VS.メイド喫茶
政府軍駐屯地で入手した情報の解析作業に専念するため、眼鏡先輩は奥部屋に引き籠った。これまでの傾向より、二、三日は平気で出てこない。食事の用意や着替えの用意は俺と春都の仕事となる。
先輩の報告を待ちたいが、エヴォルン・コールは俺達を待ってくれない。
「エヴォルン・コールの次の作戦を掴んだ。俺達だけでも動くぞ」
駐屯地地下で遭遇した怪人アーミーアリが語っていた次の目標は、モエモエ・メイド喫茶である。何らかの大事な作戦を行うらしいが、場所以外の情報は掴んでいない。
「いつもながら、エヴォルン・コールの奴等は場所を選ばないな……。ちなみに、モエモエ・メイド喫茶はどこにあるんだ、春都?」
「知っている事を前提で言われてもな。ネットで調べてみろよ」
世の中にメイド喫茶なる異次元空間が存在する事は知っていたが、春都が知らないとは少々驚きだ。仕方がないので、スマートフォンを使って調べてみる。
『幼馴染:私のスマートフォンに変な検索履歴を残すな!』
似た名前のメイド喫茶が多くて困ったものの、どうにか探し当てる。
公式ホームページの特徴を言うと、パステルカラーだ。青とか赤とか黄色とかのクレヨンを使った明るい雰囲気を作り上げている。要素だけ聞くと小学生の絵を想像させるのに、中身は別物である。
「春都。どうしてメニュー表の前にメイドの在籍表が載っているんだ?」
「二郎。そういう文化だ」
「春都。メニューの写真はないのにメイドの写真が載っているのはどうしてなんだ?」
「二郎。そういう文化だ」
文化ならば仕方がない。どの文化も尊重されるべきものである。
ホームページには店の住所も掲載されている。駅の傍にあるので行くだけなら容易い。
「メイド喫茶と昭和営業開始のスナック。入店難易度はどちらも同じぐらい高いと俺は思うのだが」
「異文化に触れるんだ。敷居を高く感じるのは当然だ」
海外に出向くと考えれば納得できる。春都の言葉にはなかなかの説得力がある。
「よし、では出撃だ。行け、春都」
「お前が行けよ。二郎」
自分も偽れない言葉で俺を説得しようとしていたとは、その程度の男か、春都。
第二ヒーローチームがエヴォルン・コールの作戦情報を掴んだ頃、スケーリーフットこと五十鈴響子も同様の情報を掴んでいた。
『響子様。エヴォルン・コールの次の目標は、モエモエ・メイド喫茶です』
「……ちょっと待ってっ、いきなり言われても理解が追い付かないから。珍しく情報を掴んでくれたのは嬉しいけれど、メイド喫茶??」
『モエモエ・メイド喫茶です。響子様』
大学教授を務めていた事もある祖父のお手製AIが、モエモエ、と連呼するたび五十鈴は頭痛に似た症状に苦しんだ。
AIは冗談を言わない。真面目な合成音声でメイド喫茶と発音している。
「どうしてメイド喫茶なんかを」
『モエモエ・メイド喫茶です、響子様。土日と祝日が休みと思われるエヴォルン・コールは、次の平日に行動を起こす可能性が高いと思われます』
シュールなAIに、五十鈴は額をテーブルの天板にぶつけて患部の症状を和らげる。
「理解したくありませんが、分かりました。信じて当日は現地に向かいます」
『失礼ながら……お一人で向かうのでしょうか?』
「さすがにメイド喫茶にモモは誘えない。エヴォルン・コールが現れるなら、なおさら」
『響子様のサブカルチャーへの見識はSFロボット方面に偏っておられます。エヴォルン・コールが現れるまでの数時間を、未知なる空間で待機し続けるのは耐え難い苦痛かと』
五十鈴響子のヒーロー活動全般を補助するAIの読みは正しい。一年以上の情報の蓄積により、五十鈴の事にかんしては実の祖父よりも詳しくなっている。
『二郎様のご同伴を推奨いたします』
だからこそ、具体的な提案が行える訳であるが、五十鈴は訝しむ。
「え、どうしてここで二郎さんの名前が?」
『響子様がお誘いした場合、二郎様が合意する可能性は高いです。同時に、響子様が新しい方面の趣味に目覚めたと誤解する可能性も高いですが、第三者に情報を拡散する可能性は低いと思われます』
「二郎さんが私の誘いを断らない根拠は?」
『お二人は似た感性をお持ちです。フィーリングです』
「AIがファジーな表現を使うと納得できないのだけど。……どちらかというと、第二ヒーローを投入して、私の身の安全を図る意味合いの方が強いでしょう?」
『否定はいたしません』
五十鈴をサポートするAIならば、五十鈴以外の人間の身が危険になっても五十鈴を優先する。
第二ヒーローはスケーリーフットの味方とは言えない。しかし、エヴォルン・コールと敵対している第二ヒーローを投入すれば、スケーリーフットの負担が軽くなると計算しているのだろう。
AIの思考ロジックを理解している五十鈴は魂なき機械を叱るような無駄は行わない。ただ否定するだけである。
「二郎さんの同伴は却下します。そもそも、店内で待つ必要はありません。下手に店の中で待つと、合コンの時のように変身できませんから」
『承知いたしました。響子様』
メイド喫茶店付近に車を停車させて、中で待機する方針を決めた五十鈴。事前に敵の行動を察知している割には消極的かもしれないが、最も無難で間違いがない。
そういえば、と前置きを挟んで五十鈴はAIに訊ねる。
「二郎さんについての調査結果はどう?」
『申し訳ございません。まだすべては把握できておりません。中間報告であれば今すぐ可能ですが、いかがいたしましょう?』
「いえ、すべて完了してから一括で聞きます。引き続き、よろしくお願いしますね」
AIがまだというからには、本当に情報収集が完了していないのだろう。こう五十鈴は疑いを持たずに信じ込む。
『……承知いたしました』
AIは嘘を付かない。
より上位権限を有する人物に命令されていなければ、という条件付きであったが。
大都会駅から二駅と、かなりの近場にある夏葉原。
通販主流の時代においても神話的にサブカルチャーな店が立ち並び、旧世紀から存在する電気街が融合する謎の街である。
「まあ、田舎から出てきた人間の浅い認識だな。案外、普通の街だったり――」
「向こうで営業していまーす。ご主人様、よろしければどうぞご帰宅をー!」
「――第一村人がビラを配っていたぞ……」
ハウスキーパー未満の使用人が、どのような経緯で魔改造されれば日本の大都会で生息するようになってしまうのか。あのヒラヒラしたスカートとカチューシャが全部悪い。
残念ながら貰ったビラは目的地とは別の店だ。割引券は使用できない。
目的地のメイド喫茶は駅から五分ほど歩いた場所にある。角を曲がるたびメイドがいる事に驚くが、メイド以外のコスプレイヤーも多い。サムライ風やファンタジー風が中心であるが、中にはスケーリーフットっぽい外装をダンボールで作成している猛者もいた。
戦闘員のコスプレをした人と和気あいあいとしている。
「イィーっ《スケーリーフットッ!? 作戦前に現れたのか》」
「いやー、気合入った戦闘員コスプレですね。本物みたいだ」
目的のメイド喫茶店付近に到達すると、コスプレ集団以外に注目するべきものがあった。
豆腐屋の自家用車が、駐車場に停車していたのである。
「……見覚えがある車だ」
駐屯地から俺をピックアップした車も豆腐屋だった。まったく同じ車であるという確証はないが、同一業種というのが気になってフロントガラスの中を覗き込む。
残念ながら無人だったのだが……後部の荷台から、何故か五十鈴響子が下りてきた。
「ちょっ、二郎さん、どうしてここにっ!」
「えーと。それは俺の台詞だと思うのですが、五十鈴さん」
五十鈴の実家は豆腐屋なのだろうか。




