VS.羽化
俺は、自分で自分が分からない。
俺は、自分の夢が何なのかさえ分からない。
ホワイト・ナイトを踏みつけながら喜ぶのが俺の夢。そのはずだったというのに、たった数十回で飽き始めている。復讐が本当に俺の夢なのであれば飽きるはずがない。であれば、復讐は俺の夢ではないというのか。
……いや、それはありえない。ユヅルハに申し訳がないし、左手の精神病が継続している理由を説明できないではないか。
「俺の夢はユヅルハを殺したホワイト・ナイトに復讐する事で、俺は幼馴染を殺された復讐者で」
『幼馴染:アンタの間違いは、状況から自分を逆算してしまった事だったのよね。まぁ、アンタの左手の中にいる私が原因だから、罪悪感を覚えなくはないのだけど』
「どういう、意味だ?」
一年前の春、大都会駅で俺はユヅルハの片手以外を見失った――数十トンの天井崩落に潰された人間を見失ったと表現するのは、実に未練がましいニュアンスである。
当然、俺は悲しんだ。
食事が喉を通らず、人相が変わる程にはやせ細った。
生来、隣にいたはずの人間がいなくなったのだ。悲嘆は普通であり、人間としては正常である。
『幼馴染:子供の頃から私が引っ張っていた所為もあるのだけど、アンタって自分で考えて行動するのが苦手なのよね。こうあるべき、という状況に従って動く方が楽だから』
「だから、どういう意味だよ??」
ひとしきり悲しんだ後……俺は、次の行動に困った。
ユヅルハがいない状況において、俺はどうするべきか。
大都会に対して強いトラウマを持ち、田舎の実家に引きこもる。違和感のない行動だ。
ユヅルハは過去の女なので、すっかり忘れて新しい出逢いを模索する。違和感のない行動だ。
『幼馴染:あッ?』
ユヅルハを殺した相手を探し出して、復讐する。違和感のない行動だ。
田舎の一般人らしく、何も行わず普通の生活を過ごす。違和感のない行動だ。
選択肢は多い。
だが、どれも選択するにはハードルが高い。
実家に引きこもる生活は、家族に対して申し訳がない。
新しい出逢いは、ユヅルハを失った直後に行うのは軽薄だ。
復讐は、行動する労力が多い割に実現する可能性は高くない。
普通の生活は、ただ何もしなかった惰性でしかない。
結局、一年前に俺が選んだ選択肢は復讐だった。
左手が本人の意志に反してスマートフォンを操作する特異症状を起こすぐらいに、俺はユヅルハを想っていた。そういった状況証拠があれば、最も激情的な行動たる復讐を選択するのは当然だ。
『幼馴染:でも、この私がアンタの精神とは無関係の現象だったとしたら?』
「そんな馬鹿な。幽霊なんてこの世界にはいない」
『幼馴染:まぁ、私を精神病と思い込みたいという気持ち自体が、復讐を肯定したいというアンタの深層心理の一つなのだとは思うけど。でも、こうして私がLIFEで通話を試みていなかったら、きっとアンタは復讐を実行していなかった』
「精神病を理由にして、俺は復讐をしているだけに過ぎないと?」
『幼馴染:ずっと左手から観察していた私にはそう思えたけど、違う?』
スマートフォンを見詰めながら、思考に詰まる。
左手に対して、言い返せる言葉が見つからない。
いや、左手の症例がなかったとしても、復讐心が一つもない訳ではない。ホワイト・ナイトが目の前にいたならば絶対に踏みつけているに違いない。
けれども、ワザワザもう一度、因縁ある大都会に来ていたかというと……絶対に、とは言い難い。
『幼馴染:アンタが状況に流される男っていう証拠は他にもある。春都に言われたぐらいで第二ヒーローとして活動しちゃっているじゃない』
合コンでの話か。
怪人ニーマルラットが現れて、どうにか皆を救いたいと思った春都が俺に対して『頼む。二郎! ヒーローが現れるまででいいから、お前が怪人をどうにかしてくれ!』と頼んできたのである。俺が自分で望んで第二ヒーローとして活動開始をした訳ではなかった。
そうだった。
ヒーローが現れるまでの繋ぎ役。いわゆる第二ヒーローの役目を押し付けてきたのは春都だったのだ。
あの時、あの場所で、あんな馬鹿みたいな頼み事をされなかったなら、俺はより暗い方法で復讐を実行していたに違いない。春都の所為で、第二ヒーローなどという意味不明な手段でエヴォルン・コールと戦う羽目になってしまったのである。
春都の、ファインプレーだ。
精神病を持った復讐者などという異常者の心理よりも、ごく普通の大都会人である春都の願いの方が信じられると思ったから、俺は春都の願いを鵜呑みにしてしまったのである。それ以外に考えられない。
『幼馴染:違う。二郎は異常者なんかじゃない。第二ヒーローの活動も、きっと深層心理の一つ。他人に言われたとしても、受け入れたのは二郎の意志よ』
「……俺は第二ヒーローになって何がしたかったんだ?」
『幼馴染:それは自分で気付きなさい。死んでしまった私が答えるべきではないから』
幼馴染を殺された男が、迂遠なヒーロー活動を願う心理。
それこそが俺が今、一番望んでいる夢なのだろうか。だから、ホワイト・ナイトに復讐する夢に飽きてしまっているのだろうか。
“――mtHの出力が急激に低下しているマヨ!? どうやって……いえ、理由を探るよりも前に、もっと深く夢に沈ませないと。怪人技“養蚕末路”!”
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▼第二.五ヒーロー
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“戦闘力:351.9 → 151.9 (mtH1、第二ヒーローと接続中)”
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▼怪人マヨイガ
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“戦闘力:450 → 250(mtH1、第二ヒーローと接続中)”
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第二ヒーロー入りのmtHから供給されるパワーが半分未満まで下がった。mtHの中に捕えているはずの第二ヒーローが覚醒しようとしているのだ。
強い危機感を覚えた怪人マヨイガは怪人技を使って、第二ヒーローに夢を強制する。
「隙だらけだぞ、怪人!」
「ぐぅ、パチモンが私のmtHの力を使って、粋がるマヨ!」
mtHから流れるパワーは第二.五ヒーローと怪人マヨイガで折半されていた。第二.五ヒーローの力も半減しているものの、未だにヒーロー級の馬鹿力で殴りつけてくる。怪人マヨイガにとっては邪魔でしかない。
「mtHの出力を上げて、まずはこのパチモンを倒すマヨ!」
「マズッ。早く起きてくれ、第二ヒーロー!!」
風景がガラリと変わった。
一風も変わっていない、ごくごく普通の賃貸マンション、1DKよりは広いかもしれない。俺以外の人間がキッチンで何かを調理している。
「あ、帰ってきたんだ。お帰り、二郎」
「ただいま。ユヅルハ」
――まあ、同棲し始めて既に一年だ。大学生の内から男女で生活するというのに、あまり初々しさはない。両方の家族の公認も得ている。
一緒に大都会に出た時には別々のマンションだったというのに、そう時間をかけず同じ場所で暮らし始めた。手続きが二度手間となって面倒だったと一年前には思ったものだ。
「今日の晩御飯は?」
「私の得意料理。鶏の唐揚げよ」
ユヅルハが菜箸を片手に俺へと微笑みかけてくる。
実にありきたりな日常に、とてつもない幸福感を覚える。これが俺が真に必要とした夢だったのだと思いたくなってしまう。
「ユヅルハ――」
自然に流れ落ちる涙。
「――ぷはははっ、お前がまともな料理、できるはずがないだろ! がははっ! 腹痛いっ! 涙が出るっ。お前がフランベ状態にしないで揚げ物とか、これが俺の望む夢とか!」
『幼馴染:笑うなッ。相転移で金属炭素化した鶏肉、食わせるぞッ』
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▼第二.五ヒーロー
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“戦闘力:151.9 → 51.9 (mtH1、第二ヒーローと接続中)”
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▼怪人マヨイガ
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“戦闘力:250 → 150(mtH1、第二ヒーローと接続中)”
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「どうして、更に出力が下がったマヨ!?」
「第二ヒーローが起きかけている。よし、このまま一気に!」
第二.五ヒーローの拳が、全身を白い羽毛で覆われた女の顔を正面から殴った。
一切防御していなかった怪人マヨイガは、まともに食らう。mtHでパワーアップした拳による一撃なので、怪人と言えど首の骨が折れても仕方がない。
怪人マヨイガが打たれた。
衝撃波が響き、怪人マヨイガの顔が硬直する。
「……ん、異様に軽いマヨ」
「うわっ、めっちゃかてぇ。コンクリートを殴りつけたみたいだ?!」
mtHの出力が下がれば、怪人マヨイガと第二.五ヒーロー、両人の戦闘力が減少していく。
その結果、戦闘力の比率に絶対的な差が生じたのだ。地力の高い怪人マヨイガが有利になるのは自明である。
この場において第二ヒーローが起きて不利となるのは、怪人マヨイガではなく第二.五ヒーローの方となる。
「…………第二ヒーロー様が起きても、またmtHに捕える事はできるわね。となれば、一度完全に起こしてしまって、目障りなパチモンを潰すマヨ」
「マズッ。今は起きるな、第二ヒーロー!! 眠れぇ、眠れぇ!!」
男の悲鳴のような子守唄が聞こえてきて、風景が炭化唐揚げのごとく暗転した。
光が見えた時には……俺は趣味の悪い玉座に座っている。
「二郎さん、あっはん」
「二郎。うっふん」
――五十鈴響子と石田ミカが俺へとかしずいている。煽情的な姿で目のやり場に困る。はだけた胸元をどう直視すればよいのか分からない。
手前は階段状になっているのだろう。一段ごとに女性が座っている。京極撫子らしき姿も見えるが、他にも数がいる――百井直美や合コン以来の一之瀬綾乃もいる。俺の交友関係総動員であるが、限界があるため下の方は会った覚えのない人達ばかりだ。テレビや雑誌からの選りすぐりだろう。
実に分かり易いハーレムだ。
「まぁ、男の夢と言えば夢か。実際は大奥抱えているのだからドス黒いと聞くが」
『幼馴染:へぇ、ほぅ』
これが俺の真の夢か。うむ。
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▼第二.五ヒーロー
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“戦闘力:51.9 → 101.9 (mtH1、第二ヒーローと接続中)”
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▼怪人マヨイガ
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“戦闘力:150 → 200(mtH1、第二ヒーローと接続中)”
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一見、ただの素晴らしい光景であるが、本当に俺が望んでいる夢なのか分からない。
だが、判定方法はある。ホワイト・ナイトを繰り返し足蹴にして飽きたという前例がある。俺が飽きたなら、それは俺の夢ではない。
「という訳で、実地試験で確かめる。これはきっと学術的なものだ。疚しさはない」
『幼馴染:そこの女共に触れてみろ。……握り潰すぞ』
「どこをッ!?」
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▼第二.五ヒーロー
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“戦闘力:101.9 → 11.9 (mtH1、第二ヒーローと接続中)”
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▼怪人マヨイガ
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“戦闘力:200 → 110(mtH1、第二ヒーローと接続中)”
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闇が広がる。
もう俺は、何も夢を見ていない。
結局、俺の深層心理が望むという、真の夢など存在しなかったという事なのだろうか。俺にヒーロー活動を願う心理というものは存在しなかった。今時、夢のない人間など珍しくもないが、自分がそうだと言われると酷く落ち着かなくなる。
死後の世界なんて存在しない非情世界に生きる人間には、今生しかない。だというのに、今を生きる指針たる夢がないとは、羅針盤なく外洋を旅するも同じ。基本的に遭難してしまう。
必死に手を伸ばした。
けれども、何も掴み取れない。
何かないのかと叫ぶ。
けれども、先の見えない闇に声が飲み込まれてしまう。
俺の夢はどこかに落ちていないか。
俺の中に答えがなくてもいい。誰でもいいから、俺の夢を答えてくれ。
『――どういう気持ちでなら、ヒーローをやってよかったの?』
……誰かの心からの疑問が聞こえた気がする。
それは俺の疑問に答えてくれる声ではなかったというのに、俺は急速に覚醒していく。目覚めるのに邪魔な何かが体を覆っていたので、全身で引き千切っていく。
誰かの疑問に、怒りに似た爆発力を持った感情が沸き立つ。
『幼馴染:……あぁ、まったく。シャクだなぁ。私以外の女の言葉で二郎が立ち上がるのは、本当に嫌だなぁ』
絡みつく絹糸の束を無理やりほどく。
「うぉぉぉぉォオオッ!!」
俺は誰かの疑問に答えなければならない。
「俺はあの瞬間、諦めていた!! だから、ユヅルハと手を繋いだだけで満足してしまった。ユヅルハを救おうとしなかった。一緒に安全な場所に逃げようとしなかった。その所為でユヅルハだけが死んでしまったんだ!!」
幼馴染を殺されてしまい、復讐に走ってしまうのが当然の男が、どんな気持ちで第二ヒーローとして戦っていたのかを、叫んでしまおう。
「こんな後悔。こんな気持ちを覚えるのはッ。俺一人で沢山なんだっ!!」




