VS.戦闘服
戦いの傷を癒して無事に退院を果たした。
保険適用内とはいえ、病院の入院費は並のビジネスホテルより高くて困る。大学生には痛い出費だ。
軽い財布と共に、上京するために借りた学生マンションへと帰宅する。
ただし、ドアを開錠してもすぐに部屋に入らない。聞き耳をして部屋の様子を探る。
あの店にいた悪の構成員は全員、スケーリーフットが退治していた。秘密結社に俺の情報が伝わっている可能性は低いが、いちおうの用心である。
「こうなると分かっていたら、髪の毛でもドアに挟んでおくべきだったな」
人の気配がしないので入室する。電気をつけてみたが、室内に荒らされた形跡はない。
ホッと一息をつく。
慎重というよりも臆病な反応かもしれない。怪人ニーマルラットは既にいない。怪人事件は終わっているというのに、俺は何をそこまで恐れているのか。
「……で、持ち帰ってしまった戦闘服はどうしたものか」
腕を組んで呟く。
ちゃぶ台の天板の上には、紙袋に入れて持ち帰った戦闘服が置かれている。俺が戦闘員から奪った現物だ。
あの日、手洗い場に逃げ込んだ後、疲弊しながらも俺は私服に着替えていた。脱いだ戦闘服はクルクルと丸めて肩掛けカバンに隠していたのである。
警察に提出するべきだったのかもしれない。
けれども、よく考えて欲しい。俺は戦闘服を奪う際に戦闘員と戦った。その際に戦闘員は泡となって消えてしまっている。敵は悪人、正当防衛が適用されると思われるが、絶対とは言い切れない。面倒な手続きが必要となるのは確かだろう。
いや、警察に疑われるだけならまだマシであるが……警察から情報が漏洩してしまい、悪の秘密組織が戦闘服を無断使用した大学生の名前を知った場合、その大学生はどうなってしまう事か。身震いしてしまう。
戦闘員を泡にした証拠品を提出するよりも、入院ベッドの下に隠している方が安全と俺は考えた。
とはいえ、わざわざ戦闘服を部屋まで持ち帰ってしまう必要はなかった。街のゴミ箱に捨ててしまうのが一番安全だった。
俺は何がしたいのか。
「とりあえず、汗が気になるから洗濯しておくか」
撥水性の高そうな生地であるがゴムではない。洗濯タグが付いていないので普通の服と同じ洗い方を試す事にする。
色移りを気にして戦闘服のみをドラムに放り込み、洗剤を投入後、念入りすすぎで洗濯を開始した。
今更であるが、ドライクリーニングをまず試してみるべきだっただろうか。
――悪の秘密結社“エヴォルン・コール”の事務室――
「イィーッ!《戦闘員の丙C型戦闘服が一着足りないだと? 最低装備とはいえ、結社の支給品なのだぞ。まったく、管理体制はどうなっている!》」
「イィー《出撃部隊が全員ヒーローに倒されてしまって報告が遅れたらしい》」
「イィーッ!《いつもの事ではないか!》」
「イィー《在庫と回収品の数が一致しないと、先程、報告が上がってきた》」
「イィーッ!《二日以上も経過しているではないか。弛んでる! 戦闘服は結社の科学技術の一端だ。C型ならば発信機が標準装備されている。探し出せ!》」
「イィーッ!《はっ!》」
ピー、という電子音が狭い学生マンションのベランダで鳴り響く。
「お、洗濯終わったかな?」
――悪の秘密結社“エヴォルン・コール”の事務室――
「イィー?《反応ありません。電池切れでしょうか? 丙型の電子装備は耐水性がありませんので、昨日の雨でやられてしまったとか?》」
「イィーッ!《ゴミの日に出されてしまったのかもしれん。まったく、あれはリサイクルできないから不燃ゴミだというのに。装備科には遺失物として報告するぞ!》」
戦闘服を室内干ししながら考える。
悪の秘密結社が警察に遺失物届けを出すのは本末転倒なので、盗難犯として逮捕される可能性は低い。
発信機の類があるのなら、事件から三日も経過しているのに怪人が回収に現れないのは暢気だ。
この戦闘服は今後、俺が自由に使えると思っていいのだろう。
「でも、これを着て大学行ったら目立つだろうからな」
カジュアルとは言い難い密着スーツなので着こなす自信はない。
着るだけでスポーツマン並みの運動能力を授かる超技術の塊なので、タンスの肥やしにするのは勿体無かった。が、戦闘服を着るべき機会が今後もあるとは思えない。
大都会は広い。
俺は偶然、二連続で怪人と遭遇してしまったものの、怪人事件に一般市民が巻き込まれる確率は自動車事故に遭う確率よりも低い。望んだとしても遭遇は難しい。
「怪人との遭遇を望む? 戦闘服を着ていてもボコられて入院したばかりなのに、俺は何を考えている。戦闘力が多少上昇しても太刀打ちできないって経験しただろうに」
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▼二郎
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“戦闘力:1.5”
“怪人技:無(ただの大学生のため)”
“一般市民が戦闘服を着込んだだけ”
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大学生の本分は数年後の就職活動を見据えた技術習得、人生経験、現実逃避である。悪の秘密結社と戦う事は含まれていない。
ハンガーにかけられた戦闘服から目線を外した俺は、寝るために部屋の電気を消す。
「スケーリーフットがいれば大都会の平和は保たれる。素人が手出しして足手まといになっても迷惑だろう。何より俺の身が危険だ。戦闘服は衣装ケースに仕舞い込んでしまうのが正解だな」
久しぶりの自室、といっても一ヶ月前から住み始めたばかりの部屋のベッドだ。寝心地はあまり良くない。
毛布を被って無理やり眠る。
大学の講義を久しぶりに楽しんだ。
格好良い、という印象だけで選んだドイツ語講義であるが、やはり格好良い。どの言葉にも濁音が含まれていて機動兵器っぽいのだ。
「二郎。無事退院できたようだな」
「グーテンターク」
「マールツァイト。昼食前に、少し時間あるか?」
話しかけてきた男はドイツ人ではない。生粋の日本人、春都その人だ。用事があって講義終わりを待って近づいてきたらしい。
何の用事かを聞かずに付いていくと、学生食堂で待っていたのは眼鏡先輩だった。合コン以来である。
「体は大丈夫かい?」
「検査みたいなものでしたので心配ありません。俺を呼んだのは先輩ですか」
「前の合コンが残念な事になったから、埋め合わせをしようと思って」
律儀な先輩である。入院した憐れな後輩を思い再び合コンを開いてくれるなんて。
感動に震える俺。
ふと、肩を小さく叩かれて感動を邪魔される。不機嫌に振り返ると、春都が耳元で囁く。
「裏事情を明かそう。まず、俺に眼鏡先輩狙いの女性から依頼があって、眼鏡先輩を巻き込むためにお前も誘っている」
「……俺はカモフラージュという事か?」
「真相を知らない眼鏡先輩は百パーセント善意だ。今回のミッションは、優しい眼鏡先輩と依頼者の距離を近づけ、交際に発展させる事にある」
「なるほど、決行はいつになる?」
「五月。ゴールデンウィークに」
同じ学科の先輩との繋がりは大切だ。どの講義を選択するか、どの教授の下へと集うべきか。先駆者の知識は先祖の墓参りと同じぐらいに大事なものである。
性格の良い先輩なら尚の事だ。
俺は再びの合コン招集を、二つ返事で快諾した。




