VS.怪人マヨイガ2
スケーリーフットの体がビルから弾かれて隣のビルの壁に衝突する。
壁に埋まった五十鈴響子を追って飛んできた怪人マヨイガが、バイザー顔を脚で掴んでビルから無理やり引っこ抜く。
「ば、馬鹿なッ。ヒーローの私が怪人に手も足も出ていない!?」
「あはっ、すごいわよ。この力! 種族を代表するヒーローが赤子同然。手加減しないとすぐに終わってしまいそう」
一部の例外はあっても、基本的には怪人を圧倒し続けていたスケーリーフット。けれども今は怪人マヨイガに遊ばれている。
人類を凌駕する怪人を、更に凌駕していたスケーリーフットのバイザーにミシりとヒビが走る。
五十鈴は怪人の脚を殴って拘束から逃れようと努力しているが、怪人マヨイガの力は緩まなかった。ゆっくりと握り潰されていく。より大きくヒビが広がっていく音を聞いて、五十鈴は恐怖を覚える。
「離せぇっ、怪人!」
「でも、第二ヒーロー様は数倍の戦闘力差がある怪人にも勝利した事があるから慎重にならないと。……とはいえ、ふふっ。祖父の威光で高スペックな体に改造されただけのお嬢ちゃん相手に、そんなに慎重になるのもチャンチャラ可笑しいわよねぇ?」
「お前は何を言っている!?」
「私に教えてあげる義理はないわよねぇ? どうせ、今潰すところだし」
怪人マヨイガの言葉に祖父や改造といったワードが含まれていたものの、五十鈴は何も分からない。
ただ、侮辱されている事だけは分かったので、奥歯を噛んでややブチ切れている。怒気が恐怖を上回った事で戦闘意欲が復活し、両腕から板ノコギリを生やした。
「切り落としてやる。ガジェット・ソーッ」
「おっと、指に傷がついたら大変」
電動回転する刃をクロスさせながら怪人の脚へと斬りつけたものの、寸前で怪人マヨイガは拘束を解いた。
空中浮遊していた怪人マヨイガに手を離されたので、五十鈴は自由落下して地面と衝突する。地上十階分の高さはあったが、怪人に殴られるよりも衝撃は少なく無傷だ。
立ち上がるよりも先に両腕を上空に向けた五十鈴は、ガントレットのブースターを点火する。
「ガジェット・ソー・パンチッ!!」
回転ノコギリ付きのガントレットを左右二つ、怪人マヨイガへと向けて発射する。
実を言うと直撃したところで怪人マヨイガに大きなダメージは与えられない攻撃である。ただし、第二ヒーローをmtHに加工して、パワーアップしたばかりの怪人マヨイガには自分の丈夫さがいまいち分かっていない。
感覚的な自信は、パワーアップ直後の全能感による過信かもしれない。怪人となったばかりの人間が起こしやすい自信過剰であるが、mtHで強化された怪人に対しても同様の症状が起きてもおかしくはない。
このような思考により懸念が上回った怪人マヨイガは、翅を大きく羽ばたかせてビルの屋上付近まで上昇。射程外まで逃れた。
「お返し!」
怪人マヨイガはビルの屋上にあった鉄塔へと脚を伸ばして、溶接を引きちぎる。
そのまま地上の小さなスケーリーフット目掛けて、鉄塔を振り落とした。鉄骨がひしゃげる激突音が響く。
「怪人マヨイガぁぁああッ」
激突音に負けない咆哮を上げた五十鈴は、背面ブースターを最大までふかした。同時に、肩口から重機用のアームを生やして振りかぶる。
「ガジェット・ハードパンチ。セット!」
戦闘力の高い怪人を倒す。そのために増設したスケーリーフットの奥の手ならぬ、奥の腕だ。ブースターの加速度も拳に乗せれば山さえ砕く一撃となる。
逆にいえば、この攻撃で怪人マヨイガを打ち砕けなければ、五十鈴の敗北が決まる。
空飛ぶ鳥を矢で射抜くがごとく、五十鈴は垂直方向へと飛行を開始した。怪人マヨイガの飛行能力は高いが、加速力ではどうにかスケーリーフットが上回る。
ハードパンチの拳に相当するバケットをねじって構えた。狙いは怪人の胴体中央。アッパーカットで打ち貫く。
「ガジェット・ハードパンチ!!」
白く柔らかな毛に守られる怪人の腹に、渾身の力が炸裂する。
しかし――、
「――何か、した?」
――怪人マヨイガの体は衝撃に押されて浮き上がったものの、それだけだ。傷一つついていない。
勝った、という形に怪人マヨイガの唇が動く。
五十鈴は、今だ、と甲殻の中で叫んだ。
「ガジェット・パイルドライバー展開!」
スケーリーフットの上腕後方が延長されてレールと化す。柱のごとき釘がセットされ、発射口を怪人マヨイガに密着させた。
「ガジェット・パイルドライバー発射ッ!! 貫けェェ!!」
対A級怪人用に五十鈴が調達した大型釘打ち機が火を噴く。中古品を購入した際には備わっていない炸裂発射機構を組み込んでいるためか、鉄塔を落下させるよりも激しい爆音が発生。黒煙が音の形に広がる。
直径百メートル圏内のビル群の窓ガラスは、余波によって粉々のシャワーとなって地上へと降り注ぐ。
確実に怪人を葬るために用意した過剰装備だった。煙の向こう側に白い翅が見えるので怪人マヨイガの体は原型を留めているものの、体の中央は穿った。
ギリギリであったものの、五十鈴はA級怪人マヨイガを倒したのである。
ヒビ割れたバイザーの奥で五十鈴は、勝った、と唇を動かす。
……そして煙の中では、耐えた、と怪人マヨイガがニヤりと笑う。
「――ヒーローの奥の手さえも耐えたマヨ。これで証明された。私が新人類最強なのだと」
翅が風を生んで邪魔な黒煙を散らす。
女の上半身があった場所には、白一色の肌に、針葉樹としか思えない長く垂れ下がった眉毛を有する怪人の上半身があった。旧人類の姿から乖離して、より怪人らしくなっている。
「そして、第二ヒーロー様のポテンシャルは、私の予測を超えていたマヨ。mtHから流れてくるパワーが、時間経過で増していく。怖いくらいに」
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▼怪人マヨイガ
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“戦闘力:500 → 800(mtH1、第二ヒーローと接続中)”
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五十鈴は絶句していた。怪人マヨイガの姿にもそうだが、多少、毛が乱れた程度でしかない体の様子に絶望するしかできなかった。
「化物……」
「違う、違うマヨ。私は怪人マヨイガ」
複数ある脚の一本に打たれた五十鈴は数棟あるビルを一度に貫通。眼鏡橋を望む広場に落下する。
かつてない損傷具合に、自己診断AIの報告はすべてレッドだ。
ただし、赤い光景が突如暗くなる。怪人マヨイガの巨体が落下してきたからである。
重量に潰されていくスケーリーフットの体。五十鈴の怪人技で生み出した甲殻が、内側方向へと凹んでしまう。
明らかに装甲は許容値をオーバーしていた。実際、内壁の一部が変形して、五十鈴の横腹を突き刺している。
「ぐゥッ。逃げないと、逃げないとっ」
「ヒーローが情けない事を口走っているマヨ。折檻してあげましょう」
サッカーボールのように蹴られた五十鈴は無人の街を転げまわる。怪人によって非常事態宣言が出された大都会は、もう怪人の街となってしまったのだろう。一方的に蹴られ続ける醜態を都民に見られずに済んだ、こう喜ぶだけの余裕は既にない。
まだ甲殻は形を保っているが、転がればその分、内部の五十鈴も転げまわる。
「怪人め、怪人めェ」
「近くに住んでいるから、こうやってのんびりと街並みを見ていなかったのよねマヨ」
「倒す、倒してやる。絶対に倒してやるゥ」
「あのお店、仕事が落ち着いたら行ってみたかったのに、なかなか行けていないマヨ」
「うぅグッ。あァ。痛い、痛いィ」
黄色い装甲はアスファルトがこびりついた筋だらけだ。
ヒーローの姿からは程遠く、人間の形をしたスクラップと言うべきである。
一部の破孔からは血が滴っている。内壁まで貫通した証拠だった。
スクラップが、両腕を使いながらであるが立ち上がる。
「……邪魔マヨ」
いい加減蹴る作業を面倒に感じていたのだろう。怪人マヨイガは進路上に立つスクラップを蹴るのではなく、踏みつけるべく脚を振り上げた。
次の一撃はもう耐え切れない。五十鈴はここで終わってしまう。
ピンチにヒーローが駆けつけるのは定番であるが、ヒーローである五十鈴の場合は話が違う。ヒーローを助けてくれるヒーローはいないのだ。
それでも、と五十鈴は自分を助けてくれそうな誰かがいないものかと考えたが……思い至ったのは第二ヒーローだけである。
残念ながら、第二ヒーローは宛てにできない。繭玉の中で夢を見続けている。
五十鈴は虚しくなった。ヒーローなどという存在は、こんなにも寂しいものだったのか。たかが体を改造されたぐらいの復讐心で続けるようなものではなかったのだろうか。
「……どういう気持ちでなら、ヒーローをやってよかったの?」
雑に振り上げられた脚が落ちてくる。
五十鈴の素朴な疑問に答えてくれる者は現れてくれない――。
「――提供されたプロトコルは正しかった。mtHハッキング。敵対人類調伏プログラムの解体を開始するよ!」
「――スケーリーフットは私がっ。怪人技“クモの糸”」
「――俺は、第二ヒーローが目覚めるまでの時間を稼ぐ。……第二.五ヒーロー、出撃する!」




