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祖母と田舎と奇妙な話  作者: カイト
11/18

たんぽぽの帽子

 私の祖母はいわゆる”みえる人”であったようで、おばあちゃん子だった私は、様々な怖い話や不思議な話を聞かされて育ちました。

 そんな祖母から聞いた話。



 ─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…


 私のお下がりを長年大事に使ってくれた、「だれか」の話です。


 ─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…


 編み物が得意だった祖母は、私が小学校に上がった年の冬、兄たちとお揃いの毛糸の帽子を作ってくれました。


 黄色の毛糸で編まれた帽子は、てっぺんにポンポンがついていて、まるでそれがたんぽぽのようだと、私は一目で気に入りました。

 毎年少しでも寒くなるとその帽子を取り出し、どこに行くのでもかぶっていました。近所でも、「黄色い帽子のサナちゃん」と有名だったほどです。


 ところが、成長するというのは不思議なものです。

 五年生の初冬、いつものように帽子を出そうとした私は、タンスの引き出しを開けて躊躇してしまいました。あれほど気に入っていたはずの黄色のポンポンが、なぜかひどく子どもっぽいものに見えてしまったのです。


 これをつけて学校に行くのは、ちょっと恥ずかしいかも。でも、せっかくおばあちゃんが作ってくれたものだし。でもでも、もう十分すぎるくらいかぶってたし、そもそも一年生のときに作ってもらったものだから、五年生には似合わないよね。でもかぶらなくなったら、おばあちゃんショックかな。


 散々迷って、結局私はその帽子を取り出すことなく、引き出しにしまいました。「あら、あの黄色い帽子やめたん? 可愛かったに」と近所のおばさんに言われても、曖昧に笑って済ませられる程度には、大人になっていたのです。


 祖母は、そんな思春期の入口に立つ孫の心情を理解していたのか、帽子をかぶらなくなったことに何も言いませんでした。かすかな罪悪感を感じながらも、やがて私は帽子のことをすっかり忘れてしまいました。


 タンスの肥やしになっていた帽子が再び日の目を見たのは、私の中学卒業間際のことでした。


「サナちゃん、あの黄色い帽子、まだ持っちょんかえ?」


 突然祖母にそう言われても、私はすぐにはなんのことか思いつきませんでした。


「ほら、あの、ポンポンがついたやつよ」

「ああ! あのたんぽぽの帽子ね。タンスの中にあると思うけど、なにするん?」

「欲しいっちゅう人がおるけんな。あんたがよけりゃ、あげようかと思うんやけど。どげかえ?」

「お下がりを? 新しいの、編んであげたら?」

「うーん、あんたがかぶっちょった、あの帽子がいいっち言うんよなぁ」


 私は驚きました。あの帽子はもう何年も外に出していないのに、今更誰が欲しがるのでしょう。しかもあえて私のお下がりがいいなんて、かなり気持ちの悪いものがあります。


「誰がそんなこと言ってんの? 気持ち悪いんやけど」


 すると祖母はそこで初めて、私が変態を心配していると気がついたようでした。笑いながら、


「変なことには使わんよ。なんち言うか、おまじないやわな」


 と言いました。


「おまじない?」

「あんたも、もうそろそろ大人になるやろ。なんでもかんでも、親に教えてもらう年じゃなくなるわな。それでもまだまだ、大人から見ると危なっかしい。そんな『おとなこども』を守っちくれる、おまじないや」

「なんなんそれ。そんなん、要らんと思うけど」

「ほら、そういうところが、『おとなこども』なんよ」


 少し憮然とする私を笑いながら、「さ、持っといで」と祖母は促しました。


 久々にタンスから出して見ると、帽子は不思議なほど色褪せもくたびれもなく、もうかぶることはないだろうに、私はおまじないとやらに使うのがなんだか惜しく感じました。


「どうやって使うん?」

「それは内緒」

「ふーん。これっち、お兄ちゃんたちもしたん?」

「もちろん。あんたのお父さんたちも、昔したよ。まぁ、あん子らは知らんけどな。ばぁちゃんがこっそり、靴下やらマフラーやらをいただいたけん」


  いつだってアレがないコレがないと騒いでいる兄たちは、きっとこっそり祖母に持ち出されても、そうとは気がつかなかったでしょう。祖母と私は顔を見合わせて笑いました。


  こうして、たんぽぽの帽子は私の手を離れたのでした。


 祖母は具体的な方法は教えてくれませんでしたが、私はなんとなく、懇意にしているお寺にお納めしたのだと思っていました。祖母が言った「欲しがっている」とは、お坊さんのことだと思っていたのです。


 それが違うのではないかと感じたのは、高校に入学してしばらくしてからでした。

 学校にいても自宅にいるときでも、ときどき視界の端にあの黄色い帽子が映るようになったのです。廊下の隅にちょこんと置いてあったり、肩のあたりでちょこちょこと動いたり、本棚の陰からちらりとのぞいたり。まるで、帽子の中にすっぽり隠れてしまう誰かが入って、私の周りをあちこち動き回っているようでした。


 ですがいずれも、二度見をしたらすぐに消えてしまうような些細な存在感に過ぎません。

 帽子があのようにあちこちで動き回るなど、普通ならあり得ないことなのです。しかし、「祖母がおまじないで使った帽子」ということを知っていたため、私はのんきとも言えるほど帽子のことが気になりませんでした。


 帽子のおかげなのでしょうか。私も二人の兄たちも、とても平和な、つまらないとさえ言えるような青春を過ごしたのでした。


「お前もオレたちも、なんかこう、どかーんと悪さのひとつでもすりゃよかったのになー。でも、そんな気も起きんかったんよなー」


 成人式を間近に控えたある日、次兄にそう言われました。

 その頃になると、視界の端に映るたんぽぽの帽子の姿は、すっかり見かけなくなりました。私も無事、『おとなこども』の時期を過ぎたということなのでしょう。


 次兄の言葉に、私は内心「確かに」と頷きました。マイナスの経験も人を成長させること、傷ひとつない人生のみが美しいわけではないことを、私ももう知っていました。


 ですが心配性だった祖母は、穏やかな人生こそに幸せがあると信じ、それを私たちにも望んだのでしょう。それは、感謝こそすれ恨むことではありません。


 退屈だけど穏やかな青春時代が送れたのは、きっとおばあちゃんと兄ちゃんの靴下のおかげだよ。

 口には出しませんでしたが、私は次兄の真っ黒な靴下がこっそり奮闘する姿を想像しました。思わず出てしまった含み笑いに、次兄は怪訝な顔をしたのでした。

 

─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…─…


 祖母にたんぽぽの帽子をもらってから二十年以上が経ち、私も子どもを持つ親になりました。やんちゃな我が子を見るにつけ、祖母が抱いた心配が痛いほどわかる今日この頃です。


 冬も近づいたある日、その息子が不思議なことを言いました。


「おかあさん、ぼくもそのぼうし、ほしい」

「その帽子って、どの帽子? お父さんの?」

「ちがう。おかあさんが、あたまにつけてたぼうしだよ」

「おかあさん、帽子なんてかぶってないよ?」

「もうないけど、さっきあったもん。きいろい、たんぽぽみたいのがついてるぼうし。ぼくにちょうだい」


 たどたどしく話す息子によれば、つい先ほど私は帽子をかぶっていたそうです。おまけにその帽子は、家の中でもときどき見かけるのだとか。


「すぐ、なくなっちゃうけど」


 息子の話を聞いて、私はゾッとしました。恐怖からではありません。まだ、『おとなこども』の域を抜け出ていないのかと、自分の成長具合に寒気を覚えたのです。


 帽子をねだる子どもに適当な返事をしながら、自分の成長度合いを嘆けばいいのか、それとも祖母の行き過ぎた心配性に呆れればいいのか、私はしばらく頭を悩ませたのでした。


 

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