VS.第二ヒーローの否定肯定
大都会のどこにでもあるファミリーレストラン――注意、田舎にファミレスがないという意味ではない――で、俺はある人物を探す。
帽子とサングラスとマスクで顔を隠したその人は、観賞植物に隠れた席で俺を待っていた。
「やっほー、二郎」
「待たせたな、ミカ」
生放送その他、仕事を終えたミカとファミリーレストランで待ち合わせをしていたのである。
ワイドショーで怪人のターゲットにされたミカを心配に思い、テレビ局まで押しかけたのだが、すぐに会える訳もなかった。ミカのスケジュールが空くまで待って合流したのである。
「俺以外も、テレビ局で出待ちをしている人が多くて驚いた」
「すごいですよね、ファンの人達。スケジュールや放送日が公開されている訳ではないのに、必ず一定数が待ってくれているんです」
LIFEでミカとやり取りをして、無事に合流を果たした。何せ俺はミカのファンでありながら、LIFEの個人IDを知る友達でもあるからな。
ミカが完璧な変装を行っているため――「あの人、怪しくない?」「明らかに怪しい」「マスクを外さずに水を飲んでたぞ」――店内の親子連れや学生に気付かれる事なく相席できる。一般人に限らず、現在進行形でスクープを狙う怪人イーグルアイからも姿を隠す効果が期待できる。
「妙な事に巻き込まれたが、困っていないか?」
「そうですね。事務所には頼んでいるので、回答待ちです」
芸能事務所に頼めば怪人をどうにかしてくれるものではないと思うが。
「あんな恐ろしい怪人に付きまとわれるなんて、ミカが何をしたというんだ」
「まあ、怪人に限らず誰かに付きまとわれるのには慣れているんですけど、確かに迷惑かなぁ」
「ちなみに、誰か付き合っている人は?」
「いないよ。だから。このままだと着替え写真が公開されちゃう」
机の天板でガッツポーズを隠しながら、怪人対策をミカと相談した。個人にできる事は限られるので、ミカの気休めになればという思いの方が強かったが。
怪人イーグルアイが指定したパパラッチ期間は一週間だ。
期間中は可能な限り出歩かず、必要最低限の外出に留める。
風呂場や控室で着替える際には鍵を忘れず、窓のカーテンも見てからにする。
ありきたりな事を言う俺を、ミカは嬉しそうに眺めていた。
「二郎がいてくれて良かった。自分以外の誰かが自分を心配してくれていると、それだけで冷静になれるし、安心できるから」
「それは何より」
「プライベートはしばらく自粛するとして、ビジネスも事務所次第だけど……一週間後の新曲コンサートはやると思う。私もしたいし」
注文したタピオカ肝油ティーを飲みながら、ミカは一週間後に大きな会場でコンサートを行う事を教えてくれた。以前から計画されていたらしく、チケットは既に完売。今は当日のためのレッスンと、転売ヤー撲滅のために忙しく過ごしている。
「握手会が延期になった分、コンサートは絶対成功させたいから」
「気を付けてくれよ。俺にできる事があれば頼ってくれていい」
「頼っていいなら、コンサートで私を応援してくれない? はい、当日のS席チケット。関係者席で私がもらっていた分」
ミカと会うたびにチケット系の家宝が増えていくな。また、自筆のサインを書いてくれている。
「くれるのならありがたく貰う。当日の応援はもちろんするが、くれぐれも怪人には気を付けて」
「怪人イーグルアイが迷惑なのは確かだけど、……第二ヒーローも軽率だったんじゃないかって」
ストローでタピオカを吸い込むのを止めたミカが、ふと、口走る。
「ミカは、第二ヒーローが悪いと思うのか?」
「第二ヒーローが悪いって言いたくはないけど、怪人と戦っていれば、いつかは怪人が無関係な人間をターゲットにするって可能性もあったんじゃないかなって」
怪人の理不尽から人々を守るヒーローを狙い、怪人が人々に対して更に理不尽を働く。
この構図において加害者は確実に怪人なのだが、ヒーローが怪人を焚きつけたと被害者が感じてしまうのは仕方がないのか。
万引きを抑制するポスターを貼った店を見て、万引きし易い店なのだと万引き犯が認識、犯行を行った。その結果、店主は万引き犯ではなくポスターの絵師を訴えた。こんなUSA式の奇天烈論法は実在する。
「正直、スケーリーフットがいるのに第二ヒーローが戦う意味が、私には分からないかな」
悩む顔をするミカの意見は多くの大都会人が感じている事なのだろう。
第二ヒーロー自身、公然に対して自分の活動の意義や必要性をうったえかけていないのだから仕方がない。
……俺としては、他人の支持を集めなければヒーローとして戦えないのであれば、別にヒーローであり続けたいとは思わないのだが。所詮はなりゆきで始めた事。
『頼む。二郎! ヒーローが現れるまででいいから、お前が怪人をどうにかしてくれ!』
合コン時、春都が妙な事を頼んでこなければ、俺はきっと、もっとスマートにユヅルハの復讐を実行していたに違いない。
「ごめん、二郎。話が変な方向になっちゃった」
「……いや、ミカの言う事が尤もだと思う」
ファミリーレストランでの後半は、怪人に狙われる立場にあるミカ以上に、俺が神妙な顔付きになってしまったと思う。
ミカと別れた後も、夜道を歩きながら第二ヒーローについて考えていた。
第二ヒーローのチームメンバーである春都や眼鏡先輩はエヴォルン・コールの危険性を認識し、立ち上がった勇気ある人間だ。第二ヒーローは人々のために戦うものだと考えているに違いない。
一方で俺はどうか。
俺の本心ではきっと、第二ヒーローはユヅルハ一人のためにある。
いや、それは正確ではない。俺の正式な本心は、左手の病症として現れる程の復讐心に違いない。第二ヒーローはユヅルハの復讐のためにこそ利用するべきだ。
「……まったく、歪んだ思考だな。だから、俺の意志を曲げて春都の意志に従っているのだが」
俺以上に俺の正常性を疑っている人間はこの世にいない。
本心に従って行動すれば必ず他人を不幸にしてしまう。この程度の共感性はまだ正常に動作しているから、俺は大学で遭遇した凡人平凡無害な男の言いなりとなって自制を続けているのである。
大学で春都と出遭っていなければ、復讐者としてのダークサイドに落っこちていたのは間違いない。
だが、俺の自制もいつまで続けられるか。
復讐に走れば春都と眼鏡先輩、二人の協力は得られなくなり、チームは解散するだろう。デメリットは大きいが、たぶん、心は満たされる。音楽性の違いでしょっちゅうバンドチームは解散しているのだ。第二ヒーローチームだって不滅ではない。
俺が第二ヒーローを継続したとしても、怪人が許すとも限らない。怪人イーグルアイの行動はかなり奇抜なものの、もっと直接的に人々を襲う怪人が現れないとは言い切れないのだ。
「……第二ヒーローは、大都会に必要か?」
答えのない問いを口走るが、一人で夜道を歩いているのだ。誰も答えてはくれない。
いつもは無意識に動いている左手も沈黙を保っている。都合の良い精神病め。
「――お兄さん。第二ヒーローは必要ですよ?」
いないはずの第三者からの回答を背中に受けて、ビクりと振り向く。
「怪人に飼い慣らされた大都会に、突如として現れた第二ヒーロー。ヒーローとしての力量も自覚も資格さえないというのに、怪人をバッタバッタとなぎ倒す。良いじゃないですか、そういう突然変異というか突然変人な人。私は嫌いではありません」
俺の後方一メートルの場所に立っていたのは、前髪を切り揃えた日本人形のような少女である。白いワンピースを着ている時点で日本人形とはかけ離れているが、似合っていない訳ではない。
ほんわりと落ち着いた雰囲気が表情より窺える女なのだが、顔はまだあどけない。大学生一年か下手をすると高校生一年ぐらいに見える。
「夜の人気のない道で高校生がっ! 俺が誘拐したって疑われる前に、補導してもらわないと!」
「誰が高校生ですか。私は家業を継いでいる立派な社会人です」
少女はまるで知人と立ち話をしているかのように気軽だ。
対して俺は、少女を知らないのだから親し気な態度に戸惑う。
「初対面だなんて冗談が過ぎますよ、お兄さん。京極撫子って前に名乗っていたのに、忘れていたなんて言わせません」
「名前は聞き覚えがある気がするが。……あれ、君は俺の前で名乗ったっけ?」
「そうです。失礼なお兄さんですね」
「素直に謝ろう。ごめん。えーと、撫子、さん?」
「はい、許します。二郎のお兄さん」
「……あれ、俺って君に自己紹介した事あったっけ?」
疑問に思っていると撫子が近づいてきて、至近距離で肩をさすってくる。
良い香水を使っているのか鼻孔が心地良い。クっ、俺にはミカという心に決めた人がいるというのに。
「嫌ですよ、お兄さん。こうして親密に体を近付けた仲だというのに。困ります」
「そ、そうだっけ。あー、うん、一切覚えていないけど、そうだった。ごめん」
突然、現れた撫子。
親密な態度を取る彼女の目的は果たして――、
「――スクープゲットォォぉッ! アイドルと密会していた男に、別の女の影がワシ!!」
――地上二階程度の高度からカチりと響くシャッター音。そして、下品な怪人男の歓喜。
「美人局目的で俺の前に現れたのか、撫子ッ!?」
「本当に失礼なお兄さんですね」




