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第3話 敗者にならない為に、綺麗事はそぎ落とされる


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 水溜りが出来るんじゃないかってくらいの汗が頭や首から旅立っていくが、実際の所照り付ける猛射で早くも乾きかけて来た土を僅かに湿らすのが関の山だった。


「終わった……?もういい……?これ……草とか植えなくていい……?後からここだけ土変じゃねってならない……?」


 同じく汗だくになった千紗は、「いつつ」と股を抑えながら土木用のスコップにしな垂れかかっている。


「父さんも母さんも、別に自分家の庭にそこまで関心ないだろ」


 手から諸々を洗い流していた俺は、「お疲れ。悪いな痛そうなのに」と言いながらホースの先を千紗に向けてつねった。


「ちょっ!!はぁー?ねぇぇ……!」


 髪を束ねさせ、白のタンクトップにブラを浮かび上がらせ、肌を水滴で化粧して睨め付けてくる千紗に笑顔を向けると、


「ぶっ!!」


 顔に泥が炸裂し、千紗のケタケタ声が庭に響いた。口の中がじゃりじゃりする。


「マッドマン!」


 堪えきれない笑いと共に煽ってくるが、Mud()Mad(狂人)をかけているのか。


「うますぎて腹立つわ」


「泥がぁ!?……お兄ちゃん人間やめたの?」


「ちげーよ……まぁ、0キル1デスの普通の人生ではなくなったか……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「自首しよっか」


 突如沈黙を破った千紗の言葉の内容に心臓が驚く。


「きちんと法的に罪を償って、遺族に恨まれながら金払って、施設か市営住宅でクーラーもつけずにバイト掛け持ってさ……」


 俺が想像できるようにゆっくりとペースを合わせて言葉を紡いでいく。


「毎日欠かさずに線香あげて……正直に罪と向き合っていきましょう……」


 そこまで言った千紗は僅かに俯き、ぼやくように、


「そんなおままごとみたいな綺麗事って結局世迷言じゃん。どんな人間も清く生きれるなんてのは絵空事」


「……」


「人生楽しんだもん勝ち!」


 そう言って俺の手を包み込んだ小さな両手は、どうしようもなく震えていた。


「この震えも楽しまなきゃ!」


 強がりやがって……


「ねぇ、この世で最も信頼できる関係は共犯者だって知ってた?」


「まぁ一応は」


「私たちは兄弟で……」


「……」


「親友で……」


 笑んで……


「セフレで……」


 俺の手を自分の下腹部に添わせて、笑みに妖艶さを混ぜ、


「……共犯者」


 耳元に口をやって囁くように、


「一生離してやんないから」


 我が妹ながら至近距離に迫った桜色の唇に、本気で脈打ってしまった。






「バキバキ君とハゲダとコーラとペプシね。ハゲダが抹茶だっけ?」


「まっちゃ~」


 ソファーに溶け込み、ぐでた卵のようになる千紗を尻目に適当に相槌を打って家を出た。


 女子中学生には重労働だったろうと兄心を利かせてやったのだが、いつから我が妹様はコーラとペプシをわざわざ分けて楽しむ酔狂物になったのだろうか。


 ミンミンミン……


 シャワーを浴びて来たばかりなのに、じわっと汗がシャツに滲んで背中に張り付く。蜃気楼を発生させるアスファルトはサウナみたいだ。


 徒歩数分と、割かし恵まれた近さのコンビニですら憎たらしく思えてくる。


 クーラーの効いた車か、せめて隣に美少女でも侍らせてれば少しはましになるだろうに……


 ウィーン……


「ぃらっしゃいぁせ~」


 若い女性店員の綺麗な声に視線も向けずに、ジュースコーナーとアイスコーナーへ直行する。


「おっ、なげわ……なっつ……」


 途中たまたま目に入ったなげわを掴み、レジの前に立つ。


 ぴっ、ぴっ、


「ふぁ~ぁ」


 欠伸で目尻を濡らしながら、けつぽっけの財布を取り出して小銭のチャックを開ける。


「……(もも)くん」


 気を抜いていた所、急に名前を呼ばれたもんだから財布をレジ机の上に落とした。


 驚いて顔を上げると、店員さんが熱心に俺を見つめていた。


 ダサい制服の縦線が歪むほどに大きな胸。半袖から伸びた陶磁器のような肌。腰まであるんじゃないかって程に長い黒髪を真っ直ぐに垂らし、大きな栗色の瞳からはぽろぽろと涙が流れ落ちていた。


「え?はい」


 なんで泣いてんの……?にしても恐ろしく綺麗な顔。知らない顔だけど、歳はタメか?そう思い名札を見ようとした瞬間、両手を握られた。


「私、ずっと待ってたの……!ほらっ防腐剤とかして……!」


 強調されたその手には黄色っぽい指輪が……


「なげわ!!?」


 防腐剤やらなんやらでがびがびのなげわが左手の薬指に鈍く光る。


 店員さんは台に身を乗り出して、俺の両手を豊かな胸に抱くように埋める。


「結婚……しましょう……!」


 そして涙で頬を濡らしながら、目をくしゃっと細めて微笑んだ。


「…………は……?」


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