1.柚子の隣、争奪戦!
川嶋柚子……高校二年生。康太とは幼馴染で隣同士。ずっと片想いしつづけ、つい最近両想いに。
咲田康太……ずっと隠していたが実は柚子にゾッコン。水泳部でイケメン。女子にもモテモテ。
新道優……柚子の親友。柚子と康太は兄妹のようなもんだとずっと思っていたのに急にくっついて戸惑っていると同時に、柚子を康太に取られて寂しく思っている。
斎藤剛士……いつも人数合わせの立ち位置からブレることのない康太の友達。水泳部。女は見た目と信じて疑わないので女子に嫌われている。
吉岡修……四人のクラスの担任。父親は校長、祖父は理事長と教員一家。仕事は適当がモットー。独身43歳。
『うら若き乙女のコンプレックス。』の続編です。
細かい内容は端折ってますので、ご興味あればこちらを先にお読みください!
修学旅行エピソードなので今のところ数話で終わる予定です(*´-`)
「ねぇ、康太ぁ。席代わってよぉ」
「嫌だね。ちゃんとジャンケンで決めただろ?」
私の後ろから優のじっとりとした視線が、さっきからずっと絡みついてくる。
今日は待ちに待った修学旅行!……なんだけど、すでに目的地に向かって走り出したバスの最前列で、今更誰の隣に座るかで揉めている。
「普通さぁ、親友と彼氏だったら隣に座るのは親友だよね?」
「誰が決めたんだよ、んな事」
康太は頑として私の隣を譲らない。
「じゃあ、百歩譲って柚子の後ろでもいいとしよう。でも、なんで隣が斎藤なのよ!」
「……運命の仕業かな」
斉藤くんが窓の外を見ながらフッとキメ笑いをしてみせる。
「嫌ぁぁぁ!」
優の悲鳴が私に絶望を必死に知らせているのはちゃんと分かってる。
「仕方ないだろ? おんなじ班なんだから」
「康太がまた勝手に斎藤を呼んだんでしょうよ!」
「だってコイツ捨てられた子犬みたいな目ぇしてたから……」
クウンとわざとらしく鳴いて見せる斎藤くん。
「しかも反対側は修ちゃんだし、マジ最悪……!」
汚物を見るような目で斎藤くんを一瞥した後、通路挟んだ隣が担任の吉岡修43歳(通称修ちゃん)という現実にがっくりと肩を落としてる。
「コラッ! 修ちゃんって言うな!」
吉岡先生が腕組みしながら鬱陶しそうに私たちを見た。
「俺はな、咲田と川嶋の監視係なんだよ! うちの学校、男女交際禁止とかそんな規則はないけど、お前らが毎日イチャイチャしてくれてるおかげで、クラスが最近浮ついてんの気付かねぇのか? 来年は受験生だってのに」
「監視って何するんですか? 俺たち学校じゃ手を繋ぐくらいしかそれっぽい事してないでしょ?」
康太が不満そうに言う。
学校じゃなくったって家でも別に何にもないし。
お姉ちゃんやお母さんに覗かれてる気がしてキスも最近してないよ。
「知らないのか? 噂の『恋人ごっこ』が大流行してんの。発端はお前らだろうが」
「あー知ってる!! うちのクラスも結構いるよ、隠れてそれやってる子」
急にテンション上がった優が話に入ってきた。
先生の耳にも入っちゃうくらいなんて、噂って本当に恐ろしい。
確かに最近カップル増えたような気がしたのは気のせいじゃなかったんだ。
「こんなんでお前ら外でチュッチュ、チュッチュ、してみろ! みーんな色気づいて一気に風紀が乱れるぞ? あー怖い怖い……」
修ちゃんは、わざとらしくブルブルっと震えて見せる。
「ったく、俺たちどんだけ信用ないんっすか?! いくらなんでも公衆の面前でそんな事しませんよ!」
康太がはぁっとため息をついた。
「先生、騙されちゃダメだよ? この二人本能スイッチ入ったら何するか分かったもんじゃないから」
優がフンと鼻を鳴らす。
「咲田も川嶋も変な影響力あるからな。万が一を考えてだ。ま、その代わり自由行動の時は秘密の大人気スポットに連れてってやるからさ!」
「ちょっと待って!? もう回るところウチら、ちゃんと計画立てて決めたんですよ?」
わざわざ一時間もHRの時間を使って、みんなで決めたのはなんだったのよ?!
「どーせお前らが回るところは定番の寺院とか仏閣だろ? 先生はなぁ、あの街で生まれ育って隅から隅までいい場所知り尽くしてんだ! おまえら本当にラッキーだぞ? ガイドブックなんかに載ってないとっておきの場所に連れてってやるから、つべこべ言わずについてこい!」
「いやいや、そー言う問題じゃなくって!」
親指を立ててウインクする修ちゃんに呆れながら突っ込む。
なんで自由行動の時間まで先生について回られなきゃいけないのよ?!
「でもさぁ、私立なのになんで修学旅行がバスで1時間の鎌倉なワケ?! 普通、海外とかもっとゴージャスでしょうが」
隣でゲームに夢中になっている斉藤くんの独り言を、ひたすら無視しながら修ちゃんに優が話しかける。
「あのなぁ、鎌倉って言えば理事長だろ?」
そうだった。
鎌倉といえばウチの学校の理事長が住んでいる。
地元を愛するが故、そこに研修施設まで建ててしまったばっかりに、私たちの修学旅行は毎年ブーブー言いながらもそこに寝泊まりする鎌倉湘南観光が恒例となった。
「そうだよね、修ちゃんは怖ーい理事長の孫だから文句も言えないしね」
嫌味たっぷりに先生を突く。
「仕方ないだろ、代々教員一家の宿命だ」
たまにクラスメイトか?と錯覚を起こしてしまう位私たちと距離が近い吉岡先生。
教員とは言い難い人柄が逆に生徒との壁をなくしてていいところもあるんだけど。
「ちょっと先生なんだからもっとやる気出してよね〜」
「俺がやる気出したらお前ら外出禁止だぞ?」
フフンと笑った。
「それだけはやめて〜!」
何も言わずに聞いていた斉藤くんが突然叫ぶ。
「先生、コイツは外出禁止にしてください!」
「新道〜、なんでそんなに俺のこと毛嫌いすんだよ〜」
斎藤くんもここまであからさまに優に嫌われて流石に効いてるのかな?
「女を外見でしか見ないような奴は大っ嫌いなの! なんで康太がコイツと絡んでんのか全く意味不明」
「まぁ、部活一緒だしクラスも同じだからな」
他人事のように後ろの優に向かって淡々と答える康太。
「そんだけ?!」
「よかったら優が斎藤のいいところ探してやってくれよ。俺もよく分からん」
「コイツのいいところ見つけるより、修ちゃんの説教聞いてる方がまだ有意義だわ」
優は鼻を一層膨らます。
「まぁまぁ、斎藤のいいところは俺が見つけてやるから元気出せ」
斎藤くんの打たれまくっている姿に居た堪れなくなったのか、宥めるように修ちゃんが間に入る。
「先生……! 好きになりそう……」
斎藤くんが目を潤ませる。
「ごめん遠慮しとく」
吉岡先生は何も聞こえなかったような振る舞いで手元の本を開き読み出した。
「みんなヒドイ……」
いじける斎藤くんを見て優も少し言い過ぎたのかと思ったのか……
「後で康太に柚子かしてもらいな?」
ちょっと!
冗談でも嫌だっての!
「……うん、まぁ川嶋で妥協すっか」
不満そうな息を吐きつつ私に向かって手を伸ばす。
「あ? もう絶対席変わってやんねー!!」
康太がパシンとその手を払い除け、本気のトーンでそう言い切ると私の手をこっそりと握った。
「ちょっと康太、先生にまた言われちゃう」
「大丈夫だよ、見えないって」
コソコソとお互いの耳元で囁き合う。
斜め後ろに座っている先生に気づかれないようにしていたつもりだったが……
「……ちくるよ?」
シートの隙間を縫ってすぐ後ろに優の目がっ!!
「ひやぁっ……」
康太に口を塞がれ危機一髪。
あぁ、思い描いていた修学旅行とだいぶ違う……
先が思いやられるなぁ……