VS.からめ手?
タイプOKなる宇宙人を気にしないといけないのは分かるが、まずはエヴォルン・コールの怪人を優先したい。
眼鏡先輩が天岩戸から出て来てくれたので、メイド喫茶店での出来事について見解を求めてみる。
「えっ、怪人が突然強くなったのかい?」
「戦闘力が明らかに上昇していました。エムティーエイチがなんとか言って」
戦闘中に撮影した怪人の動画を眼鏡先輩に見てもらう。怪人が手に持つスマートフォンと、そのディスプレイもばっちり録画されている。
「気になるのは、この図です」
「拡大してくれるかな」
怪人が指で触れている液晶画面中央には、妙な図が表示されていた。
楕円の中央に数匹のミミズがいるような、普段、見かけない図形である。魔界の果実の断面図、あるいは、ミドリムシに見えなくもない。
残念ながら、俺と春都では正体が分からなかった。が、眼鏡先輩なら知っていそうな気がする。
「mtHという言葉と図。Hについては不明だけど、mtは恐らくミトコンドリアの略称だろうね。この図はミトコンドリアだと思う」
期待通り、眼鏡先輩は謎の図の正体に思い当たったらしい。
「なるほど、ミトコンドリアですか。なるほど……ちなみに、ミトコンドリアって何でしたっけ?」
『幼馴染:食べ物の名前じゃない?』
『ミカ:いきなり妙な質問が飛んできたけど、糸コンニャクとかドリアンの仲間?』
俺だけが無知なのではない。幼馴染(病魔)とアイドルも知らなかったのでセーフである。
眼鏡先輩は俺達の無知を嘲る事はしない。むしろ、微笑みながら肯定してくれるから優しい。
「食べ物にもミトコンドリアは含まれているから、あながち間違ってはいない。地球上の大部分の生物の細胞に含まれる器官の一つだよ」
「あー、俺は聞いた事がありますよ。ミトコンドリア・イヴとかホラー小説とか」
「そうだね、春都君が挙げてくれたものもミトコンドリアが関係している。僕達の体の中にも大量に存在しながら色んな形で注目を受けているのには、他にはない特徴があるからだろう」
細胞の中にあるぐらいだから重要な働きをしているのは間違いない。専門的な事実を教わっても、そう驚きはしないだろう。
「ミトコンドリアはね、かつては単独で存在した細菌だったと言われているんだよ」
……前言撤回。想像していた以上の特徴で、驚いた。
俺達の体の中で、俺達ではない別の何かが無数に生きている。こんな錯覚を受けてしまう。
「ミトコンドリアありきで生物は存在するのだから、二郎君の気のせいだよ。僕達の元となった真核細胞生物が、酸素をエネルギーに変換するミトコンドリアを体内に捕えた。こう考えればミトコンドリアは被害者なのかもしれない」
逆にミトコンドリアが真核生物に寄生した可能性もあるし、別々の細胞同士が共生のために結合した可能性もある。真実は原始の海の中だ。
酸素が美味しいのはミトコンドリアのお陰、と安直に考えるぐらいでいるのが現生物としては正しいのだろう。
「ミトコンドリアについては分かりました。mtHのHについては?」
「情報が不足しているから何とも言えないかな。ただ、エヴォルン・コールのしでかす事だ。怪人を突然強くする異常な機能には、異常な方法が使われているかもしれない」
眼鏡先輩と同感である。どうせ碌でもない方法に違いない。
怪人が強くなる事自体も大いに迷惑だ。戦闘力が倍も違う敵に殴られると内臓が口からイジェクトしそうな衝撃を受けて痛いのだぞ。
「先輩、戦闘服の強化をお願いできますか?」
「予備の戦闘服も送られていたから材料はある。戦闘型V2のノウハウを活かせば短い期間で実装もできる。根本的な戦闘力強化とは別に、今の戦闘服の改良は行おう」
今の戦闘服の性能が高いため、眼鏡先輩がカスタムしても大きく機能向上はしない。けれども、1でも戦闘力が上がるなら実行しておきたいと思うのが人情である。
次に現れる怪人の戦闘力や怪人技は一切予想できないが、だからこそ、少しでも準備を万全にしておきたいのだ。
「……あー、二郎。次の怪人については分かったかもしれないぞ」
「どうして春都に分かるんだ??」
春都が見ていたのは怪人通報アプリである。怪人が現れた事を通報するため、または、通知してくる大都会生活必須のスマートフォンアプリだ。
怪人が現れたのならば、ピロピロとアラーム音で知らせてくるはずであるが、特に鳴った形跡はない。
「通知は周辺地域にしか行わないからな」
「大学から遠い場所に怪人が現れたのか!」
「正確には現れた後だな」
俺は知らなかったが、怪人通報アプリでは事件発生の履歴も確認できるらしい。
スマートフォンを操作して、テレビの電源ボタンを押す春都。スマートスイッチ未搭載の歴史と由緒ある研究室テレビを、無駄に外付けスイッチで賢くしていたようだ。
“――ワシは、怪人イーグルアイ! ワシ型怪人たるワシが空を自由に飛びまわり、かき集めた空中盗撮の成果を、本日公開するワシ!”
嘴で喋る怪人が、翼で器用にパネルを掴んでいる。
おそらく、動画サイトに投稿された犯行動画が緊急ニュースで流れているのだろう。
“――このパネルの写真は、スポーツ界を代表とするバスピンの日本代表選手●●が、妻である女優■■ではない女性と一緒にホテルから出た瞬間を撮影したものワシ! 誰がどう見てもゲスな不倫。……ちなみに、ゲスではない不倫ってあるワシ?”
現在時刻は午後三時。俗世に染まったワイドショーを流すには丁度良い時間帯ではあるが、どうして怪人が有名人の不倫をスクープしているかは分からない。
“――このスクープはワシのコレクションの一つに過ぎないワシ。ククク、その身が潔白であると思う者は恐れる必要がない。しかし、少しでも身に覚えのあるのなら、恐れるがいい。ワシ等、エヴォルン・コールにとって少々邪魔な存在となりつつある第二ヒーローが素顔を公表し、活動停止しない限り、一日一家が破局する事になる!!”
……あー、分からない。分かりたくないー。
“――つい先ほど、投稿されたばかりの動画です。ひな壇の皆様、どう思われますか? ワイドショー番組に携わる者としては、ネタが充実して嬉しいと思われますが”
“何を言っているんだッ! これは明らかな盗撮、人権侵害ですよ!!”
“酷い、あんまりです!”
“これもすべて第二ヒーローが悪い! 早く顔を晒せ!!”
生放送番組中だというのに、一斉に嘆き、叫んでいる。中には第二ヒーローが主犯格であるかのように非難する人物までいる。
「ついに、エヴォルン・コールに直接名指しされたな、二郎?」
人心を操り第二ヒーローを敵視させる搦め手。怪人の戦闘力と優位性を考えると実行する方が手間だと思っていたが――先にスケーリーフットが対象となるだろうと楽観していたが――、エヴォルン・コールの奴等は手段を選ばなくなったらしい。
「二郎。搦め手なのか、これ??」
「どう分類すればいいんだよ、こんな手……」




