VS.百物語
メイド喫茶における怪人戦後は、穏やかに八月は過ぎ去った。
テレビやネットのニュースでメイド喫茶に怪人が現れたと報じられたものの、他の怪人事件は報道されていない。大都会ディスイズニーランドを例外視すれば、怪人事件の発生は月に一、二件に留まっている。
怪人が現れず、また、エヴォルン・コールに関する手掛かりもない第二ヒーローは、ぶっちゃけ暇である。
眼鏡先輩も奥部屋に引き籠って出てこない――ドアに「データ解析中」とホワイトボードがぶら下がっている――ため、春都と二人で怪談話を語って肝を冷やし、冷房代を節約するぐらいしかできない。九月になっても猛暑日が続くのが近頃の地球のトレンドなのである。
「――そして、俺は気付いたんだ。トイレに入っていたはずの五十鈴さんが、外から戻ってきた事に。ふぅー、九十一話目だ」
『幼馴染:次は私の番ね。これは本当にあった話なのだけど、上京した当日に怪人に襲われて私は死んでしまったの。でも、若い身空で人生閉幕ってのが許せなかったのでしょうね。気が付いたら、最後まで握っていた幼馴染の手に憑依してしまっていたのよ』
「現実なら本当に恐ろしいな」
『幼馴染:そこまでなら美談だったのだけど……その幼馴染の奴が、石頭にも幻覚や精神病と疑い続けて私を否定し続けるのよね。ああ、怖い。ふぅー、九十二話目。さあ、次は春都の番よ』
「えーと、これも実話なんだが。大学の友人が二台のスマートフォンを使って一人二役でLIFEやっていて怖い。ふぅー、九十三話目」
スマートフォンアプリ上で消した蝋燭の数は早くも九十三本。
情報機関を有さない第二ヒーローチームはエヴォルン・コールに対して受動的にしか行動を起こせない。敵地や襲撃予定場所が分かっていた八月が例外だった。
「LIFEに登録していたはずの石田ミカのフレンド登録が消えていたんだ。ふぅー、九十四話目」
『幼馴染:LIFEから消してやったはずの顔が良いだけのアイドルのフレンド登録が、復活していたのよ。ふぅー、九十五話』
「幼馴染って言葉に精神病や幽霊って意味がいつの間にか追加されていた件。というか、春頃と違ってもう隠していないよな、二郎。あの頃は思い詰めていた感じがしたから、気晴らしに合コンに誘ってやったんだぞ。ふぅー、九十六話目」
こうして長く一緒に研究室にいるため、春都には気付かれてしまった。
正直に言うと、自分の異常性を気付かれたくはなかった――「いや、幼馴染症状を除いても二郎は普通からズレているぞ。病症の告白を怪談で伝えてくるあたりが」――のだが、隠し通せる程に俺の精神病は易しくはない。周囲の理解も必要となる。
俺は精神的な病を患っている。
左手が本人の意思に反して、まるで故人を模すような行動を起こす前例のない精神病だ。治療は難航しており、一年経過しても改善の兆しはない。
……この精神病を完治させる方法があるとすれば、きっと、ユヅルハを殺した怪人共をすべて消し去る方法しかないのだろうな。
「さすがにそろそろネタが切れるな。あんまり怖くはないが、昨日、眼鏡先輩への差し入れをドアの前に置いていたんだが、今朝見たら手を付けていなかったんだ。ふぅー、九十七話目」
『幼馴染:あれ、おかしいわね。一昨日は誰も用意していなかったから、二郎が眠っている間にウーマーイーツで注文した食事を置いて上げていたのに。ふぅー、九十八話目』
「……ん? ちょっと待てよ。三日前に先輩の食事を用意したのは俺だぞ。一日一食でも食べていてくれていると思っていたから、そんなに心配していなかったのだが。ふぅー、九十九話目」
二人と一手で研究室の奥部屋を見る。
ドアの手前には、トレーの上に置かれた手つかずの、やや乾燥した料理が置かれている。つまり、今日も眼鏡先輩は食事を摂っていない事になる。水さえあれば人間は一週間以上、生き延びられると聞く。が、ペットボトルのミネラルウォーターさえ封が切られていない。
気のせいか、奥部屋から不審な臭いが漂っているような。いや、クーラーが効いているからそんなに腐ってはいないだろうが。
「……よし、見てこい、春都」
「ルしか合っていない名前で俺を呼ぶな。お前が見て来いよ、二郎。何なら、その左手だけをドアの隙間から入れて偵察させてみるとか」
『幼馴染:はぁ? 嫌よ、死体とか怖い。幽霊になっていたらもっと怖い』
百物語のオーラスには本当の怪異が出現すると伝えられている。
九十九の真に迫った怪談話を語り続けた俺達の前に、現実の恐怖が現れようとしているのかもしれない。
公平にじゃんけんで眼鏡先輩の状態を確認する人間を選出した結果、俺が選ばれてしまった。
第二ヒーローに変身して準備を整えてから、奥部屋へといざ参ろうと――、
「――解析完了した。旧人類は絶滅する!」
――眼鏡先輩が勢いよくドアを開いて現れる。ふむ、生きていたらしい。
眼鏡先輩のサバイバリティが常人離れしているのではなく、俺や春都が寝静まっている深夜に研究室を出入りしていただけらしい。
それでも、寝る間を惜しんで情報を解析していたため、髪はボサボサで髭が目立つ。身だしなみだけでも整えてからでも、と伝えてみたものの、眼鏡先輩は調査結果の報告を急いだ。
「旧人類が絶滅するって、まるで怪人みたいな言い草でしたが」
「二郎君が政府軍駐屯地で入手した機密文書と、政府公開情報、過去の事件を比較、検証した結果、多くの人々に知らされていない重大な事実が判明したんだ。順を追って説明しよう」
春都の淹れたコーヒーを一口飲んでいる間だけ、眼鏡先輩は一息つく。
「数年前に、大都会政府および大都会軍は謎の存在と接触している。その存在は人類以外の知的生命である可能性が高い」
「……えーと、それって宇宙人でしょうか?」
「その可能性もあるだろうね」
序盤から飛ばすなぁ、眼鏡先輩。
俺が発見した文書ファイルはXファイルだったらしい。大都会は怪人だけでも飽和状態だというのに宇宙人まで現れていたのか。
『幼馴染:先輩、貴方は疲れているの』
「僕が調べた訳ではなく、専門の調査機関が設立されて、その存在の調査が行われたらしい。調査結果が正しければ人類と同じ知的生命、いや、人類を数段上回る知的生命であった」
俺達は機密性ある奥部屋で話を聞いている。外部に声が漏れる心配はないはずであるが、眼鏡先輩はドアの施錠を確認してから壁掛けディスプレイを表示した。
「――コードネーム、タイプOK。これが、大都会政府が接触していた存在だ」
証券会社でも使っていそうな大型ディスプレイに映る画像の解像度は低い。照度も悪く、手ブレも酷い。
それでも、それが人類ではない事は分かる。
それでも、それが動物ではない事は分かる。
人間のような腕を組みながら、足も座禅を組んでいる。そして、背中の翼も小さく折り畳んでいる。
前方へ頭を傾げているのは眠っているからか。額から伸びる角が邪魔に思える。
明らかに非人間的な特徴が混じる存在の写真で間違いない。




