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【病み社畜が異世界に飛ばされ、幼女達に癒やされた恩返しに人身御供になるも、神様的な何かも病んでいた】

作者: 久蔵伊織
掲載日:2020/06/07




 ──あかんのんと違う?その会社。

 そう言ってくれた祖母は、唯一の味方は、先月亡くなった。

 葬儀には行けなかった。

 会社が、上司が認めなかった。

『親なら兎も角、ばあさんだろ?』


 ──殺意を抱くだけの余力が、この時にはあった。

 ──今はもうない。


 満員電車を待つ、人の群れ。駅のホーム。 もう身動き出来ない。物理的にも、精神的にも。

 疲れた。疲れ果てていた。休暇を取る、退職するという能動的な思考は既に停止している。何も見えない。世界が狭い。苦しい。辛い。


 どん、と急ぐ誰かにぶつかられた。すみませんという声。

 踏み止まれなかった。傾ぐ身体を立て直す気力はもう無かった。

 けたたましい警笛と、誰かの悲鳴。

 迫る、電車。

 終わった。


 いや、漸く、終われる。

 やっと、眠れる。


 


「おねえちゃん、だいじょうぶ?」

 耳慣れない子どもの声に意識が浮上した。のろのろと視線を巡らせれば、ふっくらとした頰の小さな少女が此方を覗き込むようにして立っていた。頰に当たるのは電車のレールでもアスファルトでもない。舗装されていない、土砂だ。

「おねえちゃん、りゅうじんさまによばれたの?」

 ──りゅうじんさま?

 聞き慣れないファンタジー用語に疑問は僅か。ただ、死んでいないらしいことに、私は──絶望していた。

「・・・どこかいたいの?おなかいたい?」

 少女の心配そうな声、

 私は頰を伝い、流れ落ちる涙に、溜め息をついた。


 

 死んだら意識も何もかも無くなって、苦しいと感じる心も無くなると思っていた。

 ─一此処はあの世なのかもしれない。

 裕福な里、という印象だ。広がる畑は実り、道行く人々の頰には笑み。時間はゆっくりと流れていく。理想的なスローライフだ。何しろ何処の誰かも分からない私を迎え入れて、何かと世話を焼いてくれる。


 私は──既に壊れていた。


 死にたかった。この意識を途絶えさせたかった。しかし実行するには活力がいる。死ぬにも元気が要るのだから笑えてしまう。

 無気力な私に、出会った少女──ノエというらしい──はあれこれと話しかけては、私の手を引いて散歩をしたり日向ぼっこをしてくれた。

「おひさま、げんきのみなもと、なんだって。おねえちゃんもいっぱい、おひさまにあたろう?」


 食べたがらないと、彼女は雑炊のようなオートミールのようなものを匙で掬い、口元に差し出してくる。

「ごはん、たべよう?」

 泣き出しそうな彼女の大きな瞳に、私は無感動に口を開いた。薄味のそれは、酷く久しぶりの温かい食事で、不覚にも泣いてしまった。ノエは突然泣き出す私に慣れてきていた。大人ぶった手つきでそっと背中を撫でてくれる。その小さな温かさは確かに慰めで、そして幼い少女に助けられている情けない自分にまた涙が溢れた。



「ノエのおねえちゃんもね、キガレのやまいだったの」

 きがれ──気枯れ、だろうか。

「とてもつらそうで、くるしそうだった。でも、このまえ、すきなひととけっこんして、しあわせになったの。・・・ノエも、すきなひとと、けっこん、したいなぁ」

「好きな人がいるの?」

 トオトおにいちゃんがすきなの!と幼い恋心を隠しもせず、彼女は笑った。

「あたまがよくてね、いろいろなことをおしえてくれてね、かっこうよくてね、」

 ノエにとっての王子様は語り尽くせない様子だった。その可愛さに思わず笑みが浮かんだ。──笑えた。何気なく、笑えた。

「・・・ノエちゃん」

「なあに?」

「有難う」

「?どういたしまして!」

 


 それからは少しずつ、里の仕事の手伝いをするようになった。簡単な手工業、経理、交渉──クソだと言われ続けていた社会経験が役に立った。里の人々の笑顔が嬉しい。当たり前に言われる感謝の言葉が沁みた。


 穏やかな日々。

 傷みの無い日々。


 しかしノエの表情が次第に曇っていく。

 その理由は──現代社会に生きていた私にしてみれば滑稽にして理不尽極まりないものだった。

「・・・龍神様の嫁?ですって?」

「うん。ノエ、およめさんになるの・・・」

「あの・・・里のお祭りみたいなものだよね?ちゃんと帰ってこれるんだよね?」

 縋るように私は訊いた。そう、お祭りで小さな子が綺麗に飾り立てられるアレだ。アレのはずだ。龍神様の嫁という体でそうするだけで──。

 しかしノエは首を傾げた。

「かえってきたひとも、いるの。でもかえってこなかったひとも、いるの」

「────」

 人身御供だとか、龍神はロリコン通り越してペド野郎だとか、イエスロリショタ・ノータッチだとか、色々な思考が巡り、最終的に私は激怒した。しかし社会人経験は、冷静に怒りを覆い隠す。

「ノエちゃんは、トオトさんと結婚したいんでしょう?」

「うん・・・」

 ノエの声に涙が混じり始めたのは分かっていた。

「二人で幸せに、なりたいんでしょう?」

「うん・・・!」

 ぼろぼろと涙を溢してノエは泣いた。初めて泣いた。小さな身体を抱き締めて、私は悟っていた。



 私が此処に来た理由は、きっとこれだ。


「・・・私が、龍神様の嫁になるわ」




 薄暗い洞窟を抜けた先には、昔話に出て来た御殿のような建物と庭が広がっていた。

 池には蓮が咲き乱れ、見たこともない鳥が美しい声で囀る。空気が酷く、澄んでいるのが都会育ちの私にでも分かった。

 これが、神域という奴なのだろう。

 改めて私は緊張しつつ、歩を進める。里の人たちが着せてくれた花嫁衣装は身動きする度に煩わしさを感じさせてくれるのだから、結婚なぞするものではない。・・・特に幸せでは無い結婚は。いや、彼氏とかいたことないし、結婚願望ないけど。知らないけど。

 門は自ら開き、そして閉じた。

 玄関らしい扉もまた開いて閉じる。履き物を脱いで揃え、それから板張りの廊下を進む。磨かれた廊下は軋みもしない。誰かに導かれるように、私は迷いなく、進んでいった。


 襖が開く。

 青畳の海の先、何かがいた。

 威容。

 近付いてはいけない、近付きたくない。

 それでも足は進む。


 ──食べられるのかもしれない。

 ──物理的にか、性的にかは知らないけれど。

 ──でも・・・ノエがそんな目に遭うなんて許せない。

 

 覚悟は決まっていた。

 ノエにはそれだけの恩義がある。

 私を――人に戻してくれたのだから!


 静々と威容にして異様に近付く。

 それは、人の上半身と、蛇の下半身を持つ異形だった。蜷局を巻き、人の上半身はぐったりと横に倒している。それは薄青い瞳を私に向け、そして青い唇を開いた。燃えるような長く青い髪が流れる。



「帰って」

「・・・・・・・・・はい?」

「帰って。俺を一人にして。放っておいて」

 願ってもない言葉、のはずだった。

「俺はもう疲れた。里は飢えてない、山も太っていて、それで充分だろう?それなのにこの上何をしろというんだ?俺の力量ではそれが限界だそれなのに、それなのに、」

 もう頑張れない──龍神様と崇められるそれは、そう小さく呟いて、ぐったりと目を閉じた。その顔は窶れて隈が酷い。明らかに病んでいる。いつかの私のように。

 私は──花嫁衣装を脱ぎ捨て、身軽な襦袢と単衣姿になり、それから、龍神様とやらの頰をそっと叩いた。

「龍神様──お日様に当たりましょう」

「なに・・・放っておいてって、」

「どのくらい、お日様に当たってないんです?」

「・・・・・・」

「どのくらい、食べてないんです?」

「・・・・・・」

「助けてって、言えなかったでしょう」

「・・・・・・」

「私は助けて貰えました。お日様の下に連れていって貰って、ご飯を食べさせて貰って。貴方の里の子が、私を助けてくれました。今度はあの子のために、貴方をお日様に連れていきます。ご飯も食べさせます。

 ──貴方の里は、とても優しくて素敵ですよ」

 貴方のおかげ、なんでしょうね。

 

「よく──頑張りました」

 私が一番言って欲しかった言葉を、病んでしまった龍神様に送る。

 龍神様は少しだけ目を見開いて、しかし力尽きたように瞼を閉じてしまった。



 龍神様の世話は率直に言って物凄く大変だった。

 成人男性の上半身に、大きくて長い尾がついているのだ。日に当たらせるのも一苦労どころではない苦労をした。

「痛い、引き摺らないで・・・」

「ご自分でッ、動いて、いただけませんかねぇッ!」


 食事については何を食べさせれば良いのか謎だった。上半身は人に似ているのだから、粥とか雑炊で良いだろう、という雑な結論で、えっちらおっちら竈で飯を炊いた。ノエの手並みを見ていて本当に良かった。現代日本人は竈の使い方なんて分からない。出来上がった粥については不評だったが、無理矢理食べさせた。今度はその辺に生えている野草で雑炊にしよう。大丈夫、食べられる野草も見覚えた。本当にノエ様々だ。


 そうして何日か、数週間か、数ヶ月かが過ぎ──

 龍神様は漸く、自分で日に当たり、食事を取るようになった。

「・・・お前、里の者じゃないだろう」

「ええ。この世界の人間ではないらしいですね」

「・・・帰りたいなら、帰してやれるけど」

「私を殺しかけた世界になんて帰りたくありません」

「そう、じゃあ良いね」

「ええ。お気遣い有難うございます」

「お前、これからどうしたいの?」

「そうですね・・・ノエちゃんの行く末を、見守りたい、かな」

「お前を救った子どもだっけね。・・・間接的に、俺も救われたのか」

「良い子ですよ」

「そうだろうね。俺の、里の子どもだから」






 ノエは自分の身代わりになった”お姉ちゃん”を忘れなかった。彼女は笑顔で、ノエの幸せを願ってくれた。幸せになってね、と。

 嘆くのは止めた。彼女にいつか会えた時に胸を張って、お礼と共に言うのだ。

「とっても、幸せになりました!」

 大好きな人の隣で、ノエはそっと目を閉じた。大好きな人の、大好きな子を腹に感じながら。





「トオトお兄さんと一緒になったのね!ノエちゃん!おめでただって!お祝い!お祝いしなきゃ!龍神様!お祝いが要りますよ!」

「えぇ・・・個人への寿ぎとかどうしたら良いの・・・」

「まずは安産です!安産!」




 【めでたしめでたし】



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― 新着の感想 ―
[良い点] 社畜が救われて安心しました!お日様大事ですよね! [一言] 次回作期待しています
2020/06/07 21:47 通りすがり
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