インスタント・サモン
「俺を呼び出したのはお前か」
やってしまった。
まさか本当に召喚出来るなんて思わないじゃない。
偶然図書館の隅で見つけた『お手軽口寄せ術』なる趣味の悪い本。
生け贄も家にある物で用意出来たし(小麦粉80g、魚の頭、料理酒200ml)。
暇つぶしにって気軽な気持ちで…どうしよう、ママが帰ってくるまでに処分しなきゃ。
「こらこら待て待て、お菓子作りに失敗したみたいなノリか」
えっ、私モノローグで語ってたのに。
心の中を読めるのかしら、この、ええと…何だろう、この生き物。
「人心を読むなど容易いことよ。そして俺はウミウシの化身だ」
ウミ…?ナメクジかと思った。
でもおかしいな、あたしこのページのかっこいい悪魔を召喚したつもりだったんだけど。
「こんな生け贄で高等な悪魔を呼び出せるわけないだろ。あと小麦粉が10g足りてなかったぞ、今回は特別に来てやったが」
お菓子並に繊細だ…。
ところでウミちゃんは何をしてくれるの?
「ゆるキャラみたいに呼ぶな。いやデザイン的にはいけなくもないか…」
いけないよ。百歩譲ってキモカワ…でもないか。ただキモい。
「お前さっきから失礼じゃない?あといい加減普通に会話してくれ、端から見たら無言の少女に俺が一方的に話しているみたいだろ」
「端から見た瞬間アウトの存在だけどね。で、そんなナリだけど願い事とか叶えてくれるの?」
「いちいち一言多いんだよ。そんな高等悪魔みたいなこと出来るわけがない」
「じゃあ何が出来るの」
「すごく粘性のある液体を分泌出来る、自在にな」
「ますますアウトだよ」
げ、床がべとべと…ママに怒られちゃう。
「だがお前が呼び出した以上、お前の願いを1つ叶えねば俺は帰れない。召喚時に何か願ったか?」
「何かいいことありますようにって」
「そういうことは神社でやれ。…しかし、生け贄も受け取った以上その願いを叶えるしかない」
「今すぐ消えてくれたら叶うんだけど…」
「だから消えるために願いを…ややこしいわ!とにかく俺がお前を幸せにするから!」
言い方がキモチワルイ…。
「心読めてるんだからな、それ。で…俺が何をすればお前は嬉しいんだ」
「…あ、このべとべとの床を綺麗にしてよ!」
「俺は一体何をしに…」
「いいじゃん、綺麗になったらあたし嬉しいよ!あと1時間でママが帰ってくるからそれまでにね!」
「くっそ…早く済ませて帰ろ」
「あたしリビングにいるから終わったら勝手に帰ってね」
「お前はよっぽど悪魔だよ」
………
「…30分か。もう終わって帰ってるかな」
「おい、気付いたことがあるんだが」
「え、まだいるの…てか床全然綺麗になってないじゃん!」
「俺自身がべたべたなので掃除が終わらん…!」
まあそんな予感はしてたんだけど。
そこはこう、何か別の能力とかあるのかなって。
「あるわけが無い、俺は下級召喚獣だぞ」
「聞いてるこっちが虚しいよ…やば、もうママが帰ってくる!」
「ちなみに俺の姿は召喚者以外でも視認出来るぞ!」
すっごい無駄なオプション!
「と、とりあえず2階にあたしの部屋があるからそこに行くわよ!」
こんな物体を部屋に入れたくないけど…背に腹はかえられぬ!
「お前キャラが変わってるけど」
「いいから付いて来て!この階段を……あっ!」
「む、危ない!!」
「……」
「……」
あれ…痛くない。階段から落ちたはずだけど。
…このべとべと感は…。
「危ないところだった」
「その声はあたしのしもべ、ウミちゃんね」
「しもべ…?」
そっか、ウミちゃんがクッションになって…。
「あれ、ウミちゃん何か透けてない?」
「おお、俺のフォローをお前は『いいこと』と感じたようだ、願いは叶えられた。俺は魔界に帰れる」
「そう…そんなんでも役に立てて良かったね」
「言い方よ」
「まあ、ありがと。向こうでもあたしのこと見守っててね」
「いや成仏とかじゃないから。掃除出来なくてすまなかったな、じゃあな」
こうしてウミちゃんは帰っていった。
結局掃除は間に合わず、あたしはママにいっぱい怒られた。
最終的にはいいことより悪いことの方が多かった気がするけど。
ただ、この1時間くらいは、なんだかんだ楽しかった…かも。
とても不思議な体験だったけど、後日、もう1つ不思議なことがあった。
あの本…『お手軽口寄せ術』がどこを探しても見当たらなかった。
なくしたことを図書館に謝りに行ったけど、そんな本は元々置いていないと言われた。
もしかすると、オカルト好きの私に神様があの本を貸してくれたのかも。
寂しい時に、また貸してくれるといいな。
そう思いながら、私は毎日図書館に通う。
「俺を呼び出したのは……またお前かよ」
あれから例の本は1回も見てないけど、レシピはしっかりメモっていた。さすがあたし。
「レシピ言うな。他にも色々メモしてるんだろ、なんで俺ばっかり呼び出すんだよ」
「どれ試してもウミちゃんが出てくるんだよ!万能調味料か!」
「よくわからんツッコミをするな」
「さすがに週3で出てくると飽きるわ」
「こっちの台詞だよ、俺も忙しいんだぞ」
「こんな物体がどう忙しいのよ」
「うるせえよ。で、今日は何を願ったんだ?」
「うへへ、今日はね…」
本当はメモなんてしていない。材料を覚えてたっていうのはウミちゃんには内緒だ。
「…材料?」