8.俺はたぶん好きじゃない。
俺は好きじゃない。
おそらく、たぶん、これは恋ではない。
そうだ。
中身男の女っ気ないヤツ、まず俺の好みじゃない。
俺のタイプはもっとスタイルが良くて、長い髪が綺麗で、普段は隠してる内側の女らしさがたまに光って……そして笑顔が可愛いヤツだ!!
……ん?
いや、違う違うっ!!
なんで新道の顔が思い浮かんでんだよ!?
「二人ともすぐそこにいるって。だいぶ前にLINE来てたのに完全に見逃してた」
新道はあははと恥ずかしそうに笑って俺を見た。
気のせいか……柔らかくなった気がする。
いつも俺に牙を向けて煙たがってばっかりいたのに。
店を出て新道の後ろ姿を視界に入れながら、ほんの少し距離を置いて歩く。
あんまり近くに行ったら……ワケわかんなくなって取り乱しそうな自分が怖い。
「そろそろかなぁ。わぁ、ここ凄いいい景色!!」
カフェからほんの少し歩いたところに木々の隙間から海を覗かせた、あんまり人気のない落ち着いた場所があった。
他にも数人カップルがいたが昼間にしてはとても静かだ。
「あれじゃない?」
「おう、そうだな」
康太と川嶋らしき二人が日陰のベンチに座って海を見ているようだった。
「ねぇ、驚かせてやろうよ!」
俺たちはコソコソとアイツらの背後に回り込み、脅かすチャンスを伺う。
「あのさ、康太」
二人の会話が聞こえてくる。
俺たちにはどうも縁遠い、恋人達の空気とやらがここ一帯に充満する中、この二人もなかなかのイチャつきぶりを見せている。
「ったくムカつくから早くぶち壊してやろうぜ!」
俺が一歩足を踏みこむと、新道が力強く俺の腕を握って制止した。
「ちょっと待ってよ。二人だけの時何話してんのか、観察してやろうよ。遅刻した罰!」
「あぁ? んなの興味ねぇけど。どうせおままごとみたいな会話してんだろ?」
女ってもんはホント物好きだな。
友達がイチャイチャしてる時の会話なんて聞いたってキモいだけだろが。
「いいじゃん別に。減るもんじゃなし!」
「……まあな」
どうでもいいけどこうして新道と密着しながら木の影に隠れているのもなかなか悪くなはい。
あの二人はどうでも良かったが、まぁ付き合ってやるか。
「康太さ、生徒手帳今持ってる?」
「ん? 何突然」
「いや、ちょっと……」
川嶋の目の前に康太が生徒手帳を差し出した。
「貸して?」
「それは無理」
「なんで?」
ん?
不穏な空気が漂い始めたな……クク。
「いいからっ!!」
「おい、ちょっ!」
川嶋が康太から生徒手帳を強引に取り上げた。
慌てた様子で康太が取り返そうとする中、川嶋は俺が今まで見たこともない高速な動きで、ペラペラとページをめくる。
ひらりと一枚紙が落ちてきた。
「あぁ!!」
康太がバカでかい声を突然出したもんだから、周りのカップルの視線が一気に二人に集まる。
「声大きいよ! ……っていうかやっぱりコレ……」
しっと康太を嗜めた後、川嶋がその紙を広げた。
「なんだよ、いいだろ、別に」
おい、親友よ……
何そんな赤くなって、だらしねぇ面してんだ!
相手はまな板の川嶋だぞ?
目を覚ませよ、ったく!
「あのさ、私康太に謝んなきゃ」
「なんで?」
「言いづらいんだけど……これ、誤字っただけなんだよね」
くそ……見えん!
「なんて書いてあるんだ?」
俺は懸命に目を凝らす。
「こうた、すきありがとう」
新道が俺の隣でじっと二人を見つめながらポツリと教えてくれた。
「なんでお前が知ってんの?」
「まぁ……なり行きで」
「ふうん」
「知ってたよ」
ふうと康太がため息をついた。
「えっ? 知ってるって誤字ったこと?」
「あぁ」
そう言って柚子の手からその紙を受け取りまた大事そうに生徒手帳にしまう。
「柚子が本当に書きたかったのは、『こうた、たすきありがとう』だろ?」
「よ、よく分かったね」
「確か運動会のダンスで使うタスキ、柚子が忘れて俺の貸してやったことあっただろ? すぐ分かったよ」
「じゃあ、なんでまだ持ってんのよ?」
「あの日俺具合悪くて熱あっただろ? 運動会の練習見学もキツくてフラフラになってた時、自分の練習ほったらかして列から堂々と抜けて俺んとこ柚子が駆け寄ってきて」
「……あぁ、そうだったね」
「先生に何も言わず抜け出したことを注意されてるのに、そんなのお構いなしな顔して、俺のことおんぶして保健室連れてってくれただろ?」
川嶋はそういうキャラには見えんが……
小学生の時は力関係が逆転してたんだろうか?
「あの時は康太の様子がおかしくて心配だったから……。先生の声なんて全く聞こえてなかったよ。あたし注意されてたんだ」
ふふふと微笑む川嶋。
「ずっと保健室で寝てる時も、あたしが面倒見るって聞かなかっただろ?」
「だって、信用出来なかったんだもん。あんなに具合悪そうにしてるのに誰も気が付かないなんて」
ぷうと頬を膨らました。
康太ががそれを見て蕩けそうな笑顔……俺、今アレルギー出そうだ……
「ベットで横になってる俺の手を、柚子のあったかい手がギュッと握ってくれてさ。なんか情けないやら、嬉しいやらで。あの手紙もらった時は書き間違えたんだってすぐに分かったけど、なんかさ、いつか柚子にホントにこうして好きって言ってもらえる男になりたい、もっともっと頑張んなきゃって、その時本当に思ったんだ」
康太が柚子の頭を優しく撫でた。
「……大好きだよ。ずっと。どうしようもないくらい」
そう言って康太の頬に触れる。
川嶋、お前本当に川嶋か?
俺とは違う星の住人に見えるぞ……?
「分かってる……」
おい、待て!!
これはチューの流れだぞ?!
ど、ど、どうしようっ!?
そのまえに、あの二人、本当に川嶋と康太だよな?
いつも戯れてるアイツらだよな?!
慌てて俺は横にいる新道を見る。
「柚子ぅ……」
目からバタバタ涙を落としながら泣いてんのか?おい?!
みるみる磁石のように引き寄せられた二人の顔は、とても離れそうにない。
まだ恋すらした事のない俺の目の前で繰り広げられるそのお互いを求め合う濃厚なキスは……
「ちょっと、斎藤! 鼻血!?」
「……え? あ? あぁ!!」
新道が慌てポケットティッシュを俺に渡してくれた時。
「おい、覗きなんて趣味悪いぞ?」
後ろから声がした。
「……花房先生?!」
まさかの人物の登場に新道が固まる。
その騒ぎに気がついて、康太と川嶋が振り返った。
「や、やだぁっ!!」
「何覗いてんだよ?!」
その場がプチパニックになったのは、……言うまでもない。