王太子の後悔は、一通の手紙によって訪れた。 (番外編2)
「あれ、これってハイファンタジー系……?」と思いつつも、なんとなく決まらないので、暫くは恋愛ジャンルのままで。
もしかしたらジャンルが変わっているかもしれません。
月が一つだって欠けてなく、綺麗な日だった。そんな日は、悪魔の力が強くなる。夜は彼らの領域であり、月は彼らの守護者だった。
しかしそれは、悪魔の力を啜った魔剣を持つ者も同一。つまり何がいいたいかと言うと、彼らの戦いは五分五分ということになる。
旅を始めてから半年、アルフレッドは着々と悪魔を葬っていた。かなりの数の悪魔が、この魔剣に詰まっている。
だがそんな同胞を弔う気持ちはないらしく、アルフレッドを取り囲んだ悪魔たちは、一斉に襲いかかってきた。
それをするりするりと綺麗に避け、少し悪魔達から距離を取った所で、彼は太刀を抜いた。満月が、刀身に映る。
そしてそのまま、彼は駆け出した。
戦いを続けるうちに、月が幾ばくか移動した。
「はぁ、はぁ」
魔剣は、魔剣自体が強くなる為に悪魔を啜るだけで、身体に強化は施されない。つまりかなりの数を相手にすれば体は疲弊し、それにつられて精度も落ちる。
――そして悪魔共の狙いは、きっとそれだったのだろう。
悪魔達を大半葬り、あと少しで戦いが終わる、そんな背後を狙われた。
「ぐっ!」
「あら、ギリギリで避けるなんて器用なのね。ミレーちゃん、そういう小賢しいの嫌いだなぁ」
「お前は、レイミー? ……いや、違うか」
振り向いた先にいたのは、聖女と謀ってきた悪魔と瓜二つの少女。だが『ミレーちゃん』などと名乗っているから、双子だとかそんなものなのだろう。
「ふふ、理解が早いところは加点だよ。ミレーちゃんの好感度アップ! おめでとう」
いちいち鼻につく言い方だ。早い所終わらせようともう一度剣を構えて、そしてアルフレッドは自分の手が震えている事に気がついた。急に全身から力が抜けて、地面に膝をつく。長時間の戦いと、さっきミレーの攻撃を受けたことによって、身体的疲労が限界を迎えているのだろう。
そんなアルフレッドの動揺を、悪魔は見逃さない。
「あれあれ〜、もう限界? お姉様を簡単に殺したって言うから期待してたのに、意外と呆気ないね」
粒のような汗をかいたアルフレッドにニンマリと笑いかけると、何も聞いていないのにミレーは語りだした。
「私ね、ずっとお姉様の事大っきらいだったの。だってお姉様は優秀で、皆お姉様だけを見るんだもの。私はお姉様の影。だから貴方を殺して、ようやく私は、『ミレーちゃん』として生きるの!
――だから、潔く私の糧になって、ね?」
「……姉は、俺が殺した。死者を恨んでもどうやっても、残るのは虚しさだけだ」
その言葉に、さっきまで笑っていたミレーの表情が抜け落ちた。
「死んじゃった愛しい婚約者様の為に戦っているお前が、それを言うんだ。愚かね。そういうの凄く気持ち悪い!」
レイミーにも、「都合がいい」と言われた。確かにそうだとアルフレッドも思う。どれだけ自分は身勝手なのだと。だけど、そんな考えを口に出すことはしない。
彼には、それを話すことは絶対にしないと、ある少女と約束したからだ。
◇◇◇
「だから、お姉ちゃんが死んじゃったのはしょうがないって言いたいの? 自分は反省してるから、罪じゃないって言いたいの?」
「そういう事では、」
「私には何を言いたいのか分かんないよ!」
アルフレッドは、12歳ぐらいの少女に胸を叩かれていた。力が無いはずなのに、その拳の一撃一撃が重い。
今日、アルフレッドはシルルの生家であるリテーリャ家を訪れていた。彼女はシルルの妹で、リーリというらしい。
リーリの両親は、複雑な顔をして、どうしようかと悩んでいる。アルフレッドもそうだ。言葉が見つからなくてただ拳を受け止めることしかできない。
暫くリーリはアルフレッドを罵ったあと、ボロボロと泣き出した。
「私が、私が病気になんてならなかったら! そうしたらお姉ちゃんは一人になんてならなかったかもしれないのに! ごめんなさいお姉ちゃん! うあぁ……」
彼女の両親は、遠方――隣国に行っていたため悪魔の洗脳から逃れた。そしてその隣国に行った理由が、隣国にしか無い医療技術で、リーリを治療する事だったのだ。
リーリの言葉に、リーリの両親が彼女を抱きしめる。
「違うわ、リーリは悪くない。悪いのは、私とお父様だわ」
「そうだ、リーリ。あの子がしっかりしてるからとそれに甘えた僕たちにこそ罪がある」
そんな温かい雰囲気にアルフレッドは胸を焼かれたように痛くなった。
「貴方達が不在の時、彼女を守るべきだったのは僕だ。それなのに僕は、それを全う出来なかった。寧ろシルルを追い詰めたのは紛れもなく僕だ」
誰もが、自分を自嘲する。それはきっと遣る瀬ない気持ちが、此処で滞っているから。
アルフレッドは、剣をとった。
「この剣に誓う。シルルの為に、今度こそこの国を守って見せる」
ジッと、何かを見定める様にリーリに見つめられる。暫く間を置いて、彼女は話し始めた。
「……待っています。この国のために剣を取ってくださり、ありがとうございます。
――だけど、お姉ちゃんの為に、というのを言うのはもう止めましょう。だって、お姉ちゃんが今此処にいたら、申し訳無さで死んじゃうから」
泣きながら笑う少女は、初めより知的に見えた。これが貴族の少女である正しい姿なのだろう。それが歪むほど、リーリはシルルを愛していた。彼女の両親も。
そのことをアルフレッドは、決して忘れてはいけない。
「そうだね、シルルはそういう子だよ。僕を憎いといったのに、それでもこの国を、君たちを大好きだからと頑張ってくれた。それを思い出させてくれてありがとう」
アルフレッドは一礼をして、旅立つ準備をした。
去り際、リーリに声をかける。
「約束する。僕はもう決して、シルルを理由にしない。この国のために、戦うよ」
「…………うん」
もじもじとリーリは袖口を握りしめていた。その仕草にふっと笑みが漏れる。それは、シルルとそっくりな姿だった。何か言いたい時、シルルがよくした仕草だ。
言葉を促すように少し屈むと、リーリは耳元で囁いた。
「叩いて、ごめんなさい」
「大丈夫、痛くなかったよ」
アルフレッドにそう言われて、リーリはようやく安堵の笑みを浮かべた。
◇◇◇
「僕は、シルルの為じゃなく、この国のために戦っているんだ。だからお前に負けることは許されない」
「…………そう」
ミレーの剣と、アルフレッドの剣がぶつかり合う。だがそこでもう一踏ん張りし、アルフレッドは力を込めた。
バキン、大きな音をたててミレーの剣が割れる。両目を見開いたミレーには目もくれず、アルフレッドは首を切った。
ゴロゴロと無機質な音をたてて、首が転がる。それをアルフレッドは見つめた。
「はは、結局私はお姉様を超えられないのね……」
「―――お前は、酷くあの悪魔と仕草が似ていた。本当は、好きだったんじゃないか? 尊敬してたんじゃないか?」
灰になりながら、悪魔は目をまん丸くして、そして悲しそうに笑った。
「もし、そうなら、もっと早く知りたかったなぁ……」
全部が灰になって、魔剣に吸い込まれた。それを空虚に見つめた後、皆灰になったため血も何もない戦場に一礼して、その場を後にした。
「そうだ、僕にはもうシルルに言葉を残すことは許されない」
愛してる、だなんて今更思ったって口に出すのは決して許されない。
この国のために、アルフレッドは歩を進めた。