VS.踏み絵質問
“――今日も、怪人イーグルアイ砲が放たれる時間だワシ! 第二ヒーローが沈黙を守る所為で、また憐れなゲス不倫者の家庭が崩壊する。お前の所為だ、第二ヒーロー。お前に少しでも人間らしい感情が残されているのならば、良心が軋む痛みに耐えながらワシのチャンネルを登録して、いいねボタンを押すのだ!”
不倫を暴露して世の中を混乱させる怪人イーグルアイが活動を開始して早くも五日目。
既に四組の夫妻、カップルの不貞が暴かれた。スポーツ界、芸能界、政界、カバディ界と様々なジャンルの有名人がターゲットとなり、阿鼻叫喚へと堕とされているのだった。
「……どこの世界にも、不倫をする輩がいるってだけの話じゃないか。まったく、どうして一人を愛する事ができないのかね。そう思わないか、春都?」
“今日のターゲットはこの人ワシ。夏季ボブスレー大会で優勝を果たした――”
「まったくだな、二郎。お前の発言が、数か月先の未来でブーメランとなって戻って来ないかが心配でならない」
第二ヒーローとして、怪人の奇行に対処したいのは山々なのだが、これまでと異なりネット上でのみ活動する怪人イーグルアイは物理攻撃できない。
怪人が不倫情報を公開しているだけだというのに、第二ヒーローに対する注目度が日に日に高まっているのがはた迷惑だ。
“怪人によって市民に犠牲が生じているのは紛れもない事実。個人の活動が他の個人の不利益になっている以上、第二ヒーローは害悪に過ぎない”
“第二ヒーローフリークチャンネルを視聴いただき、ありがとうございます。第二ヒーローファン一号、百井が全力で第二ヒーローを擁護します!”
“やめろ、まだ前の慰謝料の払いが残っているんだぞ、怪人!”
“毎日、幸せに見えた家庭が崩壊していくのが楽しみです”
“怪人がネタ切れになるまで、ぜひ第二ヒーローには静観してもらいたい”
“第二ヒーローは即刻、顔を全国公開しろ!”
怪人に踊らされる愚民共は、自分勝手な意見を広める事が目的で、事態を収束させるつもりが一切ない。そもそも、多くの意見が匿名な時点で共感するに足りないというのに、大多数の人間はそう考えてはくれないようだ。
現状、第二ヒーローにできる事は沈黙し続ける事のみ。怪人その他に対して不満を蓄積しているのは確かなのだが、言葉にしても何も解決しない。どうせ、どう弁明しても揚げ足を取られる。
そもそも、第二ヒーローは目に見える人々を守る人間味あるヒーローなのである。逆に言うと、見えない範囲にいる誰かなど知った事か。
「春都の顔を公開するのは論外だ。怪人の要求を呑んで第二ヒーローが活動停止したとしても、きっと怪人は止まらない」
「どうして二郎の顔ではなく俺の顔なのかさっぱり分からないが、怪人の行動については同意見だ」
怪人イーグルアイも、第二ヒーローが活動停止すると期待している訳ではないはずだ。怪人の動画チャンネルはすべて嫌がらせに過ぎない。
よって、怪人の行動には別の目的があると考えるのが妥当だろう。
特注の裁縫機で複雑な編み物をしている眼鏡先輩が、怪人の行動をプロファイリングする。
「怪人はヒーローと敵対しながらも、ヒーローの行動そのものを阻害した前例はないんだ。怪人ミノム氏も人質を捕るのではなく、協力者を得る、という戦い方だった。今回の不倫報道も、第二ヒーローの評判を徹底的に落として活動を阻害したいというよりは、第二ヒーローに一定の好意見を集めて活動停止を回避しようとしているのかもしれない」
「怪人が第二ヒーローに配慮している、と?」
「あくまで怪人なりに、ではあるのだけど。侍が戦場で活躍するのが誇りとされていたように、怪人がヒーローと戦うのは望む所なのだと思う」
スケーリーフットと戦う怪人が喜び勇んでいるのは分かる。
第二ヒーローの首がどこまで評価されているのかは分からないが、A級怪人マヨは一か月経過しても研究室を襲撃していない。怪人がヒーローを闇討ちする気がないのはある程度立証されている。
そうなると、怪人イーグルアイも最終的には第二ヒーローとの直接戦闘を望んでいると思われる。
「……あ、二郎。石田ミカがテレビに出ているぞ」
「本当か! 石田ミカは第二ヒーローを非難していないだろうな!」
怪人動画更新と共に、テレビ番組に注目していた春都が教えてくれた。確かに、石田ミカが生放送のワイドショー番組に登場している。
“また怪人の犠牲となった有名人が出てしまいましたね。ゲストの石田ミカさん、どう思われますか?”
“ええっと、踏み絵質問ですか。うーん”
怪人をこき下ろした芸能人が翌日のターゲットとなった。それ以降、テレビのワイドショーではレギュラーやゲストが怪人に言及するのを避けて、第二ヒーローを非難する傾向が強まっている。
そんな風潮でも怪人を悪く言える人間は無実である。こう考えた世間では、怪人を非難する人物を潔白、第二ヒーローを悪く言う人物をゲス黒、と判定する公式が広まりつつある。
新曲宣伝のためにゲスト出演したと思しき石田ミカに対しても、司会者は容赦しない。
「頼む。ミカ! 怪人を悪くいってくれ!」
『幼馴染:馬鹿ねぇ、アイドルが清純なんてありえない。きっとエウロパの氷層並みのメイクの下は真っ黒。イケメンを取っ替え引っ替えしたり、パトロン社長の愛人をしていたりする悪女よ』
俺は左手を洗濯バサミの刑に処しながら、テレビ画面内でやや困り顔の石田ミカの発言を待った。
“――怪人が悪い、と思いますよ? 不倫も誉められた行為ではない、と思います”
「よっしゃーーーッ!!」
『幼馴染:おのれアイドル。怪人、次のターゲットはそのアイドルよ! 芸能界から追放しなさい!!』
俺の左手は呪いではなく、精神病の一種であるのは間違いない。それは分かっている。
……だから、生放送番組へと怪人が突入してきたのは、ただの偶然である。
「か、怪人がスタジオに!? 翼で飛んでいる。本物かッ」
“石田ミカ! よく言ったワシ。次のターゲットはお前だァ!”
“……はぁッ、私?! 事務所的にNGなんで絶対に止めた方が!!”
“残念ながら石田ミカの空中盗撮はしていないワシ。だから、ワシが一週間監視して白か黒かを判断する。一週間後、白だった場合は……仕方がない。期間内で着替え姿を撮影して公開するワシ”
テレビ番組に現れての犯行予告。
ついに怪人イーグルアイがリアルに活動を開始したのだろう。これまでと異なり、今からスクープを取る相手に付きまとうというのなら、接触する機会はいくらでも生じる。
だが、ターゲットがマズい。
人気絶好調のアイドル、石田ミカが怪人に目を付けられてしまったのは、一ファンとしては悲しむべき事態だ。
「怪人、めッ。ミカの裸体写真を公開するだと!? 一週間も第二ヒーローの活動を制するとは卑怯な!?」
「二郎。ファンなら写真のために怪人を放置するなよ……。それと、着替え姿がいつ裸体姿になった」
“今を時めくアイドルがターゲットならば、やる気十分ワシ。私生活を赤裸々にしてやる。空中盗撮の前に、プライベートなどありえはしない。さらばだーっ!”
春都に諭されたからではないが、急ぎ足で研究室の外を目指す。
凶悪な怪人が去ろうとも、恐怖に震えるアイドルの心はズタズタだ。LIFEのIDを知るファンとして、石田ミカを助けに今すぐ行かなければ。
“――あー、ゲストが怪人にストーカー宣言されてしまいましたが、次のコーナーです。一週間後にコンサートが行われるそうですね、石田ミカさん”
“え、えーと。はい、継続するんですね、さすが生放送。今回の新曲も皆さんを元気にする素晴らしい曲に――”
「おーい、二郎―。まだ番組中だから行っても無駄だぞー」




