VS.怪人マヨイガ1
意識が重い。
手足が重い。
怪人アゲハとの戦闘で敗北により意識を失った俺の目を覚まさせたのは、床へと放り落とされた際の衝撃だ。肺が背中方向から圧縮された事で、大きく咳き込む。
クラクラと視界が回っている。目を開いているのに何が見えているのか判然としない。部屋自体が暗いのも影響しているように思われた。
「――マヨ様、第二ヒーローをお持ちしましたパピ」
「怪人アゲハ、よくやってくれました。……まあ、まあっ! 色々ありましたが苦労した甲斐があったというもの。実物を一目見ただけで分かります。第二ヒーローは素材として、素晴らしいポテンシャルを感じます」
どうにか機能してくれているのは聴覚のみだ。複数の怪人の声が耳に届いている。
「この目を回している冴えない男がですかパピ?」
「側は三流でも、中身はとても素晴らしい。どうせ繭に包むので下品な顔も隠れます」
異議あり! 今の俺は仮面を装着しているから、顔は見えないはずだっ。
「mtHとは魂の証明、と言ったら貴方達は信じるかしら?」
「魂なんて、本当にあるのでしょうかパピ?」
「実際に効果があるのであれば、信じるにたりますアント」
「この宇宙には目には見えない非物質的なモノも存在するのです。普段は波動としての形態をとっているがゆえ、物質的な知生体たる私達には知覚が難しいだけなのです」
「よく分からないですパピ」
「曲解を恐れずに言葉を使うなら、幽霊、とでも言いましょうか」
馬鹿馬鹿しい考察が耳に入ってきて煩わしい。だというのに、指一本動かすのに苦労する容態では耳も塞げない。
幽霊など存在しない。
魂などありえない。
そんな虚構は、人生には続きがあり死がすべての終わりではないと思いたい人間が構築した精神安定剤に過ぎない。これまで何億の人間が生きて死んだというのに、誰一人、目に見える形で魂の実存を証明してくれない時点で妄想の類なのは明白である。
人間は死んだ時点で終わるのだ。続きはない。
……だからこそ、人間は生を大事にできる。
人生が美しいのは一度しかなく、儚いからではない。一度しかない人生を美しく生きたいと望む人間が多数派だからだ。
「mtHの基礎理論を生み出したプロフェッサー・Iの本来の目的は、旧人類を捕えて永久機関にする事ではなかったという事です。私には興味のない話でしたが、肉体のない幽霊に物質世界に干渉可能な容器を作るのが目標だったとか。新人類を生み出したドクトル・Gとはまた違った方向に狂った天才だったのでしょう」
けれども、ユヅルハの人生は怪人によって壊された。
幼馴染のたった一度の人生を強制終了させた怪人を許せないと思い、復讐心を抱くのは仕方がない事なのだ。薪の上で眠り、苦い肝を嘗める以上にはっきりとした左手の症例が、俺が復讐のヒーローである事を強制する。
「……怪人は……絶対にッ、許さない!」
「第二ヒーローが目を覚ましたようですアント。拘束します」
「その必要はないわ。この場で加工します」
全身の骨を軋ませながら立ち上がろうとする。が、右腕が折れている事を忘れていたのでジタバタと手足を動かす程度でしかない。そんな醜態さえも、白い毛に覆われたクレーンのごとき脚に背中を踏まれて不可能になってしまう。
髪の端が頬をくすぐってきた。
白い長髪の女が、俺を見下ろしている。下半身が巨大な胴体と繋がっているので人間ではないだろう。
「怪人の、女!」
「怪人マヨイガです。第二ヒーロー様、慌ただしくて申し訳ございませんが、僅かばかりのもてなしをご堪能くださいませ」
「俺をどうするつもりだ」
怪人マヨイガの顔の喜色と、白い髪の毛が独りでに動き始める光景。その両方から嫌な予想しか浮かんでこない。
体へと巻き付いてくる髪が実に不快だ。
隠し持っていた蜻蛉切を握ったものの、それを見越していたかのように怪人マヨイガが語りかけてくる。
「怪人マヨイガは旧人類に幸福を与える怪人なのですから、抵抗なさらないで。今から第二ヒーロー様は、夢を見るのです」
怪人の言葉を真に受けたりはしないのに、急に瞼が重たくなった。骨折さえも忘れるぐらいにアドレナリンが脳を活性化させている状況で、ありえない。
一本一本、ゆっくりと髪で視界が埋まっていくのと、完全に瞼を閉じてしまうのと、どちらが早いだろうか。
「幸せな夢に落ちてくださいませ。本人さえも気付いていない欲望に、存分に溺れてください」
最後の一本が巻きつき、目の前が黒一色となる。
――だが、視界はすぐに開けた。
見覚えのある巨大な駅のホームにいる。
地方から人々を運び、地方へと人々を運ぶ何列にも続くホームで、俺は白いパワードスーツを踏みつけている。
「やったぞォおおおッ。俺はついに、ついにッ、ホワイト・ナイトを倒したぞ!! お前のためにやってやったぞォォ、ユヅルハッ!!」
俺は歓喜を上げていた。
死闘の末、ようやく悲願を達成して打倒に成功した復讐相手を足蹴にしながら、馬鹿みたいな大声で叫んでいた。
スマートフォンの液晶画面に表示される位置を二度見する五十鈴響子。
千はいたと思われる戦闘員の数割を殴り飛ばして滑走路をこじ開け、最後までしつこく掴んできたサボテン軍団を駆け抜けて飛行して、ようやく辿り着いた先にあったのは大都会議事堂である。大都会政府の中枢がエヴォルン・コールに支配されている事を知らない五十鈴は驚く他ない。
「まさか、こんな場所にさえも怪人がいたなんて……」
五十鈴の情報収集能力は低い。
彼女自身が変身可能な一般人でしかない、という理由はある。が、それだけならまだマシだっただろう。ヒーロー活動を裏からサポートしてくれているはずの祖父、五十鈴修がエヴォルン・コール壊滅に繋がる重要な情報をすべて伏せているとなれば、大問題となる。
大学病院の上層階の専用個室にて、大小様々なチューブを繋がれた姿でいる。そういう容態ゆえに無理ができなかった。それが理由であればどんなによかったか。
幸か不幸か怠慢か、五十鈴は祖父の思惑を一切知らない。
「二郎さんが議事堂の中にいるのは間違いない。……突っ込むか」
……天才の血を受け継いでいるとは思えない単純短気さでブースターをふかす。左右非対称な議事堂の左側へと進み、天井を蹴り抜いた。
エヴォルン・コールとの関係ありなしにかかわらず大問題な入場であるが、議事堂の中にいる人物はそれを咎めない。
「丁度、すべての準備が整ったところよ。ヒーロー・スケーリーフット。とても良いタイミングに現れてくれた」
怪しげな繭玉が所狭しと並ぶ議事堂内で五十鈴を出迎えたのは、白い蛾の大型怪人である。別の怪人も数体見えるものの、他を従えて中央で鎮座している事から蛾の怪人が首魁と直観できる。
蛾の怪人は、女の上半身の手前で何かを抱えていた。
壁に並ぶ他の繭と同じに見えるのに、赤黒く発光する不気味な繭である。
「お前が大都会で起きている事件の元凶だな?」
「A級怪人マヨイガ。今日は名乗ってばかりで疲れてしまいましたが、これで最後になるでしょう」
「負けを認めるとは素直な怪じ――」
黄色い装甲内部にいる五十鈴の体がシェイクする。
飛べないカイコの怪人であるはずの怪人マヨイガが飛翔して、五十鈴へと突撃してきたためである。
体を押された五十鈴は、入館時とは別の場所に大穴を作って野外へと出ていく。議事堂前の道路へと落下してアスファルトを窪ませた。
「ヒーローが何かをおっしゃって?」
五十鈴と共に外へと出てきた怪人マヨイガ。議事堂中央の屋根へと降り立つと、白く大きな翅を広げていく。
大都会の覇者は己だと誇張するかのごとく、白い鱗粉が広がって雪のように降り積もる。
「くっ、油断したか。ガジェット・パンチ!」
狙い易い位置に狙い易い巨体が着地したので、五十鈴は遠慮なくガントレットを発射したのだが……ガントレットは空中でカイコの脚に掴み取られてしまった。
「なッ?!」
「まあ、遅い」
自信の拳を掴まれて、動揺する五十鈴。その所為でガントレットと自分を繋ぐワイヤーを切断するのが遅れてしまった。
ワイヤーを引かれ、議事堂の屋根の位置まで上がった五十鈴の体を、怪人マヨイガの脚が打ち抜く。
怪人マヨイガとしては軽くデコピンをしたぐらいの気持ちだったというのに、五十鈴は体をくの字に曲げて空を飛んでいく。
水平方向にあった二つ並んだ政府関係のビルの片側に背中から激突。壁やデスクを破壊したもののビル貫通だけはどうにか避けられた。
脳震盪を起こした五十鈴を起こしたのは、AIのアラート通知だ。
怪人マヨイガがビルへと突っ込んで、五十鈴を無理やり外へと弾き飛ばす。
「mtH接続1、第二ヒーロー。――あはっ、すごいわ! 純度が違う。魂が違う。人生が違う! A級怪人の私が、たった一つのmtHと接続しただけで大幅に強化されている。私の見立てた通り、第二ヒーローは素晴らしい魂の持ち主でした!!」
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▼怪人マヨイガ
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“戦闘力:100 → 500(mtH1、第二ヒーローと接続中)”
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