派遣は、実質上の死刑宣告。彼が生きて王宮に戻ることはないと、断言できるほど。
王太子の地位には、第二王子がついた。
自称聖女は、元々平民だ。庇う者も庇護する者もおらず、すんなりと極刑が決まった。しかも詳しい調査の結果、彼女が魅了の黒魔術を使い、第一王子や他の男性を意のままに操っていたことが露呈する。結果、見せしめのため王都内を引き回しの上、磔獄門という前代未聞のおぞましい刑となった。
「時代劇では定番だったんだけどな。この国にはなかったの?」
この刑を提唱した第二王子――――いや、王太子には、逆らわないようにしよう。
私は、賠償金として王国初の女性侯爵の地位と王家の領地の一部をもらい、王太子の側近となった。
本当は、側近になどなりたくなかったのだが――――。
「今まで受けた王妃教育を無駄にするのは勿体ないだろう。僕も兄さんの控えとして一応帝王学は学んだけど、あくまで控えだったからね。国が安定して僕が玉座につくまで、君が支えてよ。その後なら引退して領地に引き籠もっていいから。……それともお飾りの王妃にでもなってみる?」
王太子の恋愛対象は男性。妃は迎えても、愛するつもりはないという。
たとえ愛されようが愛されまいが、今さら王妃になるなんてお断りだった。それくらいなら側近の方がまだマシだ。
そう思った私は、王太子の側でがむしゃらに働いた。その方が余計なことを考えずに済んだのだ。
その後、五年間側近として勤め上げた私は、王太子が玉座につくと同時に引退した。領地に居を移し、女侯爵として領地の運営に専念する日々をすごしている。
引退から五年――――元婚約者と婚約破棄して十年経った今でも、私は彼を夢に見る。
我ながら自分の愛執の深さには、呆れる以外ない。
「……もう、あの人は死んだのでしょうね」
王太子の側近として働いていた五年間に、元婚約者の死亡報告はなかった。領地に引き籠もってからは、あえてその情報から耳を遠ざけているので、彼の生死の程はわからないが……ただ、北の砦で十年生き延びた前例は、未だかつて聞いたことがない。
「もう忘れよう。……忘れたいのよ、私は」
心の底から願うのに、夢は毎夜繰り返される。
朝の光の中、私のため息が沈積していった。
…………たぶん、シリアスにはなりません。
私なので。