VS.一勝二敗
飛行型の怪人が厄介極まるのは前日に経験済みである。
怪人の攻撃パターンが似通っているのであれば、同じ方法で対処できるのではないかと人は言うだろうが――、
「怪人アゲハ。あっちで石田ミカが早着替えをしているぞ」
「知るかパピ!!」
――一度や二度の戦闘で飛行型怪人に対応できる程に俺の戦闘センスは高くない。急降下攻撃を仕掛けてくる怪人の足蹴で吹っ飛び、路上駐車している車のフロントガラスを突き破ってしまう。
クラクラする頭を振る。
車内からロックを解除してドアから外に出ると……そこはいつの間にか砂嵐だ。
「怪人技“攪乱鱗粉”で退路を断ったパピ。袋のネズミだ」
怪人アゲハの翅から噴霧される鱗粉が周囲を覆う。太陽の光すら減衰してしまい、日暮れのように薄暗い。
呼吸と共に吸い込むと、肺が拒絶反応を示して大きく咳き込む。
「ケフォ、うゲフォ。一度逃げ帰った怪人の癖に、強い」
「だからこそのリベンジマッチだパピ。俺はもう二度とお前に負けない。第二ヒーローはここで、終わりだ! mtH1000接続ッ」
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▼怪人アゲハ
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“戦闘力:12 → 41(mtH1000接続中)”
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一度負けているからだろう。怪人アゲハには驕りがない。第二ヒーローを難敵と見なして、全力をぶつけてくる。
……苦戦は確実。勝利へと至る道は、鱗粉に霞んで見えてこない。
大学の研究室より、第二ヒーローの劣勢をモニタリングしていた春都と上杉の二人は、慌ただしくも機敏に動いていた。
朝一の緊急速報に叩き起こされた春都などは、朝食を摂る暇さえなく野菜ジュースで空腹を紛らわしていたのだが、今となってはジュースを飲む暇さえないらしい。
「いつも通りの苦戦だ。このままだと二郎がマズい!」
「建物の中に逃げる事さえできない。これでは二郎君に勝ち目はない。これまで少なくない数の怪人を倒している第二ヒーローに温情はないだろうから、酷い目に遭うかもしれない」
「そんなッ、二郎の奴。麻酔されずに手術台でっ」
「それだけならまだマシかもしれない。四肢の末端から少しずつスライサーか、あるいは、生きたまま強酸性の劇薬を体内に……」
「クソ、二郎を何だと思っているんだ。エヴォルン・コール!」
第二ヒーローとして戦う二郎本人以上に悲観的な二人だ。戦場から離れている分、客観的に未来を語る事ができるらしい。
二人はただの学生ゆえ、現地に向かっても戦力にはならない。
ただ、車で乗りつけて第二ヒーローを救出して逃走するだけならできる。そのために動き出したのである。
「先輩、奥部屋の鍵を閉めました」
「よし行こう」
二人が必要最低限の手荷物を持って研究室を出ていこうとしている。
そんな二人を……外から窓が破壊され、ガラス片が鏤められる音が制止する。
外出のために照明を落とした暗い部屋で、誰かが着地姿勢のまま二人を睨んでいる。黒いシルエットの中で赤く光る八つの目が凝視する。
「お前はっ」
「か、怪人ッ。エヴォルン・コール!!」
シルエットの肩口が盛り上がり、巨大な腕が生えた。手近な机を掴んで投げ飛ばす。
飛んだ机は辛くも春都の側面を通り抜けたものの、机が研究室唯一の出口を拉げさせた。見ただけで分かる。通行は不可能だ。
場所も相手も異なるが、同じ第二ヒーローチームだからだろう。第二ヒーローと同様に春都と上杉の二人も逃走路を失ってしまったのだ。
二人は動揺し、襲撃者から目を離す。
ほんの一秒の時間だったかもしれないが、敵を前にしては致命傷だ。
人間を圧倒する跳躍力で距離を詰めた八つ目のシルエット。鋭い爪先を有する手刀を、春都に向ける。
「春都君っ!?」
上杉が見ている中、春都へと襲い掛かる怪人の刃。
真っ赤な液体が、研究室を染め上げていく。
怪人有利のまま各所で決着がつきつつあるが、スケーリーフットと怪人ウィッシュ・クリケットの勝負は、スケーリーフットの勝ちで終わりかけていた。
援軍で現れた怪人は既に生体爆発した後なのだろう。大衆向けの衣料品店が営業不能になるレベルの焦げ跡を残していたものの、怪人の脅威は既にない。
虫系怪人にのみ許された本物の虫の息で、怪人ウィッシュ・クリケットは床からスケーリーフットを見上げている。
「勝ったと思っているのだろうウィッシュ。スケーリーフット?」
「勝てると思っていたのか、B級以下の怪人が何人集まったところで時間稼ぎにもならない」
「ふ、ふはは。ふははははっ。分かってないウィッシュね。我々は既に必要な時間を稼いだ。後はすべて、マヨ様が実現してくれるであろう」
瀕死でありながら馬鹿笑いをしたからか、怪人ウィッシュ・クリケットは吐血する。それでも笑うのを止めようとしないぐらいに、面白い出来事と遭遇したようだ。
怪人が笑えば誰でも嫌な予感を覚える。
スケーリーフットは店外に足を向けたものの、怪人ウィッシュ・クリケットは呼び止める。
「役目を果たしたゆえ、個人的な疑問を知ってから消えたいウィッシュ。……スケーリーフット。お前は本来、我々と同じ側と聞いている」
「改造したから同じ陣営などと、おこがましい理論だ!」
「個人の主観など聞いていないウィッシュ。望まなかったとしても事実として、お前は我々と同じく旧人類を超えた。ならば、我々と共にあるべきと思わなかったのか?」
「ありえない。私は今でも自分を人間だと思っている。お前達と違ってな!」
「そうか、それがお前の答えか。……旧人類である第二ヒーローが怪人と戦うのは正義だが、我々と同種たるお前が怪人と戦うのは純粋なる裏切りだ。くくっ、そんな奴がヒーローとは片腹痛いウィッシュ」
怪人らしい歪んだ思考と決めつけて、スケーリーフットは怪人から目線を外す。
「愚かめがッ、ヒーロー・スケーリーフット! 怪人である事を苦悩したのが自分一人だと思い上がった愚物め! だが、我々は違うウィッシュ。我々は苦悩しながらも現状を受け入れて、考えた。より多くを救うために命さえかけた!」
しかし、生体爆発する寸前の怪人に発せるとは思えない断罪が、スケーリーフットを硬直させた。
「そして、我々の代表たるマヨ様は多くを救う。旧人類も含めてだ。手段についての是非などは、救われた人間にしか行えない贅沢だウィッシュ!!」
口や耳から煙を噴き出した怪人ウィッシュ・クリケットは、爆発する瞬間までスケーリーフットを侮蔑し続けた。
「呼び止めて悪かったなウィッシュ、役割と力だけのヒーロー。草葉の陰より、お前がいつ恥入り、後悔するかを楽しみにしながら見守ろう!!」
――大都会、某所。第二ヒーローVS.怪人アゲハの戦場
「――マヨ様、怪人アゲハです。第二ヒーローを撃破しましたパピ」
砂嵐のごとき鱗粉がまだ浮遊している道路に沈み、ピクリとも動かない第二ヒーロー。
第二ヒーローを踏みつけている怪人アゲハは、スマートフォンで司令部に連絡を取っているようだ。
『それはそれは。当然、殺していないですわよね?』
「はい。骨は折れていますが呼吸は止まっていません。言いつけに従い殺してはおりませんパピ」
『上々よ。すぐに私の所まで運びなさいな』
怪人アゲハも無傷とはいかず片側の翅に穴が開いている。とはいえ、飛行できない程の傷ではないらしく、荷袋のように第二ヒーローを抱えて飛び上がった。
大都会で起きるすべての出来事は、A級怪人マヨの計画通りに進行中である。




