VS.怪人ブレイン・モンスター 1
回送電車……いや、回想終了。
一年前の俺は女性を石田ミカ本人と認識していなかった。が、実は本人だったらしい。それ以外にアイドルとの接点がなく、命を救われたと感謝される理由がない。
「あの直後に事故があって、あのまま駅にいたら私も巻き込まれていたかもしれません。きっと今頃は、生きていなかったでしょう」
別に事故を予見して危機を知らせた訳ではなかったのだが、まあ、あえて否定する事もあるまい。ユヅルハの奇行がアイドルの命を救うとは、アイツも世の中の役に立つ事があったらしい。
「何かお礼ができればいいのですが」
「こうしてアイドルと対面しているだけでもご褒美ですよ」
「もしかして、私のファンだったりしますか。だったら嬉しいな。あ、今日は丁度、握手会があって、よろしければチケットでも」
「もうチケットはあります」
証拠を見せるためではないが、財布からチケットを取り出して手渡す。
「偶然っ! 奇遇っ! もしかして私達、前世からの因縁か何かで繋がりがあったりしませんか?」
変装している事を忘れた、少々オーバーな驚き方だった。アイドルではない、素の彼女が出ているように思えた。
石田ミカはペンを取り出すと、手渡したチケットにサインを書き込む。本人直筆とは、研究室に持ち帰って春都に見せびらかしてやろう。
「はい、このサインを見せれば順番に関係なく、最優先で私と握手できますよ」
「役得ですが、それは並んでいる人に悪いような……っと、おおっ」
サイン入りチケットを返してくれる際に、石田ミカが俺の手を握ってくる。
「ほら。これで、貴方が今日初めて私と握手した人です」
ちょっとした悪戯を成功させた小悪魔的な顔で、石田ミカは笑っていた。
カフェを出た後も、俺達は駅の改札口に向かいながら会話を継続している。
「そうだ。LIFEで連絡先交換しましょう」
「いいんですか? 自分はただの一般人ですよ」
「私だってただのアイドルですから。はい、スマフォを出して」
QRコードを表示して友達登録を行う。連絡帳にはしっかりとミカと名前が表示されており、間を置かず、子ネコのスタンプが送られてきた。
「二郎って名前なんですね。兄弟がいるんです?」
「一人っ子なのに二郎って名前を親が付けてしまったんです。理由を聞いたら、何故かラーメン屋に連れていかれました」
「面白いっ。私の名前に逸話は特にないんですけど、ミカは本名なんですよ。石田は芸名って知っていました?」
会話が途切れる事なく続いている。俺の方はアイドルだからとまだ遠慮しているのだが、石田ミカが積極的なお陰で楽しく話ができている。
本当はもっと話していたいのだが、握手会の主役たる石田ミカには開演前にも綿密なスケジュールが組まれていた。既に遅刻気味らしいのだが、ギリギリまで俺との会話を優先してくれたらしい。
改札口前の列に並ぶのは石田ミカだけ。俺は列の隣に立って、彼女を見送る。
渋滞する列の進みは遅い。まるで、俺達二人の心情を現しているかのようだ。
「そろそろ時間がヤバいので、ここで一度お別れします」
「さようなら、ではありませんね。また握手会で」
ICカード派ではなく、モバイル決済派らしき石田ミカは、スマートフォンを手にして列で順番待ちをする。
「会場で二郎を見つけたら、手を振りますから」
「自分もミカに手を振りますよ。……ミカって呼んでいいです?」
「もちろん。どうぞ、私の名前で良ければ」
名前を呼び合い、手を振り合う俺達。世の中にこれほど充実した時間はないだろう。
……ただし、三十秒も見つめ合っていると気恥ずかしくなってしまう。傍から自分達がどう思われているかを想像して、同時に手を止めた。
「えーと、大都会では、改札も渋滞するものでしたっけ?」
改札の列はまだ動いていない。人の多い大都会といえど、ウォークスルーの改札で渋滞するのは珍しい。いや、一分以上となるとさすがに異常か。
俺とミカは、互いしか見ていなかった目線を、ようやく改札の列先頭へと向ける。
「――この改札機。僕にはちょっと狭いウヂぃ」
……アイドルが目前にいたなら、その後方に人間ではない者がいたとしても気付かないものである。俺の実体験が物語っている。
改札口を占有するその巨体は、茶色くシワの多い皮膚の下に重厚な脂肪と筋肉を有す。力士さえも圧倒する恵まれた体で、明らかに横幅の足りない改札を通行しようと努力している。
ギネス級の肥満男性の可能性は、恐らくない。
大都会の常識に照らし合わせると、怪人が現れたと考える方が自然だ。
「か、怪人が、改札を通行できずに詰まっている?!」
「嘘……、怪人っ!」
よく見ると怪人の後ろに並んでいたのは全員、戦闘員である。背中に手を当てて一直線に並び、協力して怪人を押している。
「イィーっ」
「イィーっ」
「戦闘員、頑張るんだウヂぃ。握手会は仕事じゃないからぁ、社用トラックが使えなかっただなぁ。急がないと、受付が始まってしまうゥ」
一トンに達しそうな巨体が押されるたび、改札機が嫌な感じに軋む。限界は近そうだ。
「……この駅、別の改札口ってありましたっけ?」
「いえ、もう遅刻確定なのでタクシーで行きます」
俺とミカは顔を見合わせた後、すり足で後退していく。
このまま穏便に怪人共から距離を取るつもりだったのだが……地響きがしたので足を止めてしまった。
怪人共の列が一列分、横にズレていた。どうやら、後ろにいた俺達に道を譲ってくれたらしい。
「申し訳ないウヂぃ。お先にどうぞォ」
怪人は改札機を一台おしゃかにしてひっくり返っていたが、境界線に乏しい体なので簡単に寝返りをうち、立ち上がる。
体を床に滑らしながら移動する怪人。
腕がヒレ形状である事から、陸上型生物をベースとした怪人ではないと思われる。海に生きる哺乳類か。
「お、お気になさらず。彼女はタクシーで移動しますから」
「ぐふぇぇ。遠慮しなくてもォ。今日は僕達オフで、石田ミカの握手会に行くだけだからァ、怖がる事はないウヂぃ」
「……げぇ、私の、握手会に、来る??」
「んんぅー。そこの子は……ッ。もしかしてウヂィ!?」
怪人は、長く伸びた二本の牙を床に突き刺して移動している。その特徴から、セイウチと人間をミックスした怪人と予想できた。
重量物そのものな怪人が突進してくる。そう思ってミカを守るように前に出たものの、今の俺では盾にもならない。何せ、戦闘服を着ていない。握手会での身体検査を考慮して第二ヒーロー装備を置いてきていた。
鼻先数センチのところで停止した怪人は、俺をヒレでどかして、ミカへと顔を近付ける。
「――僕の石田ミカァがァ、ここにいるウヂィぃっ!!」
怪人のファン力は強い。
俺では一切気付けなかった帽子とサングラスによる高度な変装を一目で看破する。と、牙を大きく振り上げてミカの名を叫び上げた。
怪人は酷く興奮している。ミカを害するつもりがあるのかは不明であるが、至近距離で巨体を動かすだけでも危なっかしい。少し触れただけでも、アイドルの細い体ぐらい簡単に折れてしまう。
助けなければならないが、体がポキっと折れるのは俺も同じだ。力では対抗できない。
逃げ道についても、戦闘員が周りを囲んでいるため隙がなさそうだ。
「初めましてェ。僕は、怪人ブレイン・モンスター、ウヂィ」
「ご、ご丁寧にどうも……」
石田ミカは怪人に恐怖しながらも、その場から一歩も動けていなかった。凶悪な怪人の自己紹介により、足を硬直させてしまっているのだろう。
「僕はァ、君のために怪人となりましたァ。だから、石田ミカ。僕とォ……結婚してくださいィ」
怪人ブレイン・モンスターめ。これまで遭遇した中で一番凶悪な怪人だ。怪人化と、アイドルと結婚できる事の因果関係が不明であるが、クソ、そんな裏技があろうとは。エヴォルン・コールの科学技術は侮れない。
断れば巨体で潰されるかもしれない。そういった恐怖に立ち向かう事になったアイドル、石田ミカの答えは――、
「――ごめんなさいッ。私にはもう、心に決めた人がいて!」
「な、なっ、なウヂィッ?!」
――アイドルの熱愛発覚というスキャンダルに満ちていて――、
「この人、二郎が私の相手です!」
「な、なっ、なにぃッ?!」
――怪人の嫉妬心を俺に集約するというデンジャラスに満ちていた。
俺の片腕に寄り添いながら、ミカは必死に目配せしてくる。
俺とミカは知らない間に恋人関係になっていた訳ではなく、その場限りの嘘偽りなのは明白。それしか手段がないとはいえ、一介のファンに度量を求め過ぎではなかろうか、このアイドル。
仕方がない。ナンパを追い払うのと怪人を追い払うのとでは次元が異なるが、嘘の恋人を演じよう。
「俺が、石田ミカの恋人の二郎です。将来を約束して、結納も済ませています」
「えっ、いやそこまでは」
「嘘だウヂィ!?」
「嘘ではありません。既に同棲四か月です」
「そっ、それはちょっと」
怒りが沸点を超えたのだろう。怪人ブレイン・モンスターは俺へと向けて牙を振り下ろしてくる。
「ぐ、ぎぃぃ、ウォオオオオオウヂィ!!」
脳天を突き刺しても余りある長さの牙が落下してくる。その様子を目を逸らさず、睨み続けた。
最後まで凝視し続けた怪人の牙は俺の頭……ではなく、駅のタイル床に突き刺さる。
怪人ブレイン・モンスターは、両手を床につく。いわゆる、土下座の格好だ。
「……石田ミカさんは素晴らしい女性です。どうか、幸せにしてくださいウヂィ」
俺は人生で初めて怪人に敗北したのだろう。石田ミカのファンとして、俺は怪人ブレイン・モンスターと比較して劣っている。
怪人ブレイン・モンスターが平伏したため、戦闘員共も道を開けた。
突然、怪人と遭遇した時には終わりだと思ったが、どうにか、無事に窮地を切り抜けたらしい。
ハリウッド映画のラストのごとく生き残った男女は手を繋ぐ。俺とミカは共に、駅の外へと生還を果た――、
「…………二郎さん、その女性は?」
――お出かけ用に綺麗な服を選び、余念のないメイクをした五十鈴響子が生還路を塞いでいた。
時計を見ると、午前八時五十五分。五分前行動できる人間は素晴らしいですね、五十鈴さん。
「……浮気ウヂィ?」
「待て、怪人。これには北極海よりも深い訳がある」
五十鈴を見て、俺を見る。
ミカを見て、再び俺を見る。
伏されていた怪人の顔から、表情が失われていく。
「……ハーレム、ウヂィ?」
「酷い勘違いだ。互いに話し合おう。姿形に囚われず、相互理解を試みよう。さあ、怪人と人間が共存する道を探すんだ!」
怪人の体が膨れ上がった。
美女を侍らす憎き男を屠るべく、筋肉を増強させたのだろう。
「お前のような男が女を独占するからァ、平等な社会が実現しないウヂィッ!! 戦闘員、攻撃開始ィ!!」
俺は怪人共からの決死の逃走劇を開始する。
危険な男の世界に女は不要なので、五十鈴とミカは置き去りである。




