VS.駐屯地からの脱出
エヴォルン・コールの奴等は時間や場所を気にせず現れるのが特徴であるが、今回は場所が悪過ぎる。
悪の秘密結社が政府軍の駐屯地に襲撃を仕掛けたのであればまだ許せる。
悪の秘密結社が政府軍にスパイ活動を行っていたとしても許せただろう。
けれども戦闘員の奴等は、緊張感なく部屋から現れた。我が家で過ごしているかのごとくだ。祭の文字が大きく書かれた法被を持参しているのだから、リラックスしているのは間違いないだろう。
考えられる可能性は、あまり多くない。幅としては悪い可能性の方が広い。
エヴォルン・コールがこの駐屯地のみを秘密裏に占拠しているだけであると信じたいが……それを確かめるのはここから脱出した後だろう。
どんな手段を用いてでも、この重大情報を地上に持ち帰る。
「い、いぃー《い、いぃー》」
今回は戦闘服を改造していなかったのが幸いした。
第二ヒーローの仮面を装備しているが、他は戦闘員と変わらない。仲間だと思い込ませてやり過ごすのが正解である。潜入作戦では、戦闘を極力避けるべきだ。
「イィーっ《下手な発音だな、こいつ》」
「イィーっ《ネイティブっぽくないイントネーションだな。改造初日の新人ではあるまいに。というか、さっきは普通に喋っていなかったか?》」
疑惑の目線を向けられるのは仕方がない。きっと甚平を着ている所為だろう。
「い、いぃー《祭り、楽しい、わーい》」
「イィーっ《そういえば、祭りに一般参加している戦闘員もいるらしいぞ》」
「イィーっ《あー、家族参加もあったな。まだエヴォルン・コールに就職し直した事を家族に打ち明けられていない奴等向けに》」
「イィーっ《という事は、こいつは外出薬の効果が切れて戻ってきたのか。それなら納得できるな》」
俺の方はうまく聞き取れていないのだが、向こうが勝手に解釈してくれるのでコミュニケーションが成立している。津軽弁を知らない俺が、来世でそっち方面に生まれた時の予行演習になるな。
穏便な対応を受けているので、仲間だと思われているのはどうにか分かる。
「イィーっ《祭りでは第二ヒーローの仮面も売っているのか? まったく、ヒーロー気取りの変人が受けるなんて、世の中おかしいぜ》」
「イィーっ《お前もそんな趣味の悪い仮面、さっさと脱げよ。どうして本部地下にその格好で下りてきたのかは分からないが、戦闘員寮は隣だ。道は分かるか?》」
戦闘員二人にエレベーターまで案内されて、ボタンまで押してくれた。下降してくるカゴを待つ時間は誰しもが無口になる。
そして、到着を知らせる電子音と共に、扉が開かれていく。
「――うぉ、第二ヒーローアント!?」
エレベーターのカゴの中には先客がいた。
団子のような丸っこい頭に一対の長い牙を持つ怪人が、迷彩服を着込んでいる。
「警備された駐屯地の地下に第二ヒーローが現れるはずはない。祭りのお面みたいなものか。驚かすなアント!」
「イィーっ《怪人アーミーアリさん。お疲れ様です》」
「まったく、夏祭りだからといって気を緩め過ぎていないかアント? ここはマヨ様がいる霞が関と異なり、大した拠点ではないとは言えどなぁ」
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▼怪人アーミーアリ
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“戦闘力:21”
“怪人技:フェロモン誘導
特定人物のみが気付く臭いを場に残せる”
“元政府軍の隊員と軍隊アリを合成して生み出した怪人。
惨敗した政府軍がエヴォルン・コールに吸収され、戦闘員や怪人となるパターンは多いが、本怪人は別。エヴォルン・コールの前身組織に出向していた人物である”
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怪人まで現れるとは、この駐屯地がエヴォルン・コールに掌握されている事は疑いようがない。
仮面で表情の大部分を隠しているが、俺の口元は丸出しだ。怪人に対する驚愕や恐怖、敵愾心を悟られないように無表情に努める。
「イィーっ《怪人アーミーアリさんは何用でこの駐屯地に?》」
「ついに、マヨ様が行動を起こされるアント。本部の作戦が開始する前に大都会を掌握するおつもりだ。まずは夏葉原でエヴォルン・コールが出資するモエモエ・メイド喫茶で試験予定だから、そのつもりでいろ」
「イィーっ!《承知しました!》」
怪人アーミーアリが不穏な事を言っているが、今は手出しできない。仮面のカメラで録画、録音しておくに留める。
怪人と入れ替わりにエレベーターへと乗り込んだ俺は、地上へと上昇していく。
どうにか一階に到達できたと安堵していると――、
「――サーバー室の壁にイタズラした奴は、誰だアントォッ!?」
――怪人の怒号と共に警報が鳴る。修繕できなかった壁をそのまま放置していたので、バレるのは時間の問題とは考えていた。
屋外に逃れる前に犯行が発覚したのは不運だったものの、警報が鳴ったタイミングは悪くない。警備をしている隊員に動揺が走っている内に、戦闘服の機能を活かした全力疾走で正面ゲートを突破する。
「そこの祭り好きな戦闘員っ! 止まれッ」
「第二ヒーローの仮面男に警報。まさか、本物か!?」
止まれと言われて待つ第二ヒーローではない。ただし、逃走ルートとして予定していた祭り会場への道は既に封鎖が始まっている。仕方なく、逆方向にある格納庫へとひた走る。
「あばよ、とっちゃーんっと」
新型戦闘服で地面を踏み込めば、三メートルぐらいの跳躍は軽くこなせる。人通りある道を避けて倉庫の屋根を伝い、外壁を目指す。
眼下に広がる駐屯地の奥地には……大破した多数の戦車や墜落したヘリコプターの群れが野ざらしのまま放置されている。焼け落ちた建物の黒い骨格が風化し始めている。
間違いなく、合戦の跡地だ。一般から隔絶されている場所だからと、隠蔽処置が一切取られていない。
「……先輩の言う通り、大都会には秘密があるな」
仮面を向けて撮影を行い、逃走を続けた。
逃走は眼鏡先輩が手配してくれている自動運転車両で行う予定であるが、停車地点までは徒歩移動である。残念ながら、脱出ルートを変更したため距離が離れてしまっている。フェンスを蜻蛉切で切って敷地外に出ても、まだゴールではない。
合流地点を変更し、戦闘服で走る方が安全だろうか。こう考えていると、一台の車両が俺へと近づいてきた。
運転席を見ると無人。AI制御で動いている。
眼鏡先輩が気を利かせて、既に車を移動させてくれていたのだろうか。豆腐屋の自家用車にしか見えないのが気になるが、きっと高度なカモフラージュなのだろう。
『第二ヒーロー様、お乗りください。安全地点までお送りします』
音声案内されたので、荷台部分へと乗り込む。
搭載されたAIが車を自動発進させて、駐屯地から離れていく。
数時間後。無事に研究室に戻ると、春都と眼鏡先輩は既に帰っていた。
「春都、無事か? 盲腸も必要な臓器だから、最近は切らないと言われているが」
「二郎こそ無事だったのか」
「用意した車が未使用だったから、心配したよ」
……え、眼鏡先輩が知らないとなると、俺は誰が手配した車に乗車したのか。




